第6話 白塔

 戦利品という耳なじみのない単語に、レイヴンはまたも尋ね返していた。

 それを受け、ゴールドマンが説明をつづける。


「戦利品というのは、ダンジョンに散らばる装備品のことだよ。どうして、そんなものがあちこちに放棄されているのか、私も理由はよく知らないが、とにかく色んな場所に置かれている。それを集めて来てくれたら、もっと強い武器を君に貸し与えよう。戦利品の数が、レイヴン君がどれだけ、ダンジョンに対する適性を持つのかという、バロメーターになるんだ。すでに、ダンジョンの入り口付近にあった戦利品については、その大部分を回収してしまっている。だから、これはごまかしようのない数字だよ。奥に進まなきゃ、新たな戦利品は獲得できない。君の本気を見せてくれ」


 つまり、この場でレイヴンに、強い装備を渡しはしないということだろう。

 その点だけを理解できたレイヴンは、とっさに叫んでいた。


「そんな悠長なことを、言ってられる場合じゃないんです! 姉ちゃんの命がかかってるんです! もっと強力な武器があるなら、それを貸してください!」


 だが、レイヴンの懸命な訴えにも、ゴールドマンは首を横に振るだけだった。


「とても心苦しいよ、レイヴン君。私も心情では、今すぐ君に最高峰の装備一式を、譲ってしまいたい。しかし、それはできないんだ……。見てくれ彼らを」


 そう言って、彼は力ずくでレイヴンの顔を曲げた。


「どんな顔をしている? 君の目に映るプレイヤーたちは、必死になって、ダンジョンの制覇に取り組んでいるように見えるかい? ……私には、見えない! 私は、真剣だ。死に物狂いだと言ってもいい! 私は本当に、君たちの願いを叶えたいんだ。心はいつだってレイヴン君と同じ、救いたい。ただ、それだけなんだ。でも、私にはその勇気がない。あそこに飛びこむだけの覚悟が、私にはないんだ。これまでに何度も、私は自分の足でダンジョンに向かおうと決意した。しかし、そのたびに足が震えてしまった。いざ、白塔の入り口を前にすると、私は怖くてこわくて動けなくなってしまうんだ。だから……私は、君たちに――勇ましい戦士たちに、願いを託すしかない。どうか、このダンジョンを攻略してくれ、と。クリアして、みんなの夢を叶えてくれと、祈るしかないんだ。そのために私ができることは、少しでも可能性のある者に、より強い武器を与えることだった。皮肉的だよ。目の前の人を大事にしたいと言っておきながら、私は弱い装備を選んで貸しているのだからね。時々、自分のことが嫌にもなる。……だが、私の活動は決して無駄ではないと信じている。少しでもプレイヤーの数を増やすことが、この忌々しい要塞を貫くきっかけになるのだと、私は心の底から信じているんだ。だから、レイヴン君。君にも約束してほしい。新たな挑戦者が現れたとき、いつでも私が装備を貸せるよう、ダンジョンからの戦利品を、私に委ねてほしいんだ。このような方法しか取れない私を、どうか許してくれ」


 自分に向かって、沈痛な面持ちで頭を下げるゴールドマンを見ていると、レイヴンはそれ以上、何も言うことができなくなってしまった。


「そうすれば……ダンジョンから装備を回収できれば、もっと強い剣や鎧を、俺にも貸してくれるんですね?」


「もちろんだよ! それに、私は君たちから、ただ戦利品を掠め取ろうという魂胆じゃない。プレイヤーたちには、戦利品と交換で食料をあげているんだ。多少、一人あたりの食事が少なくなってしまうが、それはなにぶん支援している人の多さに免じて、理解してほしいな」


 思うところが全くないわけではなかったが、これ以上、言い争っても無駄だろうと、レイヴンはうなずく。


「ああ、それから最後にもう一つだけ。別に、君たちを疑っているわけじゃないが、戦利品の鑑定には、特殊な技術が必要でね。うかつに自分たちだけでやらないほうがいい。素人が、今の装備よりも強そうだと勝手に判断して、悲惨な目に遭ったという話は、もう何度も聞いているからね。わかるだろう? 私と似たようなことを、ほかのだれかに悪意をもってやられてしまうと、ここにいる全員が困るんだ。心を鬼にしてでも、私自身が管理するしかないんだよ。だから、大人しく私に任せてくれ」


「わかり……ました」


 少しの時間も惜しいレイヴンは、それだけ答えると、もう駆けだしていた。

 その背中を馬鹿にするように・・・・・・・・、ゴールドマンは眺める。

 少しの間を置いて、後ろの兵士に振り向くと、ゴールドマンは彼に尋ねた。


「どうだったかね? 私の演技は?」


 聞かれた警備は、口の端を意地悪そうに持ちあげて答える。


「見事なもんですよ。あれなら、だれだって騙される。……ただ、まあ。あなたの悪評は、もう取り返しのつかないレベルまで、広まってますがね」


「おや、そうだったか?」


 心外だとでも言うように、ゴールドマンは軽く肩をすくめてみせた。

 動きだす彼の歩みを止めるように、兵士が聞く。


「どちらへ?」


 その問いに、ゴールドマンは前を見たまま答えた。


「目的の場所さ。彼の姉が不用意に傷つくのは、私としても避けたいからね」

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