第3話
梶野は始終低姿勢なまま、深々とドアの前で頭を下げてオカルト研究部の部室を後にした。その後部屋の中に残されたのは島部と岡崎の二人だけで、岡崎は梶野を見送ると部屋の中に散乱したスナック菓子のゴミを一つ一つ拾い始めた。
鼻歌交じりにゴミを拾って回る岡崎に、島部があきれた声をして言う。
「またお前は依頼を安請け合いしやがって」
「だって誰も詳細を知らない村の祭りなんてオカルティックじゃないですか! 今は梶野さんが言うような依頼もありませんし、丁度良かったんじゃないですか? ニコシマ先輩も春休み一杯暇なのは御免でしょう?」
「だからと言って何も分からないものを請け負うな。俺の負担が増えるだろ。それにさっきの言い分じゃ、俺じゃなくて別の人間を連れてくつもりだな?」
「はい、西園寺先輩を。あの方とっても話が合うんですよね、なので西園寺先輩の見解とニコシマ先輩の見解のダブルで奇祭に挑もうかと!」
「俺はまあ算段に入れられてるのはいいとして、あっちはそう簡単に話がつくのか? 俺みたいに暇じゃねえだろ、確か院生だとかいう話じゃなかったか?」
「ええ、そうですよ? でも西園寺先輩ならきっといいって言ってくれると思うんですよねえ、なので今から図書館に行って探してきます!」
「俺は知らねえからな、断られても」
島部はやる気無さそうにソファから手を挙げながら、部室を後にする岡崎の背を見送った。
拾うだけ拾ったスナック菓子のゴミを途中のゴミ箱へと捨ててから、岡崎は先程歩いてきた道を引き返し始めた。大学に附属した図書館の中、いくつも並んだ背の高い本棚の間を覗いては次へと繰り返す内にお目当ての人物が本を探している現場に当たった。
ミルクティー色の髪をツインロールに結い上げ、品のいいブラウスに上品なロングスカートを合わせた一目見ただけで印象に残る女性。つり目気味の赤い目は、本棚の背表紙を一つ一つなぞっては目的の本を探しているようだ。
一見話しかけづらそうなその女性に、岡崎は満面の笑みを浮かべて近寄りその肩を叩いた。
「西園寺先輩、お疲れ様です」
「あら庶民、奇遇ね。貴女もなにか論文の文献探しかしら? あなたそろそろ卒論のテーマについて考えないといけないのではなくって?」
「先輩、そんな面白くない話はやめましょうよー。それはおいおいゼミの先生に急かされたら決めますって」
「それじゃ遅いんじゃなくって? 貴女心理学部生でしょう、アンケート用紙の作成と統計処理にどれだけ時間がかかるか分かって言ってるのかしら?」
「もー、そういう堅苦しい話はやめにしましょうよ! 今日は面白い話を持ってきたんですから!」
「面白い話って、また貴女オカルト絡みじゃないでしょうね」
「そのまさかです、なんと奇祭の話ですよ先輩! オカルティックで興味がそそられると思いませんか?」
にっこり。そんな効果音がつきそうなほど楽しそうに満面の笑みを浮かべる岡崎に、西園寺は軽く目眩を覚えそうになった。岡崎がこうして笑うときにはろくな事がない。それは今まで何件か彼女を接点として関わってきたオカルト絡みの案件でよく身に染みている。
ここで断りたいのはやまやまだが、民俗学を趣味で嗜んでいる西園寺としては奇祭という言葉には惹かれるものがある。話を聞かずに追い返すことも出来たが、興味をそそられる話題が出された以上無視することも出来ない。
西園寺ははあ、と深いため息をついてから図書館に併設されたカフェスペースを指さした。
岡崎から事のあらましを聞いて、西園寺は梶野の言う奇祭というものに俄然興味が湧いてしまった。誰も詳細を知らない成人を祝う奇祭。それだけでレポートの一本や二本書けそうな話題だ。
西園寺自身が社会心理学を主に学んでいるため、レポートにすると言っても個人的な趣味でにはなるが悪い話ではない。ただ一点、岡崎からの紹介であるという点を除けば。
岡崎は自動販売機で買ったカップのカフェオレを両手で包むように持ちながら、西園寺がどう返事をするのかを今か今かと待っている。爛々と輝く瞳は有無を言わせずはいを言わせたいらしいが、西園寺もそう簡単に首を縦に振るわけに行かない。
「一点伺うけれど、貴女祭りの行われる場所がどこか知ってらして?」
「いえ? そこは梶野さん、あ、今回の依頼人からの続報待ちです!」
「呆れたわ、貴女ね、祭りが行われる場所くらい聞いておくのが常識でしょう! 予め前情報として色々調べておくのがオカルト絡みの事件の鉄則なんじゃなくって!?」
「そう言われると返す言葉もないんですが、奇祭という言葉に心踊っちゃったんですよねえ。なので二つ返事で受けてしまったというか」
「貴女の悪い癖よ、綾! 自分自身の安全に関わる情報をすっかり取りこぼすのどうにかなさったほうがよくてよ!?」
「善処はしますけど、どうにでもなっちゃうので私……」
「お黙り! どうにかなるからいいって話でもないでしょう! ああ、貴女の他にもう一人いた笑太郎だったかしら、彼の気苦労が知れるわ」
「あ、先輩あんまり名前気に入ってないらしいんでニコシマって呼んであげてください。その方が機嫌よくて私が助かるので」
「そんなこと私が知ったこっちゃなくてよ」
西園寺はマイボトルから紅茶を注ぎ入れ、一口飲んだ。あまりにも前情報が無さすぎる。岡崎のことだ、そんなことだろうとは思ったが的中すればするで頭が痛くなる。
そんな状況でよく話を持ってきたものだ。その度胸だけは評価してもいいが、それ以外は論外である。
西園寺が二度目になる溜息をつきたくなった時だった。岡崎が思い出したかのようにこんなことを口にした。
「そう言えば、神様の名前は言ってましたねえ」
「神様の名前? 依頼人は何と言ったのかしら?」
「すかわて様って言ってましたよ? そんな神様、いましたっけ?」
「すかわて様、すかわて様……。語感が似てるのはスカーヴァティーですけどこれはサンスクリット語ですから関係ないかしらね」
「スカーヴァティー! 確か極楽って意味ですよね! 日本的な発音としてすかわてに落ち着いたのだとしたらそれはとってもオカルティックですね!」
「確かにそうね。その祭りの行われる場所が、何らかの形でサンスクリット語が流入する場所だったという証明にはなりますものね」
「ふーむ、ますますオカルティックな匂いがしてきました! 西園寺先輩ももちろん一緒に来てくれますよね?」
岡崎は再度やけに輝いた目で西園寺の方を見やる。西園寺は少し迷って、悩んで、そして観念したかのように仕方がないわねと頭を抱えながら返した。
西園寺の返答に岡崎は両手を上げて子供のように喜び、危うくカフェオレを辺りに撒き散らすところだった。感情表現の豊かさに西園寺は苦笑しつつ、依頼人から詳細の連絡があれば必ず直ぐに連絡を寄越すことを岡崎へと言いつけた。
岡崎はへらへらと嬉しそうに笑いながら、分かってますようとだけ答えてるんるん気分が隠しきれていないまま図書館を後にする。
残された西園寺は、自分がしっかりしないとどうにもならないことを突きつけられたような気がして、現時点でもう既に疲れたような気がしてならなかった。
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