第十八話 蝸牛のグルメ

「あっ、エナムくん、いた!」


 私がいつも待ち合わせしている公園に、のそりのそりと近づいてくるものがあった。

 先端の尖った巻貝を背負い、頭に二本の角を持った軟体動物、つまりカタツムリの仔であるイワカルア=クマカヒ・ハワイーである。それだけではない。その後をけばけばしい体色をしたナメクジがのそのそと歩いてきていた。私にはそこまではわからないが、ショッキングピンクという派手な体色らしい。彼はトゥエンティ=トゥ・トリボニオ=フォルス。

 今回はこの二名が食レポの対象となる。


「すまんな、俺まで一緒に来てしまって」


 そう言ったのは、派手なピンクのナメクジの仔、トゥエンティだ。その外見に似合わず、謙虚な性格なのだろうか。

 今回の食レポはイワカルアだけだったが、彼女の訴えにより、兄弟のように育ったトゥエンティも食レポの対象に加わったのだった。


 ナメクジはカタツムリの殻を失う形で進化した形態だという。防御力を失った代わりに、俊敏さと柔軟さを得た動物である。とはいえ、どちらもスピーディな生き物とは到底いえず、また多量の湿気を必要としていることは変わらない。

 この二名は実際に血を分けた兄弟ではないが、それでも多様な動物のいるアニマルアカデミーでは兄弟のように感じられる間柄であるのだ。


「そうなのよ。だから、食レポでも一緒にやりたかったの」


 イワカルアが言う。そういうこともあるのだろう。

 おっと、自己紹介が遅れたようだ。私の名前はエナム・バンテン。見ての通り、野牛の仔だ。

 ここアニマルアカデミーで、動物たちの食レポの収集をしている。今回はこの二名が対象となるわけだ。

 カタツムリは漢字では蝸牛と書く。我々、野牛と共通する言葉が使われている。野牛と蝸牛、それにどんな共通点があるのか、あるいはないのか、その辺りを見てもらいたい。


「じゃあ、そろそろジェーデンの女将おかみさんの食堂に向かいましょう」


 イワカルアが音頭を取る。それに合わせて、私たちは食堂に向かって歩き始めた。


      ◇


 カランカラン


 食堂の扉に取り付けられた鐘がなる。すると、ジェーデンの女将さんが厨房から出てきて、朗らかな笑顔を向けてくれた。


「あらぁ、エナムちゃん、イワカルア=クマカヒちゃん、トゥエンティ=トゥちゃん、いらっしゃい。すぐに料理できるからね。席で待ってて」


 そう言うと、エプロンを整えながら、厨房へ戻っていく。その手には太い爪が伸びているが、器用にエプロンの裾を直していた。


「ふふ、私、女将さんの料理を食べるの初めて。でも、評判は知っているのよ。だから、ずっと食べたかったの。

 ね、トゥエンティ、あなたもそうでしょ」


 イワカルアが声を弾ませながら、そう言う。それに対して、トゥエンティはあまり表情を変えずに、「ああ、そうだな」とだけ返した。いや、私もナメクジの表情にそれほど詳しいわけではないけれど。

 トゥエンティは口数の少ないタイプなのだろうか。


「そうだ、ビール飲むかい? カタログがあるんだけど、これに載っているビールは全部あるはずだよ」


 私はそう言って、二名にカタログを渡す。すると、しばらくカタログを眺めていたけれど、あまりの量の多さに困惑し始めた。


「これは無理。私たちじゃとても把握しきれそうにないね。エナムくん、選んでくれない?」


 やはり、量が多すぎたか。

 私はカタログを受け取ると、ビールの群れを眺めた。うん、私もわからない。

 そこで、リストの最初の方にある発売間もないビールを指定する。まあ、これでいいだろう。


      ◇


 ビールをグラスに注いだ。白みがかかっていて、クリーム色に近い黄金色の液体が満ちていく。凌というクラフトビールだ。

 色はよい。美味しそうだ。


「かんぱーい」


 私たちはグラスをかち合わせ、そのままビールを飲んだ。

 柔らかな炭酸の刺激が心地いい。甘い口当たりだが、爽やかさがあった。フルーティな後味があるからだろうか。


「うふふ、美味しい」


 触手が器用にグラスを掴み、そのまま口の中にビールを流し込んでいる。そして、少し頬を赤らめた様子を見せつつ、イワカルアが呟いた。

 同じように、トゥエンティもビールを飲んでいる。


「これはペールエールかな。フルーティな飲み口が実に滑らかで、まるで白ワインを飲んでいるようだ。それでいて、ホップの香りと味わいもしっかり感じることができる。なかなか、いいね」


 意外に饒舌だった。これはあれだろうか、好きなものの話だと早口になるタイプだろうか。

 まあ、なんにせよ、気に入ってもらえて良かった。


「お料理もできたからね。ゆっくり召し上がれ」


 女将さんが料理の入った器を持ってくる。それは定食のように見えた。ご飯の入ったお皿、お味噌汁、そしてメインの料理の入ったお皿だ。

 それを私、イワカルア、トゥエンティのそれぞれにどれを置くのか選びながら配膳していく。


「私、これ知ってる。なんだっけ、あの日本の~、どこだったかな~」


 知っていると言いつつ、イワカルアは言葉が出てこないようだ。

 助け舟を出すように、トゥエンティが言葉をつなげる。


「これは沖縄の料理だな。ご飯はサルサソースが乗っていて、タコライスというメニューだったかな。それに、このメインの料理はゴーヤチャンプルーだ。野菜の香りが堪らないなあ、すごく美味しそうだ」


