第四十八話 学園のエンド
ドシーンドシーン
地面が揺れていた。いや、これは私たちが中に入っている巨獣と化したデケム=ミリア・ラクスが歩いているためだ。
「ねえ、エナムくん。今回の騒動って、全部、シンクエが起こしたことなの?」
ゴリラのテン・G・G・ディールハイが私の耳元で疑問を投げかけてきた。
私はその言葉に少し考え込む。シンクエは学園の破壊を目論んでいた。だが、それ以上であるはずがない。
動物の仔たちの脳を電波で操る。そんなことができるのは……。
「なにそれ。エナムくんは誰がやったことか、わかってるの?」
テンの疑問の言葉に、私が答えようとした時、真蛸の
「だとしても、アカデミーの施設が使えなくなったのでは、わしらは誰も生き残れないのだぞ!?」
いつになく、焦ったような、余裕のない様子を見せる三津さんに対し、馬のシンクエ・エクウスはいつもの態度を崩さない。
「生き残れないのであれば、それはしょうがないでしょう。そこまでの生物だったということでしかない。
どんな状況だろうと必ずそれに耐えられるものが出てくる。その動物の仔こそ、進化に適応し、生き残れる知的生物ということだ」
その物言いに、三津さんはさらに激昂する。だが、私たちには――、いや、私たちの乗るミリアには、さらに新たな局面が待ち受けていた。
◇
状況が状況だ。自己紹介は手短に澄まさせてもらう。
私の名前はエナム・バンテン。野牛の仔だ。
アニマルアカデミーでは動物たちの食レポを集める仕事をしていた。だが、そんなことは、こんな異常事態では何の意味も持たないだろう。
「でも、エナムちゃんはがんばっていたんじゃない。それはいつか報われることだと思うわ」
ジェーデンの女将さんが声をかけてくれる。
そうだろうか。もはや、何の意味を持たないことだとしか思えないけれども。
そんなことを思っていた矢先、突如、ドーンと衝撃が走った。
何者かが私たちの乗るミリアにぶつかったのだ。
「なに? なにが起きてるの?」
マグロのエイティ・サーザンブルーフィンが困惑した声を上げた。テンも不安げな様子でこちらを見ている。
それに対して、シンクエは堂々と言い放つ。
「敵だろう。持ち堪えろよ、メリム、ミリア」
その声はミリアを操作するメリムにも届いたのだろうか。ミリアの傾きが少し戻ったように感じられる。
「こっちから外の様子が見れるぞ」
シャチのソラーク・コサートカが案内する。そこには空洞があり、そこを抜けると窓のような空間があって、そこから外が窺えた。
そこでは、ミリアの巨体に対して、やはり巨大な動物たちが突進を繰り返している。
それは、熊であり、カバであり、象であった。見覚えのある動物たちである。
「うわ、サハストラちゃんじゃん。それに、スィティーニさんも、エゾちゃんも」
テンが声を上げるが、アカデミーで馴染み深い動物の仔たちだった。
像の仔、サハストラ・マキシマム、カバの仔、スィティーニ・キボコ、熊の仔、エゾ・アツィタである、
だが、その大きさは人間サイズに合わせて調整されたものが、本来の大きさに、いやそれ以上の大きさにまで、巨大化されていた。
パオーン
サハストラの鳴き声が響くと、その長い鼻を振子のようにして加速させつつ、ミリアに突進する。
スィティーニもまた汗腺から赤い汗を流しながら、突進していた。カバが流す汗は身体の冷却機能ではない。これには粘性があり、皮膚を守る役目があるのである。それだけ、スィティーニは全力であるという証左であろう。
エゾはグルルルと吠えると、その巨大な爪をミリアに向けて突き刺した。ガリガリという音ともにミリアの樹皮が裂けているのが見て取れた。
「メリム、奴らを払え!」
シンクエの号令が響く。それとともに、ミリアの根が動き、三者の動物の仔を薙ぎ払った。
しかし、一難去ってもう一難。さらなる攻撃が迫る。
昆虫の群れだ。蜂が、蝶が、甲虫が、バッタが、無数の蟲の群れがミリアに迫ってくる。
