第4話

 梶野から奇祭についての連絡があったのは、依頼から数時間後だった。

 場所は水込村。日時は梶野の誕生日らしい三月十五日。その数日前から帰ってくるよう言われていると梶野のメッセージにはあるだけ、梶野はその奇祭にどう参加するか悩みに悩んでオカルト研究部に依頼しに来たらしかった。

 今日の暦が三月の九日。三日前には到着するようにと言われていると添えられていることを考えれば、十二日には水込村に到着している必要があるだろう。

 準備に二日使えると考えれば余裕があると判断していいだろう。岡崎は西園寺へ梶野からのメッセージを引用してメッセージを送った。既読はすぐにつき、可愛らしい鳥のスタンプだけが返ってくる。口ではなんやかんやと言いつつも、彼女も相当乗り気らしいことは確かだった。

 なんだ先輩、楽しみにしてるんじゃないですか。ふふふと嬉しくなって笑いながら、岡崎はサーチエンジンに水込村と打ち込み検索をかけてみた。

 村をあげての奇祭が行われているのであれば、何しらの情報がヒットするの思ったのだ。岡崎達と同じように奇祭に誘われ参加した人間のSNS記事であったり、オカルトマニアのブログ記事であったり。とにかくなにか情報が引っかかるものだとばかり思っていた。

 だが実際はそんなもの、全くヒットしなかった。よく似た地名の自治体が運営しているらしい公式ホームページや、創作物の一説が引っかかったりと結果は散々なものだった。

 唯一情報として有効だったのは、どこに水込村があるかがマップサービスで分かったことだけだ。どうにも現在地からのナビを試みてみるものの、途中までしかうまく追えない。高速道路をいくつか乗り継いで近くまで行った後、山道を蛇行していくしか道はないようだった。

 土地勘のない岡崎や西園寺では、きっとすぐに迷って村には到着できないだろう。交通手段を問えば、梶野はレンタカーを使う予定らしく、運転も彼女がするつもりだったようだ。

 ナビに表示された数時間という文字を見て、途中までは運転するという旨を返信し、岡崎は考える。

 誰も詳細を知らない、どこにも情報のない祭り。そんなものが存在しえるのだろうか。人間が立ち入れば、どうしても情報というものは拡散するものだ。それが一切見られないことを考えると、村へ向かった人間が一人残らず消息をたっているかあるいはそれに近しい状態になっていると考えるのが妥当だろう。

 最悪、殺されているという線も否定はできない。近頃山登りに行ったっきり消息を絶った人間のニュースも数多く報道されているだけ、そのいくつかが水込村に足を運んだ者であってもおかしくはない。

 まさか、ね。岡崎はなんの情報も得られなかったスマートフォンの検索エンジンの画面を閉じ、ベッドの上へと放った。連絡を知らせるバイブがなっているが、それさえ岡崎は無視して考えをめぐらせる。

 ーー人間の血肉を使って行う祭りなんか、このご時世にあるわけないですよね。

 一瞬頭をよぎった可能性を捨て去り、彼女はベッドから立ち上がってクローゼットの中からボストンバッグを取り出した。その中に数日分の着替えや、オカルトに関する情報を書き込むノートと筆記用具、それからモバイルバッテリーなんかを放り込んだ。


 それから三日後。岡崎は駅前に停まっているリムジンの前で少々固まっていた。

 そう言えば西園寺には梶野がレンタカーで運転をする旨を伝えていなかったような気がする。レンタカーから出て岡崎を待っていたらしい梶野も、突如現れたリムジンに目が点になっていた。

「あら、遅かったわね庶民。わたくしを待たせるとはどういう心づもりかしら?」

「待たせるつもりはなかったんですよぉ。……先輩、まさか山道をリムジンで登るつもりで?」

「わたくしの専属運転手のセバスチャンに不可能は御座いませんわ! さあ、お乗りになって頂戴」

「流石に結構な山道だったのでリムジンだと無理だと思いますけど……ねえ梶野さん」

「は、はい、あの……小回りのきく車でないと難しいかと……」

「わたくしにそんな貧相な車に乗れというつもり?」

「文句を言うなら先輩は着いてこなくていいんですよ? 奇祭が何かしれないままになるだけなので!」

「……貴女にそう言われると癪ね。いいわ、庶民! わたくしは心が寛大ですからそちらの貧相な車に乗って差し上げますわ!」

「ついでに先輩免許持ってますよね? 途中まで運転もお願いできません? 流石に何時間も梶野さん一人に運転任せるのは疲労度的に危ないかなーなんて思うんですけど」

「仕方がないわね、庶民。わたくしが運転して差し上げます、途中のサービスエリアまではわたくしの運転でお寛ぎあそばせ」

 西園寺は不服そうではあるがリムジンからキャリーケースを取り出し、梶野が乗ってきたレンタカーの後部座席へと乗せた。そしてそのまま流れるように運転席の扉を開け腰を下ろすと、自分が運転しやすいように座席やミラーの調節をし始めた。

 梶野はそんな西園寺におっかなびっくりの様子ではあったが、おろおろと岡崎の方へと視線を向けてから助手席へと乗り込む。

 残った岡崎は後部座席へと乗り込み、ボストンバッグとは別に持ってきていたリュックからおもむろにお菓子を取りだしてそのパッケージを盛大に開けた。

「そう言えば自己紹介がまだだったわね。わたくし、西園寺久音莉よ、庶民、貴女の名前を聞いておこうかしら」

「あ、えと、私は梶野梨奈です。よろしくお願いします、西園寺先輩」

「いい心がけね、謙虚に頭を下げることは美徳よ。……綾、あなたに言ってるのよ。乗り込んだ瞬間からお菓子を開ける人間がどこにいますの。寛ぎなさいとは言ったけれど、貴女度が過ぎてるんじゃなくって?」

「いいじゃないですかぁ、今から何時間も車なんですし。楽しく行きたくてお菓子開けただけですよお、先輩欲しいならあげますよ? どうです? 新発売ですよー?」

「結構よ!」

 西園寺は岡崎の伸ばす手を軽く手で払い、シートベルトを装着した。そしてカーラジオを付け、カーナビの操作を行う。

 梶野もそれを見て慌ててシートベルトを付け、西園寺のカーナビ操作に合わせて目的地の住所を読みあげている。岡崎はそんな二人を見ながら、一人新発売されたポテトチップスを頬張っていた。

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