第四十六話 動物たちのテーブル

「そうじゃ、まずはお互い腹を割って話し合おうじゃないかの。そうは言ってもの、わしらのことも信用ならんじゃろ。

 わしらのことを話してよいぞ。戦力、目的、当面の戦略目標……、どれから話そうかの」


 三津さんの幼く聞こえる甲高い声が響いた。

 しかし、その物言いに驚く。自分たちのことを曝け出すというのか。そこまで譲歩して話を聞ききたいということだろう。


「あははっ、そういうお話も興味ないわけじゃないけどね。まずはご飯にしたらどうかな」


 ジェーデンの女将おかみさんの返答はさらに予想外のものだった。

 確かに料理の準備をしていた。けれど、これから各派閥のリーダーたちを交えて、食事をしようとするとは。


 恐怖が頭をよぎった。

 スーは女将さんのつくったおにぎりを食べた直後に発狂している。

 女将さんの料理は美味しい。それは知っているが、今となってはそれもまた恐怖の対象であった。


 三津さんはそのことを知っているのだろうか。一緒に来ているニコさんには私から話してあるのだから、知っていて当然だろう。

 どうやら躊躇しているように見えた。だが、少しして再び口を開く。


「そうじゃのぉ。ご相伴に預かるとするかの」


 三津さんはいつも通りの口調でのんびりと答えた。

 だが、彼女の周囲からは緊張が走る。私にはそう見えた。

 シャチのソラークが三津さんにひそひそと声をかけている。


「うふふ、それじゃあ、準備を終わらせてしまうからね」


 女将さんだけは朗らかな笑顔のまま、嬉しそうに料理を並べ始めた。


      ◇


 自己紹介が遅れたかもしれない。

 私の名前はエナム・バンテン。野牛の仔だ。アニマルアカデミーにおいてはさまざまな動物たちの食レポを集める仕事を行っていた。だが、今は状況に流されて、いつの間にか食卓についている。


 ジェーデンの女将さんは私の前にサラダを置いた。たっぷりのアルファルファの上に、グリーンリーフとトマト、それに枝豆が散りばめてある。その上にシーザードレッシングがかけられてあった。

 美味しそうだ。食欲がそそられる。


 しかし、それ以上に懸念が大きい。このサラダを食べていいものだろうか。


「ねえ、女将さん、スーのこと知ってる?」


 もう尋ねてしまおう。あれこれ思い悩んでいても、事態が好転するとは思えない。

 すると、女将さんは一瞬キョトンとしていたが、すぐににこやかな笑顔に戻る。


「ああ、あのことね。残念だけど、あれはもうないのよ。

 スーが食べてしまったのね。あの仔、食い意地が張ってるもの。仕方ないわねぇ」


 平然とした様子で言葉を続けた。

 私はそれをどう判断したらいいのか迷う。もしかして、女将さんは知らないのか。

 だが、「あれはない」と言った。それがスーを狂わせた元凶だとすると、女将さんが故意に行ったことになる。


「スーはドゥア=プルフとトゥエンティ=トゥを喰らったのじゃ。おぬしがエナムに持たせたお弁当を食べた直後にの。そうじゃろ、エナム。

 ほかに言うことはないのかな、ジェーデンよ」


 三津が何本かの触手をうねらせながら、その眼光をジェーデンの女将さんに向ける。


「何を言いたいのかわからないけど、私はそれが悪いことだと思っていないの。

 ドゥア=プルフちゃんとトゥエンティ=トゥちゃんは可哀そうだと思うけど、でも、犠牲は出るものよ。いちいち気にしていてはしょうがないじゃない。

 三津みっちゃん、あなたも同じ考え方だと思っていたけど」


 この言葉に三津さんは詰まった。

 すでに、ティガベラが裏切り、セムビランが命を落としている。そのことを気にかけているのだろうか。


「わしはできるだけ犠牲は出さない方法を模索したい。じゃが、そうじゃの。犠牲が出てしまうことも事実じゃ」


 それを聞いて、女将さんはにっこりと笑った。


「そんなことより、早く食べましょ。せっかくのお料理だもの」


      ◇


 私はサラダを食べる。シャキシャキとした新鮮なアルファルファは旨味たっぷりだ。それをシーザードレッシングの塩気と濃厚な味わいが支えており、サラダとして成立させる。

 トマトは口に入れると酸っぱさと旨味が口いっぱいに広がった。枝豆とグリーンリーフが良いアクセントになっており、リーフのフレッシュな香り、枝豆の抜群の美味しさが食欲をさらに掻き立てる。


