第四十九話 二つの翼

「学園をこれ以上破壊せずに、シューニャの意志から動物たちを解放する方法、それは……」


 単純明快だ。シューニャの意志を直接止めるしかない。

 そして、現在、シューニャの意志の本体がある学園の中枢に直近で入ったことがあるのは私だ。侵入できる可能性が最も高いのは私にほかならない。


「そうすれば、学園の破壊など無意味だったことになる。そうじゃろ、シンクエ?」


 私に続いて、真蛸の三津みつさんが言葉を続け、皮肉めいた物言いを投げかける。だが、馬のシンクエは憮然とした態度のままで言い放った。


「無意味なんかじゃないぞ。そもそも、俺たちがこんな状態で生きているなんて不自然なんだ。動物である以上、自然に還るべきだろう。

 それにエナムに動いてもらうか……。それこそ最終手段にしたかったんだがな」


 シンクエの野太い声が響く。


「ふん、自然なんて言ってものう、こうなった以上もうどうにもならんのじゃよ。わしらはこの学園でしか生きられんのじゃ」


 対照的に、キンキンとした三津さんの声が鳴った。


「そうは言うけどな、移動手段はどうするんだ? 外には昆虫や蜘蛛たちが飛び回っているし、大型哺乳類たちも跋扈している。突破する見込みはあるのか?」


 これは人間のニコさんの言葉だ。それに返事をするような声が返ってきた。


「それなら任せてちょうだい。ちょうどいい仔たちがいるのよ」


 ジェーデンの女将おかみさんだ。いつも通りの朗らかな笑みを浮かべていた。


      ◇


 私の名前はエナム・バンテン。野牛の仔だ。

 アニマルアカデミーでは動物たちの食レポを集める仕事をしていた。しかし、アカデミーはシンクエ派の攻撃によって破壊され、もはや終焉に近づいている。

 だとしても、できるだけアカデミーの機能を残さなくては、私たちは生きていくことができない。私は動物の仔たちの意識を支配しつつあるシューニャの意志を止めなくてはならないのだ。


