第十五話 野鶏のグルメ

「おい、遅ぇぞ、エナム! 一体、何秒待たせるってんだ!?」


 待ち合わせ時間にピッタリにやって来た私に、怒声が浴びせられた。

 赤色野鶏せきしょくやけい、すなわち鶏の原型を祖先に持つドゥア=プルフ・ギャラスだ。どうにも彼は短気でいけない。


 赤い鶏冠とさかに白い顔。黄色いくちばし。赤く垂れた肉髯にくぜん。青、茶、橙、紺、黒とカラフルな羽毛が人目を引く。

 だが、怒りっぽいのはいただけない。私が気を付けて、待合時間に合わせたというのに秒数を気にする有様だ。


 おっと、自己紹介しておかないと。私はエナム・バンテン、野牛の仔だ。アニマルアカデミーの要請により、こうして、さまざまな動物たちの予定を調整し、ジェーデンの女将おかみさんとも相談して、食レポを進めている。このレポートを提出するのが仕事だと思ってくれてもいい。


「まあ、そう言うなよ、ドゥア=プルフ。これから美味いものが食べれるんだ。もう少し気持ちを落ち着かせた方がいいぜ」


 ドゥアを落ち着かせようと、私が声をかけると、ドゥアはかえっていきり立った。


「だからだろ! これから美味いもの喰うってのによ、つまんねぇことで苛立たせてるんじゃねぇぞ」


 いかんせん、取り付く島もない。肉食動物にはどうも感覚が合わないものが多いが、ドゥアはとくに酷い。

 これはあれか、にわとりというのは恐竜の中でも最も獰猛なティラノサウルスから進化した動物だから、荒々しいのだろうか。いや、ティラノサウルスを祖先に持つのは人間だったか。楳図かずお氏が提唱した最新の学説だとそのはずだ。


「はいはい、じゃあ、この話は終わりだ。とっとと、ジェーデンの女将さんの食堂に行こう。言い合いしていても、食べるのが遅くなるだけだろ」


 私がそう言うと、ドゥアはまだまだ不平たらたらではあったが、従ってくれた。


「ちぃっ、お前が遅れなきゃこんな気分にならなかったんだぜ。まったく、責任取ってもらいたいもんだぜ」


 やはり、どうも馬が合いそうにない。


      ◇


 カランカランと扉の鐘が鳴った。ジェーデンの女将さんが朗らかに挨拶をしてくれる。


「あらぁ、エナムちゃん、ドゥア=プルフちゃん、いらっしゃい。すぐ準備できるから、席に座って待っててね」


 私はドゥアを促して、席へと移動しようとするが、ここでもドゥアは荒ぶり始めた。


「女将さんよぉ、あんた、俺らが来る時間わかってんだよなあ! だったら、それに合わせて料理作っとくくらいできんだろうが!」


 おい、誰に向かって口を聞いていると思っているんだ。

 私は慌てて、彼の翼から進化した腕を掴むが、時はすでに遅く周囲の空気が変わっていた。張り詰めたような緊張感が辺りに漂う。

 ジェーデンの女将さんの毛が逆立っているのが目視できた。


「あ、あ、あ」


 掴んだ腕から、ドゥアの全身が震えているのがわかった。彼の羽毛も逆立っているが、これは恐怖から来るものだろう。

 このままでは大変なことになる。私はドゥアを引き寄せると、声を上げた。


「すみません、女将さん。俺の教育不足でした。

 ドゥア=プルフ、料理するのは大変なんだ。勝手なこと言ってんじゃない。さあ、すぐに謝るんだ」


 完全に空気に飲まれたドゥアは脅え切っていた。白い顔が真っ青になり、身体は小刻みに震えている。

 そして、掠れるような声で謝罪の言葉を口にした。


「女将さん、ごめんなさい……。僕が勝手でした!」


 その言葉を境に、空気が元に戻った。ジェーデンの女将さんの顔にも和やかな笑顔が浮かんでいる。


「いいのよ、大人しく待っててね」


 いや、少し剣呑なものが少し残っている。この世には逆らうべきでない存在があるものだ。

 私は席につくと、ビールカタログに目を通して、時が過ぎ去るのを待つことにした。


      ◇


 今日のビールは、青い空と海のビールという沖縄のビールだ。やはり、夏は沖縄のビールが合っている気がする。

 これはドイツ風のヴァイツェンだという。

 グラスにビールを注ぐと、ドゥアとグラスを合わせる。


「乾杯」


 どうも、さっきからドゥアは大人しい。あれだけとげとげしかったのが嘘のようだ。完全に、ジェーデンの女将さんに牙を抜かれてしまっている。

 しかし、そんなことは関係なくビールはいいものだ。


 ヴァイツェンらしい独特の香り。ねっとりとした味わい深さがあるが、その苦みの強さによって、さっぱりとした飲み口になっている。このクセが心地いい。ヴァイツェンならではの清涼感がある。


