第5話 武器庫と約束

 馬車は勢いよく進んでいく。

 その間に、ゴールドマンは、今後についての話をしたい様子だった。


「私が思っていた以上に、残された時間は少ないようだ。だから、このまま私たちは白塔を目指す。レイヴン君をそこでおろしたのち、御者にはソバータウンに行ってもらう。お姉さんを少しでも助けるためだよ。そこに私の知り合いがいるんだ。彼には医術の心得がある。緊急の用事だが、手を貸してくれるはずだ。……それから、攻略についてだが、私の知る限り、ダンジョンには正しいルートというものがあるとされる。これは場所を違わず、同じルールのはずだ。白塔についても同じだろう。だから、そこを正確に進むことさえできれば、残りは単なる迷路にすぎない。子供だましさ。数日のうちに頂上にたどり着くことも、できると考えられる。……決して希望を捨てるなよ、レイヴン君」


「はい……。わかっています」


 力強くレイヴンがうなずくと、あとは沈黙がつづいた。

 やがて、白塔の入り口が、二人の視界にも入るようになる。


「おりよう」


 かけられた声に応じ、レイヴンは飛び出すようにして、馬車の荷台から離れていた。


「こっちだ。ついて来てくれ」


 そう言われて案内されたのは、先ほどとは異なる木製の建物だった。

 扉の前には得物を手にした男が立ち、開け放たれたドアの先には、大量の武具が整理された状態で並んでいる。


 武器庫と呼んでさしつかえのない小屋だろう。

 一目で、それがダンジョンに挑むための装備であることが、レイヴンにもわかった。


「少し待っていてくれ。私が取って来よう」


 軽快な足取りで、ゴールドマンが中へと入っていく。

 警固にあたっていた男が、それに対して深々と頭を下げたため、彼もまた、ゴールドマンの私兵なのだと理解できた。


(……すごい人なんだな、ゴールドマンさんって)


 束の間、尊敬の眼差しで彼を見つめるレイヴンだったが、すぐに首を振って正気に戻る。


(いや、油断している場合じゃない。急いで、姉ちゃんを助けるんだ)


「待たせたね。これが君に貸せる武具になるよ」


 そう言って、見せびらかすようにゴールドマンは、手に持った剣などを掲げたが、言葉とは裏腹に、レイヴンのほうへ差し出すことはしなかった。


「え……?」


 困惑するレイヴンをよそに、ゴールドマンが顔色を正す。


「少し、大事な話をしようか。私はね、レイヴン君。本当に、ダンジョンに挑むプレイヤーたちのことを、心から応援しているんだ」


「それは、俺もわかっています」


 だからこそ、こうして自分にも、チャンスを与えてくれているのだろう。

 レイヴンにだって、そのくらいは容易に想像することができた。

 だが、レイヴンの予想とは裏腹に、ゴールドマンはゆっくりと、首を横に振ったのである。


「いいや、君はわかっていない」

「どういう……ことですか?」


 まるで、ゴールドマンが何を言おうとしているのか、レイヴンには察することができなかった。

 ただ、オウム返しのように復唱されるレイヴンの言葉を、ゴールドマンはどこか退屈そうに聞き流した。


「覚悟とでも言えばいいのかな。……こんなことは言いたくないが、ダンジョンに挑むプレイヤーの大半は、やる気がゼロだ。もちろん、レイヴン君の覚悟は相当なものだろう。だがしかし、私はすでに、何人も君のような気概に溢れた人々を、ここから見送って来た。正直、心のどこかでは、がっかりしている自分もいるんだ。また、攻略することができなかったのか――とね。レイヴン君。私はね、君が思っている以上に、ダンジョンという超常の遺跡に期待している。この遺跡の素晴らしい点は、奇跡の達成に制限がないというところにある。わかるかい? だれか一人でも頂上に到達できれば、その人が、みんなの願いを代わりに叶えることができる。そういうことなんだ! だから、プレイヤーの人数は、多ければ多いほどいい・・・・・・・・・・。レイヴン君だけじゃない! 私はこれまでに、たくさんのプレイヤーをダンジョンに送って来たし、これから先も多くの人を支援していくつもりだ。しかし、そのためには、君たちにも約束を守ってもらう必要がある」


「約束……ですか」

「そう。私と君との間で交わす約束だよ。私が所有する武器には、その強さに応じてランク付けがなされている。レイヴン君に貸すのは、みんなに初めに渡すのと同じ、最も弱いものだ。私は君たちに武具を与える。代わりに、君たちプレイヤーには、ダンジョンから戦利品を持ち帰って来てほしいんだ」

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