それをミリアは根を振り上げ、振り払おうとするが、すべてを追い払うことはできない。一匹のバッタがミリアの体内、すなわち私たちのいる場所に入り込んできた。
それを三津さんの触手が締め上げ、ソラークの牙が砕き、スナドリネコのティスエカ・ディーヴァラバララーの爪が止めを刺した。
水際での手際の良さはさすがだが、あれだけの大群が入り込んできたら、もはや対処のしようもないだろう。
「大丈夫。手は打ってあるから」
そう言ったのはジェーデンの女将さんだった。
その言葉と示し合わせたのか、昆虫の新手が現れる。それはトンボの群れであった。
「おう、おめえら、気張っていけよ。この戦いに勝利したら、女将さんの料理にありつけるぞ」
ヤンマの仔、
飛行能力においては全昆虫の中でもトンボが抜きんでているのだ。瞬く間に空中戦を制していく。
だが、そう簡単には終わらない。
地上から糸が放たれていた。その糸はトンボたちを捕らえ、地中に落とす。あるいは罠として仕掛けられ、トンボたちを空中につなぎとめた。
蜘蛛だ。ガイジュ・ローチンに率いられた蜘蛛たちが昆虫の討伐に動き始めていた。
「ふん、覚悟することですわ。裏切者には相応の報いを。当たり前のことですのよ」
ローチンの神経質そうな声が響き渡っていた。
◇
「これはどういうこと? 全部、シンクエさんのやったことじゃないっていうの?」
エイティが困惑したような声を上げた。
それに対し、シンクエが不敵な表情のまま返事をする。
「当たり前だ。俺たちはあれを止めようとしているだけだ」
やはり、思った通りか。シンクエのやっていることは、ミリアを操縦できるように改造し、それを操作して学園を破壊しようとしているだけなのだろう。
スーの豹変を始めとして、動物たちが変心したのはまた別の意志によるものだろう。
「そう、シューニャの意志によるもの」
三津さんが私に被せるようにつぶやいた。
「ジェーデンもシューニャの意志に追随するものと思ったが、違ったようだの」
三津さんの言葉に、ジェーデンの女将さんが笑みを見せた。
「うふふ、あれに対抗できるのは私の料理くらいのものだもの。あなたたちが食事に来てくれたおかげで助けられたのよ」
シューニャの意志は動物たちの自我をも支配する。電波を通して、自在に操ることができたのだ。
そして、動物たちを支配する時が来た。女将さんの料理を食べたため、私たちはそれを逃れることができたのだろう。
ということは、スーは寸でのところで間に合わなかったということか。
「それでの、エナムよ。まずはシンクエを止めてはくれんか。学園を壊してほしくはないのじゃ」
三津さんに言われて、私はさきほどの食堂へと戻った。そして、天井を見る。メリムとサイのソーラ・ユニコルニスが開けた穴があった。そこにはメリムのいるミリアの核が見える。
シンクエを止めると言われても、私にできることなんて少ない。だが、託されたものはある。
私はドリルの付いた器具を取り出した。
これはネズミの仔、デゾイト・ポルキーニョが私に渡してきたものだ。
彼はシンクエのスパイであった。だが、それだけだろうか。彼はシンクエを止めたかったのではないだろうか。
卑屈な印象を持つが、反骨心を持つ彼のことだ。シンクエにただ従うだけだったようには思えない。
彼に賭けよう。そう思い、器具の引き金を引いた。
ドリルが発射され、ミリアの核を穿ち、内部にめり込んでいく。
そして、ミリアは止まった。
「ふん、そんなことをしてどうなる。もう学園はあらかた破壊した。学園は終わりだ。
だが、シューニャの意志だけが残っている。俺たちはあいつに支配されるだけだぞ」
シンクエは憮然とした様子で言葉を漏らす。
それに対し、三津さんは勝ち誇ったように宣言した。
「それはエナムがどうにかするじゃろう。そうじゃろう、エナムよ」
その言葉に動揺しつつも、私は自分がするべきことをわかっていた。
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