「うーん、ヴァイツェンですか、ちょっと苦くて、飲みづらい……ですね。あ、いや、美味しいは美味しいですけど」


 ドゥアはどうも辛口のようだが、女将さんのことを気にしているのか、毒舌に徹しきれないようだ。

 まあ、それもいいだろう。


「待たせちゃって、ごめんね。はい、どうぞ召し上がれ」


 置かれたのはスープだった。ニンジン、サツマイモ、ほうれん草、ブロッコリーなどの野菜が入っており、細長い米が浮かんでいる。野菜と穀物のスープというべきだろうか。

 一口、口に入れる。芳醇で豊かな味わいが広がる。野菜の出汁が取れているというのもあるようだが、これは鶏がらの旨味のように感じる。バランスの取れたしっかりした味わいであるが、一抹の不安として、女将さんはまだ怒っているのではないかとも邪推してしまった。

 いや、これは実に美味しいスープだ。そのための味付けなのだろう。


「ああ、これは美味しい……ですね。野菜はどれも美味しいけど、特にサツマイモの甘さがいい仕事して……ますよ。それが南アジア産の米と相まって、物凄い美味しさ……になってます。スープの味わいもいい……ですね。旨味たっぷり……です」


 どうやら、ドゥアは気にしていないようだ。だったら、いいか。


「はい、次のお皿もあるからね。それに、ドゥア=プルフちゃんにはこれ。エナムちゃんにはサラダを用意したから」


 そう言ってメインの料理とともにサイドの料理も置いた。

 サイドの料理は私には干し草とアルファルファのサラダだ。ドゥアにはドライフルーツや乾燥した昆虫の盛り合わせのようだ。

 干し草もアルファルファも美味しい。ドレッシングは青じその香りがたっぷりで、食欲を増進してくれる。咀嚼し、飲み込み、反芻する。これこそ食の楽しみの最たるものだろう。


「昆虫が食べれるのはありがたい……です。ミールワームの幼虫は旨味たっぷりで美味しいん……ですよ。ドライフルーツも甘さが凝縮されてていい……ですね。それに石も入ってる。これはありがたい」


 そう言って、次々に昆虫やドライフルーツを次々に丸呑みにしていく。そして、石も丸呑みにした。


「うん? 石を何で食べるんだい?」


 私は疑問を口にした。すると、ドゥアは首をきこきこと動かしながら答える。


「これは砂嚢さのうに入れるん……ですよ。食べたものは胃に入れて、いまいち消化できないものは砂嚢に入れて、噛み砕く。この食べ物が細かく砕けて、混ざり合っていく、この感覚は食事の醍醐味……ですよ」


 砂嚢。いわゆる砂肝というやつか。

 野鶏には歯がなく嘴だけだから、咀嚼ができない。その代わりを石を意識的に入れた砂嚢に入れることで、咀嚼の代わりとしているらしい。

 そういう味わい方もあるのだな。


 そして、メインディッシュだが、これは鶏のグリルだった。丸焼きの鶏がさらに鎮座している。

 これは完全に共食いじゃないのか。私が躊躇しながら眺めていると、ドゥアは一向に気にしないようで、そのまま切り分けて、自分の皿に盛った。


「いやあ、この肉も美味しい……ですね。さっぱりとした旨味が堪らないし、味付けもしっかりしている。オルガノ……でしたっけ? スパイシーで癖のある味わいがいいアクセントになっている。バジルの爽やかな味もいい。これは食が進むというもの……ですね」


 なんか、全然気にしていない。そんなものなのか。

 というか、鶏も雑食なんだな。野菜も果物も穀物も食べるし、昆虫も肉も食べる。


 まあ、いいや。

 私も少し鶏肉を食べることにした。パリパリした食感が楽しく、肉の旨味も十分だ。少量であれば、私も楽しめる味わいだった。


      ◇


 ここで野鶏のグルメを締めるとしよう。

 ドゥアが怒りを買ってしまったせいなのか、もともと野鶏には鶏を好む傾向があるのか、鶏がメインの食卓となってしまった。

 だが、前回と同じく雑食性だったためか、野菜あり、穀物あり、肉ありとバラエティ豊かな内容だった。そんな野鶏のグルメを楽しんでもらえることを期待したい。


 さて、次回はコアラのグルメ……と言いたいところだが、特別な用事がある。アニマルアカデミーの中枢であるシューニャに報告をしなければならないんだ。次回はその様子をレポートすることになるだろう。


 では、来週もこの時間、この場所でお会いできることを願っている。

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