第4話 エルヴァ

 レイヴンから、エルヴァの事情を聞いたゴールドマンは、沈痛な面持ちで天を見あげた。


「カラサ病か……」

「はい」

「私もそれなりに知識人の自負がある。色んな土地を訪れたことがあるからね。しかし、カラサ病を治す方法は、寡聞にして知らないな」


「そうですか……」


 レイヴンとしても期待していたわけではないが、自分よりも遥かに教養がありそうな、ゴールドマンから言われてしまうと、少なからずがっかりとした。


「だが、そういうことなら、納得だ。君がダンジョンの深部を目指そうとするのも、当然だろう。お姉さんを救いたいだろうからね。……ところで、ほかに家族はいるのかな?」


「俺にですか? いや、いませんけど……」


 なぜ、そんなことを急に尋ねるのかと、レイヴンが訝しげに見つめれば、慌てたようにゴールドマンは手を振った。


「いや、そんなに身構えないでくれ。深い意味はないんだ。ただ、君の強い決意をご家族が聞いたら、心配してしまうんじゃないかと、そう思っただけなんだ。いないなら構わないよ。それじゃあ、本題に戻ろうか。装備を貸すという話だけどね、いいよ。私が持っているもののうち、そのいくつかを君に貸し与えよう」


「本当ですか!」


 レイヴンは、思わず立ちあがって喜んでいた。

 それを見て、ゴールドマンは複雑そうな表情を浮かべる。いくら理由があるとはいえ、若人が危険な場所に赴こうとするのは、内心、あまり歓迎できないのだろう。


「その前に、君の家に案内してくれるかな? お姉さんに会っておきたいんだ。治療法がないとはいえ、症状を緩和させることくらいは、できるからね」


「いいですけど、そんなことまでしてくれるんですか?」


 レイヴンが驚いたように言えば、対するゴールドマンは、慈しむような笑みを浮かべていた。


「仮にも、君を危ない場所に送る手助けをしてしまうんだ。そのくらいの罪滅ぼしはさせておくれよ。……おっと、私としたことが、自己紹介もまだだったね。私はゴールドマン。この辺りで商いを営む者だ」


「俺はレイヴンです」


 固い握手ののち、二人は馬車でカラサを目指していた。







 レイヴンの家を前にしても、ゴールドマンは何も言わなかった。

 カラサほどの貧しい村を、よそ者が目にすれば、必ず驚きの声をあげるものだが、様々な場所を訪れたことがあると話すだけあって、きっと似たような集落を、以前にも見かけたことがあるのだろう。


 扉を開け、二人が中へと入る。

 その間も、馬車は家の前で待機していた。ゴールドマンの所有物なのだ。


「ただいま、姉ちゃん。今、帰ったよ」


 当然のように、レイヴンの言葉にエルヴァは応じない。

 様子を見ようと、古びた寝台に近づいたゴールドマンは、そこで初めて驚きの声をあげていた。


「これは……ひどい!」

「そうなんです……。もう、限界に近いのかもしれません」

「レイヴン君の話だと、お姉さんはたしか、カラサ病にかかってから、まだまもなかったはずだが?」


「はい、そうです。病状の悪化が、俺にも信じられないくらいに早くて……いつの間にか、こんな状態に」


「そうか……。すぐにでも、苦痛を減らす処置を施したいが――」


 言って、ゴールドマンは屋内を見まわす。

 衛生的とは程遠いエルヴァの環境に、軽く眉をひそめつつ、彼は言葉をつないでいた。


「失礼だが、ここだと、かえってお姉さんに障りそうだな。場所を移そう。いいかな?」

「はい……」


 レイヴンの返事を聞くやいなや、ゴールドマンは家の外へと向かって、大声で合図を出す。


「おい、入って来てくれ!」


 ゆっくりとした足取りで現れたのは、屈強な男が二人。どちらも、御者を務めていた人物である。

 彼らは、ゴールドマンの指示に従って、エルヴァを軽々と持ちあげると、馬車の荷台にまで抱えていった。


「くれぐれも丁寧に頼むよ」


 エルヴァをおろす段になって、ゴールドマンが重ねて男たちに指示を飛ばす。


「わかってますよ」


 男たちは少しだけ煩わしそうにしていたが、ゴールドマンの命令どおり、エルヴァの体を扱う動作については、レイヴンの目から見ても、慎重そのものだった。


「急ごう」


 レイヴンの手をつかんで、ゴールドマンが声をかける。

 うなずき、彼もまた荷台に乗りこんでいた。

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