 ダメだ。これはついつい夢中で食べてしまう。美味しすぎるんだ。


「この海老のフリットは絶品じゃの。カラッとした衣の中に新鮮なエビ。ぷりぷりに弾けるようじゃ。

 それをタルタルソースで食べる。これがよく合っておるのぅ。タルタルソースの酸味と卵の味わい、それにピクルスかの。食感が堪らんのじゃ」


 三津さんに出されているのはエビのフリットのようだ。それぞれの動物に合わせた料理が振る舞われている。

 シャチのソラークには海獣のステーキ、漁り猫スナドリネコのティスエカには刺身の盛り合わせ、ゴリラのテンにはバナナパフェ、マグロのエイティにはオイルサーディンといった様子だ。誰もが夢中に食べており、口数も減っていた。


「ふん、それでだ。本題といこうじゃないか」


 切り出したのはシンクエだ。馬のシンクエは干し草を食べながら、なおも口を開く。


「三津さん、あんたの目的だ。シューニャの意志を知り、何をしようとしているんだ? それを聞かせてもらおうじゃないか」


 話を向けられて、三津さんは少し不快そうに突起から墨を出すが、すぐに海老のフリットを飲み込んだ。


「もう隠してもしょうがないじゃろ。お前たちも巻き添えになってもらうがの。

 わしらはシューニャの意志の目的を知り、その計画を全て潰す。叛逆こそがわしらの真意じゃ」


 なんということか。まさか、シューニャの意志そのものを破壊しようというのだろうか。そんな大それたことを考えているとは……。

 だが、それを聞いて、シンクエは大笑いを始める。


「フハハハハハ、一緒じゃねぇかよ。俺たちはアカデミーを破壊する。気に入らねぇもんは全部徹底的にやるつもりだ」


 やはり、三津さんは不快気に墨を吐いた。


「わしらはそんあ大雑把な活動をするつもりはない。シンクエ、おぬしとは相容れぬと思うがの。やるのはシューニャの意志だけじゃ。アカデミーを破壊するつもりなんてないぞ」


 シンクエもまた破壊を目指している。だが、三津さんも大差はない。どちらも実に物騒な考え方だ。

 そうなると、気になるのはニコさんだ。彼女は三津さんと来た。三津さんに同意しているのだろうか。


「私はただ果樹園を育てていたいだけだよ。エデン計画も草木に知性を与えたかっただけだ。

 まあ、シューニャの意志で実験動物にされていることは同情していたさ。だから、三津の反乱に協力するのもやぶさかではない。そう思っただけだ」


 やはりか。ニコさんももはや三津さんの協力者なのだ。

 ただ、気になるのは、エデン計画の産物であるデケム=ミリアが巨大化した件だ。その犯人は一体誰なのか。


「それか、わかっている。ジェーデン、あんただろ。

 私も三津もシンクエも、シューニャの意志に反乱を起こした。だが、ジェーデン、あんたはアカデミーの動物たち、すべての意志を自分で掌握しようとしていんじゃないのか。

 この中であんただけはこの時代の生態系に存在生物、フローラー。花の蜜の香りで小動物をおびき寄せ、喰らう肉食動物。でもアカデミーにおいては香りなんかじゃなく、料理で動物を引き寄せ、そして操っていた。そうじゃないか?」


 ニコさんの言葉はジェーデンの女将さんに向かった。

 それでも、女将さんは朗らかな笑顔を崩さない。


「だったら、どうだっていうの?」


 その言葉に、その場にいた動物たちの敵意が女将さんに向かった。

 しかし、違和感がある。女将さんに悪意があるのなら、それを隠そうとするはずではないか。なぜ剥き出しにしているのだろう。


「女将さんは犯人ではない。この状況の黒幕は別だ」


 私は声を上げた。

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