第二十八話 クロコのグルメ

 私が待ち合わせ場所に向かうと、灰褐色の巨大な生き物がそこにいた。まるで鋼鉄の塊であるかのようだ。

 巨大な口の奥にある、金色の瞳が光ったように見えると、その大きな口で頷く。どうやら私を見つけたらしい。しかし、喋ることはせず、ただ私を見つめている。

 どうやら無口な性質たちらしい。


 彼の名はメリム=アルアド・プロスス。入江鰐クロコダイルの仔だ。

 彼は改造進化によって、二本足で立ち、腕の手先は人間のようにものを掴めるようになっている。ここアニマルアカデミーにあっては、基本的な改造が施されているといえるだろう。

 その改造進化された動物としては、彼は28番目に当たる。

 28号メリム=アルアドというわけだ。


 そういう私はエナム・バンテン。6号エナムに当たる野牛の仔だ。アニマルアカデミーにおいてはさまざまな動物たちの食レポを集めるミッションを受けている。

 今回はワニのメリムの食レポというわけだが……、こんな無口で大丈夫なのだろうか。


「任せてくれていい」


 あ、喋れるのか。

 それはゆったりとした穏やかな声だった。けれども、どこか力強く頼もしさを感じさせる。

 まあ、いいや。任せてみることにしよう。問題があるならフォローすればいいだけだ。


「それじゃあ、ジェーデンの女将おかみさんの食堂に向かうよ」


 私が声をかけると、メリムが無言で頷く。私たちは食堂に向かって歩き始めた。


          ◇


 カランカラン


 食堂の扉を開けると、備え付けられた鐘が鳴った。その音を聞いて、朗らかな笑顔のジェーデンの女将さんが顔を出す。


「あらぁ、エナムちゃん、メリム=アルアドちゃん、いらっしゃい。今日は腕によりをかけてお料理を作ってるのよ。楽しみに待っていてね」


 いつになく気合の入っているようだった。しかし、女将さんが力を入れているとなると、今回は(今回も、かもしれないが)期待ができそうだ。


「そうなのか」


 メリムがぽつりと呟く。彼もまた料理に期待しているのだろうか。

 すでに察しているとは思うが、アニマルアカデミーでの食事は基本的に質素で味気ない。だからこそ、ジェーデンの女将さんの食堂で食べる料理は非日常であり、特別なものだった。

 メリムとて、それは一緒だろう。彼もまた今回の食事を楽しみにしていたはずだ。


「ああ、そうだな」


 肯定的な言葉が綴られる。まあ、当然のことだろう。


「えーと、ビール飲むかい? カタログがあるんだが、何を頼んでもいいんだ」


 私がビールのカタログに手を伸ばしながら言うと、その手をメリムが制した。

 そして、被りを振る。なんだ、ビールを飲みたくないのだろうか。


「こういう時のビールはラガーと決めている。ラガーを頼んでくれないか」


 穏やかながら力強い口調で言う。

 飲みたくないのではなく、飲みたいビールが決まっていたようだ。私はそれに同意し、キリンラガーを注文した。


          ◇


「乾杯」


 ジョッキになみなみとビールが注がれていた。そのジョッキを二人でかち合わせると、一息にビールを飲んだ。

 麦の香り、それに苦さと少しの甘さが喉元を通り過ぎていく。炭酸がスカッとした飲み心地だ。慣れ親しんだ味わいであり、特に気負う必要がないせいか、純粋にビールの楽しさを味わえるように思える。

