第四十三話 百獣のバトル

 私は走っている。学園の中枢、メインシステムの塔、シューニャの意志の下へ急いでいた。

 ニコさんの果樹園は中枢の北東にあり、ジェーデンの女将おかみさんの南東にある。つまり、私は南西に向かっていた。


 自己紹介しておこう。

 私の名前はエナム・バンテン。野牛の仔だ。ここアニマルアカデミーにおいては、さまざまな動物たちの食レポを集めている。しかし、そんな任務は急変したアニマルアカデミーの環境では意味をなさないものだろう。


「来たな、エナム」


 声が聞こえた。私が視線を向けると、崩れた家屋の上に乗っている動物の仔があった。

 声を上げたのはライオンの仔、サバー・バーバリー。漲る筋肉が遠目からも見て取れ、私は恐怖を覚えた。

 それに、ウナギの仔、ウィッタ・アングイユ、パンダの仔、ドリナク・チューニーが並んでいる。


「あなたには生きていてほしくないのよ」


 ウィッタがそう言う。

 それなりに仲良くしていたと思っていたのだが、ゾッとするような悍ましい言葉を口にする。学園が変わったということは理解しているが、ここに来てまざまざと突き付けられたようだ。


「だよねえ、いろいろ面倒臭いんだ」


 チューニーが同調するような言葉を放つ。

 まずい、三対一で勝てるはずがないだろ。


 チューニーがその拳と爪を振るう。私はそれをどうにかかわすと、頭突きでチューニーの頭を叩いた。

 ガツンという音とともに鈍い感覚が走り、チューニーは地べたに落ちた。


「あら、頼りないの。サバー、動きを合わせてね」


 その言葉とともに、ウィッタが私に迫り、牙を剥き出しにする。サバーは悠然とした態度で私に近寄ってきていた。

 怖ろしい。チューニー相手は一対一になったが、この二人はそうはしてもらえないようだ。


「エナム、助太刀するぞ」


 私の後ろから、聞き知った声が響いていた。


      ◇


 それは、コモドドラゴンのセムビランによるものだった。

 コモド島はインドネシア諸島に位置し、その本島に当たるジャワ島の野牛であるバンテンとは同郷といってもいい存在である。そのせいか、草食と肉食、哺乳類と爬虫類という遠い関係でありながら、私たちは仲が良かった。


 とはいえ、こんな混沌とした状況で助けに来る。これを信じてもいいのかどうか。


「エナム、お前は6号エナムで俺は9号セムビラン、コインの表と裏だ。運命共同体じゃないか」


 セムビランは爽やかに言い放つ。

 まったく、こんなんじゃ、まともに疑うとかできないじゃないか。


「セムビランは8号ウィッタを頼む。私は、7号サバーをどうにかしよう」


 そう言いいつつ、背中をセムビランに預けた。対するは、サバーだ。


「ふっふっ、一対一ならどうにかなると思ったのかな。僕は百獣の頂点に立つライオンの仔。うぬぼれるわけでなく、それだけの実力があるんだよ。

 エナムさ、君には生き延びる道なんてないのさ」


 そう言うと、サバーは唸り声を上げ、その重量感たっぷりの前肢から爪を突き出し、弧を描いてぶつけてくる。私はそれを前に出ることによって回避し、そのままサバーの胴に向かって体当たりする。

 だが、サバーの前肢は後ろに戻り、結果として、サバーの牙、サバーの爪が私を挟むように襲ってきた。


 ちっ。このままでは、ズタズタに切り裂かれる。

 そう思った瞬間に、腰を落とした。二足歩行から四足歩行に切り替え、サバーに体当たりしつつ、その場から離れる。しかし、その牙は私の頭を、爪は背中を傷つけていた。


「ふっふっ、君は追い詰められた獲物なのさ。このまま、叩き潰すだけだ」


 そうは言うが、サバーも息が切れ切れである。私の体当たりがそれなりに効いているのだろう。

 とはいえ、私もまた傷をつけられ、平静ではいられなかった。


 一方、セムビランとウィッタもまた一進一退である。

 セムビランの牙はウィッタのぬめぬめした肌を通らず、ウィッタの牙もセムビランの鱗には歯が立たない。

 こんな状況がいつまでも続くかと思えた。


      ◇


「先輩、来ましたッス~」


 そこに変化が訪れた。キングコブラのティガベラである。

 これはセムビランの増援だろう。私はその登場に安堵した。

 ティガベラは私とサバーが相対する場所までやって来る。


「エナムさん、助かるッス。私に見せ場を用意してくれてたんッスよね」


 いや、そんなことはないが。けど、サバーをどうにかしてくれるなら助かる。

 そう思った瞬間、ティガベラの身体が私に巻き付いていた。これは一体、どうしたことか。


「ジェーデンの女将おかみさんの食堂に足りないものあるッスよね~。なんだと思いますかぁ?」


 そう言いつつ、俺の喉元に向かって、牙を噛みついてくる。


「う~ん、ジューシーッスよね~。なんていうのか、本能に訴えてくる旨味っていうんですかねぇ。甘いようなしょっぱいような、得も言われぬ美味しさッス」


 喉元はどうにか避けたものの、ティガベラの牙は私の肩口に噛みついていた。


「生でこんな味わいっすからねぇ。ちゃんと調理したらどんな美味しさになるんスかえねえ」


 ティガベラは恍惚とした表情を浮かべる。

 こんなところで、へこたれるわけにはいかない。私は力を込めてティガべラを引き離そうとする。だが、すぐに力が抜ける。噛みつかれ、血を吸われていることが、思いの外、私の力を失わせていた。


「エナムぅっ!」


 野太い声が響いた。それはセムビランのものである。

 セムビランはティガベラを私から引き離したが、逆にティガベラはセムビランに噛みつく。そして、ウィッタもまたセムビランに噛みついたままなのだ。


「行け、エナム! お前が生き延びられれば、俺が行動を起こした甲斐があるんだ」


 こんな状況で迷ってはすべてを無駄にする。私は決断し、その場を駆け抜けた。

 ライオンのサバーはなぜか、この状況を静観し、私たちに危害を加えようとしない。なぜかはわからないが、これは好機である。私はひたすらに走った。


 ドゴーン


 爆音が響く。南西からだ。

 ジェーデンの女将さんの食堂のある方角からだろうか。

 私は動揺し、自分の進むべき道に迷う。このまま、シューニャの塔に向かうべきか、それとも食堂に向かうべきなのか。

 その躊躇によって、最悪な事態が起こるとも知らずに……。

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