第四十七話 巨獣のウェポン

 今度は、周囲の動物たちの視線が私に向けて集まってきた。

 舌が濡れるのを感じる。よだれが溢れてきていた。緊張しているせいだろうか、汗をかいているのだ。


 ジェーデンの女将おかみさんは犯人ではない。勢いのままに行ってしまったが、一体、どうやって説明すればいいのだろうか。


「エナムくん、まずは思っていることから言えばいいんじゃない」


 ゴリラのテンが声をかけてきた。その言葉で少し落ち着く。

 そうだな、まずは何から話そうか。私は自分の考えをまとめることにする。


 アルファルファのサラダを口に入れた。

 干し草のような香りが牧場を連想させる。緊張がほぐれていくのを感じていた。


      ◇


 私の名前はエナム・バンテン。野牛の仔だ。

 アニマルアカデミーでは、みんなの食レポを集めていた。まあ、知らない動物の仔はここにはいないよな。


 まずは、思い出してほしいんだ。

 事の発端は、草木の仔、デケム=ミリア・ラクスが急成長を始めたことだ。ミリアは女将さんの用意した食事を食べて、そして急成長を始めた。

 でも、これって女将さんの料理が作用したってことにはならないだろう。食べた瞬間から影響があるのは毒だけで、血となり肉となるには時間がかかるものだ。つまり、ミリアの暴走と料理に因果関係はない。


 そして、もう一つ。豚の仔、スーもまた、女将さんの料理を食べて暴走を始めた。

 けれど、そんなにあからさまなことをするだろうか。


 私たちも女将さんの作った料理を食べているが、あんな変貌を遂げたものはいない。ならば、因果が料理にあると考えるのも安易に過ぎないだろうか。

 おかしかったのはスーだけではない。ニワトリのドゥア=プルフとナメクジのトゥエンティ=トゥも同様に殺気立っていたように感じる。

 どうも、何か電波のような、間接的に干渉してくるものがあったように思えてならない。


 私がそう発言すると、ニコさんの一派が少しざわついた。そして、おずおずと、マグロのエイティが手を上げる。


「えーとね、これ言っておいた方がいいんじゃないかな」


 エイティが口を開いた。


「クラゲのヤシロイだけどね、不具合が起きたのよ。彼の意志を制御しているコンピュータがおかしくなって、彼本体の意志と噛み合わなくなったのかな。動かなくなっちゃったんだ。

 これ、どこからかコンピュータにハッキングされたとか、そういうことだとしたら……」


 それはどういうことだろう。今回の事件と関係あるのだろうか。

 ヤシロイには脳がないので、その代替としてコンピュータを使用している。しかし、それが何者かに侵されていたとしたらどうか。

 ヤシロイはあまりにシンプルな体の構造故に動くことができなくなったが、同じような侵食を受けたものは精神を侵され、支配されたのでは……。

 そんな考えが頭によぎった。いや、考え過ぎだろうか。


「うふふ、エナムちゃん、いい線いっているかもよ」


 ジェーデンの女将さんが笑みを浮かべた。女将さんが黒幕ではないとは思っているが、しかし、やはり何かを知っているようだ。

 だが、女将さん以上の笑い声を上げたものがあった。馬のシンクエだ。


「茶番は終わりにしようじゃないか。誰が黒幕だとかどうでもいい。大事なのは、これから何をするかだ」


 そう言うと、シンクエは蹄をパチンと鳴らした。すると、天井がガラガラと崩れ、そこから巨大な動物の仔が降りてくる。

 それはサイの仔、ソーラであった。


「シンクエさん、見つけましたよ。ミリアのコアはこの方向です」


 そう言って、ソーラは自分の落ちてきた方向を指し示した。


      ◇


「なんだって!? シンクエ、あんた、何をしようっていうのよ!」


 ニコさんの怒号が響いた。

 それに対し、シンクエは涼し気な表情のまま、返事をする。


「あんたんとこのミリアだけどな、ちょいと細工をさせてもらったんだ。こんな事態になることはわかってたんでね。

 巨大樹木と化したミリアは俺たちで操縦する。いや、やるのはメリムだけどな」


 そう言われて、私はメリムを見た。その重厚な鱗の鎧が、いつも以上に輝いて見える。

 彼はその手に持った銃器のようなものを掲げると、穴の開いた天井に向けて放った。そこからはロープが飛び出て、穴の先で固定される。

 メリムはその重そうな巨体を軽々と飛び上がらせると、そのままロープを伝って、瞬く間に上階へと進んでいった。


28号メリム=アルアドは動物の仔たちの中でも特殊な能力がある。ほかの動物の仔と共鳴シンクロし操るのだ。

 もっとも、共鳴させるには相応の準備がいるけどな」


 シンクエの言葉を聞き、ニコさんがハッとする。


「まさか、あんた、仕組んでいたっていうの? そうか、デゾイト・ポルキーニョ……」


 ネズミのデゾイトの名前を出した。彼は果樹園でニコさんに従い、働いていた。

 しかし、ここで名前が出るということは、ニコさんの意に反し、シンクエのために行動していたということだろうか。まさか、スパイだったのか。


「上手く潜り込んでくれて助かったぜ。あんたが気づかなかったこともな。

 俺たちはこのままアカデミーを破壊し、動物たちをシューニャの意志から解放する」


 シンクエの宣言とともに、地面がドシンドシンと揺れた。いや、これはミリアの身体が歩き始めたのだろうか。

 28号メリム=アルアドの力により、ミリアが巨獣となり、動きだしたのだ。


「ジェーデンでなく、お主であったか。シンクエよ」


 真蛸の三津みつさんが口を開いた。その眼光はシンクエに向けられる。


「おっと、これは意外だな。三津さん、あなたは俺と同じ目的だと思っていたんだが」


 シンクエが野太い声を三津さんに返す。


「同じなものか。アカデミーを維持しなくては動物たちは平穏に過ごせん。壊してどうするのじゃ」


 抗議の声を上げる三津さんに対して、シンクエはそれを制止する。


「だが、あなたの狙いもシューニャの意志では。あれを止めなくちゃ、結局、動物たちに未来なんてないでしょう」

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