 ラガービール。いいビールだな。


「…………」


 対して、メリムは黙して語らず。彼が自分で頼んだのだ。気に入ってないということもあるまい。

 ビールに関しては私が感想を言ったし、まあ、いいか。


「お料理ができたよ。どんどん持ってくるから、たくさん食べていってね」


 ジェーデンの女将さんが皿を持ってやって来た。

 私とメリムの前に置く。私の前に置かれたのはサニーレタスときゅうりのサラダだが、メリムの前に置かれたのはオレンジ色の円形のものだ。これは魚か。鮭かな。

 それに何か丸いものが付け合わせられている。


「サーモンロールだ。それに石も添えられている。気が利くな」


 メリムが言葉を発した。サーモンロールとはこのメニューの名称のことだろう。確かに、サーモンを一枚一枚巻いて作り上げた料理のようだ。

 しかし、石はどうするのだろうか。


 ムグッ


 メリムはそのまま石を丸呑みにする。


「いい硬さ。いい大きさだ。ちょうどいい」


 次いで、メリムはサーモンロールをナイフで丁寧に切り分けると、口の中に放り込む。そして、噛むことのないまま、一飲みにした。

 やはり肉食動物は咀嚼をしないようだ。


「豊かな味わいだな。芳醇というべきか。鮭の香りと甘さ、それが口元から喉を通る間に感じられる。それに胃石で砕かれるこの感覚、柔らかくも砕き応えがしっかりある。

 サーモンは好きだ」


 ぽつりぽつりとメリムが言葉を紡いでいく。最初の言葉通り、しっかりと食レポしてくれた。

 そして、石は彼の胃の中にあるようだ。口の中で噛み砕く代わりに、胃の中で胃石により、食べ物を砕くのだろうか。


「ああ。ワニには胃が二つある。最初の胃で食物を砕き、二番目の胃で強力な胃酸で食物を分解するんだ。

 今回はそのための石も用意してくれていた。ありがたい」


 なんと、ワニも胃が複数ある動物だったのか。胃が複数あるのは我々鯨偶蹄目くじらぐうていもくだけの専売特許ではなく、爬虫類にも存在したとは。

 収斂進化しゅうれんしんかに近いのかもしれない。別々の種でありながら、近い進化を遂げた例といえるだろう。

 それに、鶏などと同じように、食物を砕くための石を飲み込み、砂肝のようにしている。


「石を食べていた恐竜の話を聞いたことはないかな。ワニもまた恐竜の全盛期に生まれた爬虫類であり、氷河期の大量絶滅を乗り越えた古い動物なんだ。

 だからかな、同じように石を食べることで食物を砕く。それに、この石には潜航する際の重さの役割もあるんだ。空気を溜めた肺に浮力があるから、バランスを取る意味もある」


 そういえば、鳥類は恐竜が進化した動物だといわれている。だとすると、鶏が砂を食べ、砂肝で消化の助けを行うのも、恐竜時代の名残なのかもしれない。


 サニーレタスのサラダを食べながら、メリムの食べっぷりを眺める。サラダはゴマたっぷりのドレッシングで味付けがされており、実に食欲を促進してくれた。


「次のお料理を持ってきたよ。本日のメインディッシュよ」


 そう言って、女将さんが持ってきたのは鶏を丸焼きにひたローストチキンだった。それをメリムの前に置き、私の前にはベイクドポテトを置く。

 ポテトだけでなく、ブロッコリーやインゲン豆、マッシュルーム、ニンジンといった多種多様な野菜が焼かれていた。実に美味しそうだ。


「話に出ていた鶏が来たな。かつてのライバルの肉をいただくとするか」


 メリムが発言する。アルコールが回ったのか、少し饒舌になっていた。


 ベイクドポテトを食べる。芋の柔らかな甘さが心地いい。野菜にはチーズがかかっており、ブロッコリーにもマッシュルームにもよく合っていた。

 実に贅沢な料理といえるが、本題はクロコダイルのグルメである。メリムがローストチキンを食べる姿を見ようじゃないか。


 メリムはローストチキンを掴むと、バリバリっと噛み砕く。いや、噛み裂くという表現が適当だろうか。そして、そのまま、やはり丸呑みにした。


「パリパリとした食感が楽しいな。こんがりと焼けた香りも堪らないものがある。淡白だが、旨味もたっぷりあるように感じるな。

 それにこの柔らかさ。胃石の中で、まるで蕩けるように砕かれていっている」


 これもまた、クロコダイルならではの食レポといえるだろう。

 かつて種をたがえた鶏とワニの奇跡的な邂逅なのかもしれない。


          ◇


 この辺りでクロコのグルメを締めさせてもらおう。

 メリムも言っていたが、恐竜たちの最盛期というべき白亜紀から、ほとんど姿を変えずに現存するワニのグルメはどうだっただろうか。長く生存しているということは、それだけ完成された進化を遂げていると言って差し支えない。

 私たち哺乳類も彼らの姿から学ぶものがあるのかもしれない。


 次回は、その恐竜たちの子孫が主役となる。ダチョウのグルメというべき内容になるだろう。

 鳥類も多様なグループだが、その中で、恐竜の姿を色濃く受け継いでいる印象がある。彼らはどんな食性があるのだろうか。


 それではまた来週。この時間、この場所で再会できることを願っている。

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