第2話 ダンジョン

 ダンジョン。

 それは、古代文明の遺産とされる、巨大な遺跡のことである。

 カラサの村から歩いていけるほどの距離にも、一つのダンジョンがあった。真っ白に聳え立つのは、いったい人の背丈の何倍かという、気の遠くなるほどに高い塔だ。その見た目から、人々に白塔と呼ばれていた。


 ダンジョンには一つの言い伝えと、二つの事実があった。

 言い伝えは、それを制覇した者の願いが叶うというものであり、事実は、ダンジョンが迷路のような構造を持つというものと、侵入者を排除するかのように、エネミーが現れるというものだった。


 ゆえに、無防備で挑むことはできない。適切な武具が必要になって来るのだ。

 もちろん、極貧のカラサに――延いては、その村で生活しているレイヴンに、そのような装備品を買うような余裕はない。


(姉ちゃんは、ダンジョンに否定的だった……)


 エルヴァが白塔を快く思っていなかった理由は、ダンジョンの言い伝えが、人々にとって都合がよすぎるからであったが、カラサの村人全員が、レイヴンを除いて、反対派だったことは紛れもない事実である。


 危なすぎるのだ。

 これまでに、白塔だけでも何千・何万という、人々の命を食らって来た。それほどまでの人員を犠牲にしながらも、いまだだれ一人として、ダンジョンの深部にはたどり着けていない。それどころか、その大部分が、まだ人類にとっては無知の領域であった。


 しかし、それもレイヴンが白塔を制覇しさえすれば、すべてが解決する。

 姉を完治させることも、故郷を発展させることも、この世からカラサ病を消し去ることだって、簡単にできるだろう。何だって思いのままだ。ダンジョンを攻略するだけでいい。不眠不休で挑めば、あっという間に頂上にたどり着けるに違いない。今の自分には、その覚悟がある。


 そのためにも、装備を揃えるのだ。

 対話不能の存在である、エネミーが頻出するような場所に、さすがに素手では乗りこめないだろう。


 自分に武具を買うような金はないので、だれか頼りにできる人物を探さなくてはならない。

 だれでもいい。

 ダンジョンのそばにまで近づけば、中には譲ってくれる人もいるはずだ。ダンジョン攻略を途中で辞める理由なら、いくらだってあるのだから。


(そいつの代わりに、俺がプレイヤーになる。姉ちゃんを救うためなら、エネミーだろうが何だろうが、ぶっ倒してやる)


 はやるレイヴンは、白塔までの道のりを急いだ。

 ダンジョンに向かうのは初めてだったが、やはり地元の人間だけのことはあるのだろう。レイヴンは全く迷うことなく、白塔に近づくことができた。


 レイヴンにとって、想定外だったのは、ダンジョンの周りにいる人の数だろうか。その入り口を取り囲むようにして、大勢の人間が立っていたのだ。


(こんなにたくさんの人が……。いったい、どうして?)


 まさか、楽しいお祭りがあるわけでもあるまい。

 疑問を抱きはしたが、やがてその答えをレイヴンは察した。


(ここにいるやつら全員、ダンジョン制覇を狙ってんのか!?)


 自分も大概ではないが、不確実な言い伝えを本気で信じている者が、これほどまでに多いとは予想外であった。ダンジョンを制覇したプレイヤーにのみ、与えられるという奇跡の成就を、みなが欲しているのだ。


(……いや。かえって好都合か? それだけ、リタイアしている人間も多いってことだろう?)


 最初こそ、ライバルの多さに驚いたが、裏を返せば、それだけ新規が参入できる余地を、まだ残しているということでもある。


(俺は、ほかのやつらとは違う。お気楽な気持ちで、ダンジョンに臨んじゃいやしない。姉ちゃんの命がかかっているんだ。必ず、クリアしてやる)


 レイヴンは、並み立つ人々を睨みつけるように見渡した。

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