第3話 ゴールドマン
まずは、装備を集める必要がある。
そう考えたレイヴンは、ダンジョンから出て来るプレイヤーたちに、片っ端から声をかけていた。
「すいません。装備を譲ってもらえませんか?」
だが、レイヴンが声をかけた青年は、彼のことを見ても、ただ鬱陶しそうに首を横に振っただけであった。
つづいて出て来た男性は、レイヴンのことを相手にしようとせず、その次に現れた女性は、ひどく疲れたような溜め息を、彼に向かって吐いただけだった。それだけでも、十分に不愉快だというのに、あろうことか、最後に見かけた男性にいたっては、レイヴンの話を聞くやいなや鼻で笑ったのだ。
(クソっ! なんだってんだよ、どいつもこいつも。人の話なんかろくに聞きやしねえ。今さら、ライバルが増えるのが嫌になったってか? 冗談じゃない! あと一人くらい、仲間に加えてくれたっていいだろうが……)
憤りを隠せず、胸中で悪態をつくレイヴン。
もう、かれこれ十人以上に、提案を持ちかけただろうか。
(だが、姉ちゃんのためだ。へこたれているわけにはいかない。もっと、相手の表情を見て、話を聞いてくれそうな人間を選ぶんだ)
そう思って、ダンジョンに出入りする人々を眺めていれば、レイヴンはある特徴に気がついた。全員が全員、無気力なのだ。
痩せこけた頬に、光を失った瞳。
まるで、カラサの住人を、そっくりそのまま移して来たように、ここにいる人々からは、およそ生気と呼べるものを感じない。
ダンジョンとは、それほどまでに困難なところだというのか。
「……」
つい先ほどまで存分にあった気概が、瞬く間に霧散していくかのような、そんな錯覚にレイヴンは襲われていた。
(関係……ねえ。何だって……俺はやってやる)
何度も自分に言い聞かせるようにして、胸のうちでつぶやき、己を奮い立たせると、レイヴンは再び装備をねだりはじめた。
そうして、ようやくのことでレイヴンは、まともに自分の話に耳を傾けてくれる人物と、出会うことができた。
男は言う。
「……。そんなにダンジョンに挑みたいなら、ゴールドマンにでも頼むんだな」
「ゴールドマン? その人なら、装備を譲ってくれるんですね?」
「いや……そうじゃない。だが、とにかく白塔には入れるようになるさ。それがお前の望みなんだろう? そこから先は、俺の知ったことじゃない」
それだけ話すと、その男もまた、ほかの人がそうであったように、とぼとぼとした足取りで歩きだしていた。
(ゴールドマン……)
教えられた名前を、口の中でくり返す。
男の言うとおりだ。
ダンジョンの中にさえ行ければ、あとはてっぺんを目指すだけ。他人の助けなんか必要ない。どこまでだって登ってみせる。
レイヴンは件の人物を探すために走った。
※
ゴールドマンという人物は、ここいらじゃ大層の有名人らしく、簡単に見つけることができていた。
『まあ、かけたまえ』
そんなやりとりもあっただろうか。
案内された小屋の椅子に、浅く腰掛けるレイヴンの正面には、ワインレッド色の髪を持った男が、同じように前のめりの恰好で座っていた。
レイヴンよりも二回り以上、年が離れていそうだ。
身なりもかなりいい。
小屋のぼろい状態と似つかわしくないので、ここはあくまでも、休憩所のような扱いなのだろう。
「ダンジョンに挑戦するための武具がほしい、という話だったね?」
「そうです」
「ふむ。貸すぶんには構わないのだが――」
「ホントですか!?」
話の途中でレイヴンが口を挟むと、ゴールドマンは、苦笑いを浮かべながら茶をすすった。
「そんなに急かさないでくれ。まずは、私の話を聞くんだ。君も知ってのとおり、あそこは危険なところだ。白塔だけじゃない。ダンジョンという場所は、どこも恐ろしい場所だよ。今までに、君よりも屈強な男たちが、何人も挑んでいる。だが……みんな、やられてしまった。それを承知で、君はダンジョンに入りたいと言うんだね?」
カラサ病は治らない。
この世のどこかには、間違って治療法が落ちているかもしれないが、そんな可能性は、ダンジョンの言い伝えに劣るだろう。
これが姉を助けられる唯一の希望なのだ。
ダンジョンに挑まないなどという選択肢は、はなからレイヴンには存在していなかった。
「もちろんです!」
「覚悟は固いというわけだね。……なるほど。よければ、どうして君が白塔に対して、そんなにも強い気持ちを抱いているのか、その理由を教えてくれないか?」
レイヴンは、すぐに口を開いていた。
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