「イレブンちゃん、ラビン=ダラワちゃん、お願いね」


 女将さんが連れてきたのは、とんびの仔、イレヴン・ミルヴァスと大蝙蝠の仔、ラビン=ダラワ・フィリッピンであった。

 かつて、イレブンは空を飛べないことを嘆いていたが、まさかこの両者で飛ぼうというのだろうか。


「うーん、あまり自信はないんだよなあ。空には昆虫がわんさか飛んでるじゃん。自信ないよ」


 相変わらずダウナーな声で、イレブンがぼやく。


「そんなことを言ってもしょうがないんじゃないか。俺たちはもうジェーデンの女将さんには逆らえないんだ。命懸けだろうと、やるしかないさ」


 やけに高揚とした物言いでラビンが喋る。なぜだかはわからないが、完全に捨て鉢になっているようだ。

 まさか、女将さんが何かやったというのだろうか。


「心もとない翼だが、こいつらに託すしかねぇってのか……」


 シンクエもまたぼやく。なんだかんだ、私のことを心配してくれているようだ。


「頼むぞ、エナム。イレブン、ラビン。学園の未来はお前にかかっているのじゃ」


 三津さんの激励が飛んだ。


      ◇


 地上を覗き込む。すでに地上からは遥かな高所にあり、ここから落ちたら、とても助かるまい。

 イレブンとラビンは女将さんから渡された液体を飲んでいた。


「ロイヤルゼリー入りのヨーグルト飲料だよ。甘みが力をくれる。はちみつの自然な甘さだよ」


 イレブンがヨーグルトを飲み干すと、一息つきながら、そう漏らした。

 元気なさげな様子は相変わらずだが、少しだけ明るくなったようだ。


「ヨーグルトの爽やかでまろやかな味わいが堪らないね。それに、確かにはちみつは力をくれるね。濃厚な甘さがヨーグルトとよく合っているよ。

 はは、これが最後の晩餐になるのかもな。でも、美味しいものを口に入れると、何とかなるような気がしてくる」


 ラビンもまたヨーグルトを飲み終えた。

 そして、両者の腰を私に掴ませる。これから飛び上がるというのだろう。


「行くぞ」


 イレブンが声をかけてくる。

 もう腹を括るしかない。行ってくれ。


「わかった。跳ぶぞ」


 ラビンの合図とともに、地面を蹴った。ミリアの巨木から大気中へと真っ逆さまに落ちていく。


 ブワァッ


 イレブンとラビンの翼が開いた。それとともに、空気を翼が掴み、落下が緩まる。

 しかし、落下が止まることはない。


「このままでは落ちるんじゃ……」


 俺がつい口にすると、イレブンが返事する。


「だから、言っただろ。もう、このまま滑空に持っていくので精いっぱいだ」


 その言葉とともに、どうにか前進を続けているのはわかるが、緩やかに落ち続けている。だが、このスピードなら大した傷を負わずに降りることはできるのかもしれない。

 しかし、そこに不穏な声が響いた。


「不審な動物の仔を発見、排除する」


 それはスズメバチの仔だった。

 スズメバチがブンブンブンと羽音を響かせて、私たちに迫ってくる。


「くっそう、エナム、学園を任せたぞ」


 そう言うと、イレブンは私の肩を離した。ガクッと落下のスピードが増す。

 イレブンは迫ってきたスズメバチに抱き着くと、その羽根を掴んだ。スズメバチもろともに地面へと落下していった。


「くっ、俺だけで上手く降りられるか……」


 ラビンが急な事態にどうにか対応しつつ、バタバタと羽根を動かした。だが、もがけばもがくほどに落下の速度は上がっていた。

 その方向に杉の木がそびえているのが見える。


「ラビン、そこの木だ。あの木にしがみついてどうにか降りよう」


 私の言葉に従い、ラビンが木に近づく。どうにか枝を掴んだ。

 しかし、私の体は木登りに適してはいない。枝を掴んで宙ぶらりんになったまま、動けないでいた。


「ちっ、しょうがねぇな。俺に掴まれ。だけど、全体重はかけるなよ。もろとも落ちちしまう」


 ラビンが四苦八苦しながら、掴まるべき枝や幹を指定する。それに従い、どうにか私たちは木から降りていった。


 ドーン


 突如として地響きが鳴る。何者かが木を揺らしていた。

 私たちは必死で木の幹にしがみつくが、ずりずりと振り落とされそうになる。


「跳ぶぞ、エナム」


 タイミングを合わせて木から離れた。そして、ラビンが足の爪で俺を掴むと、どうにか翼をはためかせ、空気に抵抗する。だが、それも虚しく、私たちはドシンと地面に落ちる。

 果たして、そこにいたのは、緋羆ひぐまの仔、エゾ・アツィタであった。


「あっ、エナムくんじゃん。久しぶり!

 ちょうどよかった、かなかな。ねえ、殺されてくれない?」


 そう言って、アツィタは腕を振り上げた。その大振りの動きを見て、私たちは一目散に逃げだした。


「しょうがねぇ、俺が囮になる。お前は先へ行け」


 そう言うと、ラビンは立ち止まろうとする。それを私は引っ張り、無理やり走らせた。


「ダメだ。熊は捕食者としては頂点の強い動物だが、狩りの上手い動物じゃない。立ち向かうのは無茶だが、逃げることならできるかもしれない。

 二手に別れよう。上手くいけば、撒けるかもしれない」


 その指示にラビンは頷くと、アイコンタクトとともに、私とは別の方向へと走り去る。

 私も全速力で走るだけだ。向かうべきは学園の中枢。方角はわかっている。


 ドシンドシン


 重たい、けれど、確実に私に近づいてくる足音があった。それは緋熊のエゾのものだ。

 くっ、こっちに来るのかよ。

 ボヤいても仕方がない。私は息を切らせながらも、最後の力を込めて、走りだした。

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