第7話 いざ、ダンジョンへ。

 白塔の入り口をレイヴンが潜る。

 外観から抱くイメージとは異なり、ダンジョンの内部は、薄緑色のレンガによって構成されていた。


 幸い、思っていたよりも暗くない。

 たいまつなどを使わずとも、十分に歩ける。

 前を歩くプレイヤーの表情がわかるほどなので、エネミーと遭遇しても、十分に戦えるだろう。


(行けるっ! これなら、俺一人の力だけでも十分にやれそうだ)


 もっとも、レイヴンに、戦闘を積極的に行おうとする意志はない。

 時間の無駄だからだ。

 今は、何よりも姉の命を――延いては、ダンジョンの制覇を考えなければならない。

 そのためには、全速力で頂上を目指す。

 それだけだ。


「行くぞ!」


 気合を入れるため、声を張りあげたレイヴンは、その勢いのままに走りだす。

 頭の良さも、身体能力も人並みだったが、根性だけには自信があった。

 ちょっとやそっとのことではへこたれない。

 それはカラサという貧しい村が、レイヴンに与えた唯一の恩恵だったかもしれない。

 事前の情報では、白塔のフロアは、全部で25に分かれると推定されていた。見た目よりも少ないフロア数なので、一階あたりの高さがでかすぎるのだろう。


 初めのうち、レイヴンは全くエネミーと鉢合わせなかった。

 だが、これは、レイヴンの運がいいわけでも、ダンジョンに出現する敵の数が少ないからでもなく、単に、入り口付近のエネミーは、先人たちの手によって、粗方倒されているためであるようだった。


 それが証拠に、3層目に到達したレイヴンは、エネミーの群れとニアミスしていた。


(危ねえ!)


 大慌てで引き返すが、元来た道でも、いつの間に現れたのか、一体のスライムが行く手を塞いでいる。


 後ろに群れ、前にも敵。

 戦闘は避けられないと見える。


「しょうがねえ……やるか」


 ゴールドマンから渡された剣を引き抜き、構えるやいなや、レイヴンはスライム目掛けて切りかかる。


 刹那――。

 レイヴンが肉薄した瞬間、縮められたバネが弾けるように、スライムが跳躍した。

 体当たり。

 剛速球で飛んで来る水の塊を、レイヴンは横に倒れることで回避する。

 左手で受け身を取りつつ、くるりと回って反転。

 即座に、剣を構えなおした。


(カウンターかよ、ちくしょう)


 スライムは火に弱いという話だが、あいにくとそんな都合のいい手持ちはない。

 物理ダメージも十分に通るということなので、剣のみで戦うことも一応は可能なはずだ。

 切りかかるタイミングを計っていれば、再びスライムが先攻する。

 酸液。

 体内から勢いよく放出されたものの正体がわからず、とっさにレイヴンは剣で身を守っていた。

 敵の動きは、完璧に見えていたので防御は容易であったが、その攻撃を受け止めた剣の状態を確認したレイヴンは、驚きを隠せなかった。


(嘘だろ……。今ので、軽く溶けやがった! こいつ、物を溶かせるのか)


 真に驚くべきは、スライムがほとんど最弱のエネミーとして、位置づけされている点だったかもしれない。


 そんなものにさえ苦戦しているようでは、先が思いやられるどころの騒ぎではない。ダンジョンの制覇など、絶望的である。


「とにかく、体液はまずい」


 これだけは回避しなければ、先に装備品がおしゃかになる。

 ダンジョンの中で無防備になろうものなら、攻略以前に、白塔を脱出することさえかなわないだろう。姉を助けるどころか、自分まで死んでしまう。最悪、自分が死ぬのは構わないが、それはエルヴァを救ったあとでなくてはならない。少なくとも、今ではないのだ。


 再びの体液。

 テンポよく避けきったレイヴンが、スライムの頭部と思わしき個所に、自身の剣を叩きつけた。

 やった!

 その確信を裏切るように、手に伝わる振動は軽い。

 ぼよ~ん。

 奇妙な音がしたかと思うと、剣に反発していた弾力が、突如として消えた。

 眼前のスライムが2つに分裂したのだ。


「何っ!?」


 ようやく、敵の攻撃にも慣れはじめて来たというのに、これでいきなり劣勢になってしまった。

 相手の数が増える。

 それはパーティーで行動していないレイヴンにとって、致命的とも言える状況だった。

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