第4話 エルヴァ
レイヴンから、エルヴァの事情を聞いたゴールドマンは、沈痛な面持ちで天を見あげた。
「カラサ病か……」
「はい」
「私もそれなりに知識人の自負がある。色んな土地を訪れたことがあるからね。しかし、カラサ病を治す方法は、寡聞にして知らないな」
「そうですか……」
レイヴンとしても期待していたわけではないが、自分よりも遥かに教養がありそうな、ゴールドマンから言われてしまうと、少なからずがっかりとした。
「だが、そういうことなら、納得だ。君がダンジョンの深部を目指そうとするのも、当然だろう。お姉さんを救いたいだろうからね。……ところで、ほかに家族はいるのかな?」
「俺にですか? いや、いませんけど……」
なぜ、そんなことを急に尋ねるのかと、レイヴンが訝しげに見つめれば、慌てたようにゴールドマンは手を振った。
「いや、そんなに身構えないでくれ。深い意味はないんだ。ただ、君の強い決意をご家族が聞いたら、心配してしまうんじゃないかと、そう思っただけなんだ。いないなら構わないよ。それじゃあ、本題に戻ろうか。装備を貸すという話だけどね、いいよ。私が持っているもののうち、そのいくつかを君に貸し与えよう」
「本当ですか!」
レイヴンは、思わず立ちあがって喜んでいた。
それを見て、ゴールドマンは複雑そうな表情を浮かべる。いくら理由があるとはいえ、若人が危険な場所に赴こうとするのは、内心、あまり歓迎できないのだろう。
「その前に、君の家に案内してくれるかな? お姉さんに会っておきたいんだ。治療法がないとはいえ、症状を緩和させることくらいは、できるからね」
「いいですけど、そんなことまでしてくれるんですか?」
レイヴンが驚いたように言えば、対するゴールドマンは、慈しむような笑みを浮かべていた。
「仮にも、君を危ない場所に送る手助けをしてしまうんだ。そのくらいの罪滅ぼしはさせておくれよ。……おっと、私としたことが、自己紹介もまだだったね。私はゴールドマン。この辺りで商いを営む者だ」
「俺はレイヴンです」
固い握手ののち、二人は馬車でカラサを目指していた。
※
レイヴンの家を前にしても、ゴールドマンは何も言わなかった。
カラサほどの貧しい村を、よそ者が目にすれば、必ず驚きの声をあげるものだが、様々な場所を訪れたことがあると話すだけあって、きっと似たような集落を、以前にも見かけたことがあるのだろう。
扉を開け、二人が中へと入る。
その間も、馬車は家の前で待機していた。ゴールドマンの所有物なのだ。
「ただいま、姉ちゃん。今、帰ったよ」
当然のように、レイヴンの言葉にエルヴァは応じない。
様子を見ようと、古びた寝台に近づいたゴールドマンは、そこで初めて驚きの声をあげていた。
「これは……ひどい!」
「そうなんです……。もう、限界に近いのかもしれません」
「レイヴン君の話だと、お姉さんはたしか、カラサ病にかかってから、まだまもなかったはずだが?」
「はい、そうです。病状の悪化が、俺にも信じられないくらいに早くて……いつの間にか、こんな状態に」
「そうか……。すぐにでも、苦痛を減らす処置を施したいが――」
言って、ゴールドマンは屋内を見まわす。
衛生的とは程遠いエルヴァの環境に、軽く眉をひそめつつ、彼は言葉をつないでいた。
「失礼だが、ここだと、かえってお姉さんに障りそうだな。場所を移そう。いいかな?」
「はい……」
レイヴンの返事を聞くやいなや、ゴールドマンは家の外へと向かって、大声で合図を出す。
「おい、入って来てくれ!」
ゆっくりとした足取りで現れたのは、屈強な男が二人。どちらも、御者を務めていた人物である。
彼らは、ゴールドマンの指示に従って、エルヴァを軽々と持ちあげると、馬車の荷台にまで抱えていった。
「くれぐれも丁寧に頼むよ」
エルヴァをおろす段になって、ゴールドマンが重ねて男たちに指示を飛ばす。
「わかってますよ」
男たちは少しだけ煩わしそうにしていたが、ゴールドマンの命令どおり、エルヴァの体を扱う動作については、レイヴンの目から見ても、慎重そのものだった。
「急ごう」
レイヴンの手をつかんで、ゴールドマンが声をかける。
うなずき、彼もまた荷台に乗りこんでいた。
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