 やはり饒舌だった。そして、だいぶ知識が豊富なようだ。

 おっとりとしたイワカルアと、普段は大人しいけど実際には鋭敏なトゥエンティのコンビということだろうか。

 とはいえ、話をしていてはせっかくの料理が冷めてしまう。早く食べ始めることにしよう。


「それもそうね、食べ始ましょう」


 そういうと、イワカルアとトゥエンティは料理に手をつけ始めた。二名ともゴーヤチャンプルーを箸で掴み、口の中に入れる。もごもごと口を動かす。カタツムリもナメクジも咀嚼をするようだ。


「うふふ、美味しい。これ、美味しい」


 詳細はわからないが、イワカルアが喜んでいるのがわかった。


「いや、本当にこれは美味しい。ゴーヤの苦みと青臭さがいいアクセントになって、食欲を湧かせてくれるな。野菜はどれも魅力的な味わいだ。人参は甘くて爽やかだし、キャベツは旨味たっぷり、もやしはシャキシャキしてるのに水気たっぷり。豆腐もいい。私たちに不足しがちなカルシウムを補ってくれる。

 それに何より、この料理は配慮が行き届いている。我々の苦手な塩気は最低限にしていて問題なく食べることができるな。野菜も細かく切ってあるし、汁気も多く、食べやすい。実にいい仕事をしているといえるな」


 トゥエンティは饒舌に感想を言ってくれた。

 私も食べてみる。確かにゴーヤチャンプルーは美味しい。ゴーヤが苦いのが、野菜を食べている実感を湧かせてくれる。味のバランスも良く、私のものは塩気がしっかりしていて、ミネラルたっぷりだ。野菜も食べ応えのある大きさになっている。汁気は少なめだ。

 女将さんは食べる動物を見て、それに合わせて細かく料理の内容を変えている。これは確かに、いい仕事といえた。


 そういえば、カタツムリやナメクジは咀嚼していた。彼らはどう味わっているのだろう。


「えーと、それはね、歯舌で齧ってそれで飲み込むのよ」


 やはり咀嚼しているのか。そして、イワカルアの言葉をトゥエンティが補足する。


「我々の歯舌はヤスリのようになっているんだ。それで食べ物を削って細かくする。それを消化液で分解して、胃の中に流していくことになるな」


 なるほど、無脊椎動物ということで、まったく違う食べ方をするのかと思っていたが、そうではないようだ。意外にも、私たち脊椎動物と近いものがあるらしい。


「あ、これも美味しい。ご飯の上にトマトのソースが乗っているのね」


 イワカルアはタコライスを食べ始める。さっきまでに比べると、その言葉に情報が増えているように思える。


「トマトのソースがサルサソースだな。でも、我々に合わせて味付けは薄くしてくれているようだ。それでもエスニックな香りは十分に堪能できる。ご飯とソースの相性もいいけど、瑞々しいレタスがその間に挟まっているのがいいんだ。やっぱり、水気のあるものがあると食べやすい。ご飯も柔らかく炊いてあるのも、本当、我々のことをわかってくれてると感じるな」


 トゥエンティの解説は助かる。

 私もタコライスを食べる。私のものにはチーズが乗っていた。チーズはいい。野牛とミルクの相性がいいのは当然だが、より濃厚な味わいになったチーズは何よりの御馳走だ。それがトマトソース、レタス、ご飯と合わさり、得も言われぬ味わいになっている。

 タコライス、これは素晴らしい食べ物だ。


「汁物があるのは本当嬉しい。これは何かしら? 藻かな。うん、歯触りがすごくいい。美味しい」


 イワカルアはお味噌汁を飲み始めた。カタツムリもナメクジも水分が失われることが致命的らしい。だから、今回のように水分が多いメニューである必要があるし、汁物も嬉しいのだろう。


「これはアーサ汁だな。磯の香りが素晴らしい風味だ。コリコリした食感が実に楽しい。味噌の香りはするが、塩味は薄くなっているな。これも気が利いている」


 なるほど、海藻だったのか。しかし、私は海藻をあまり食べたことがない。

 そう思い、少し不安に思いながら、味噌汁を見る。入っていたのは小松菜だった。これは嬉しい。

 小松菜は葉の香り高い味わいも、茎の苦み走った歯ごたえも、どちらも素晴らしいものだ。それが味噌味と合わさり、実にほっこりできる美味しさであった。


      ◇


 こんなところで、蝸牛のグルメを締めさせてもらいたい。今回は飛び入りでナメクジのグルメでもあった。

 進化の末に、殻を残したカタツムリと、殻を捨てたナメクジ。そのどちらもグルメに関してはそこまで差異がないようだ。まだまだ近縁種ということだろう。


 以前に紹介した同じ無脊椎動物である真蛸の三津みつさんは肉食寄りの雑食であったが、今回のイワカルアとトゥエンティは完全な草食のようだ。草食と肉食の違いは、進化の源泉で決まるものではないということだ。生物は環境によってその進化の道筋を変え、自分の役割を決定するということだろう。

 その結果、我ら誇り高き野牛一族はセルロースを消化するために四つの胃を駆使し、カタツムリたちは強力な消化液を得たようだ。


 さて、次回は水棲哺乳類、シャチのグルメをお届けしたい。海のギャングとも称される彼らは当然ながら肉食であるが、それでも一風変わった食性もあるらしい。

 その辺りを楽しみにしていただけると嬉しい。


 では、また来週、この時間、この場所でお会いできることに期待する。

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