第十五話 野鶏のグルメ
「おい、遅ぇぞ、エナム! 一体、何秒待たせるってんだ!?」
待ち合わせ時間にピッタリにやって来た私に、怒声が浴びせられた。
赤い
だが、怒りっぽいのはいただけない。私が気を付けて、待合時間に合わせたというのに秒数を気にする有様だ。
おっと、自己紹介しておかないと。私はエナム・バンテン、野牛の仔だ。アニマルアカデミーの要請により、こうして、さまざまな動物たちの予定を調整し、ジェーデンの
「まあ、そう言うなよ、ドゥア=プルフ。これから美味いものが食べれるんだ。もう少し気持ちを落ち着かせた方がいいぜ」
ドゥアを落ち着かせようと、私が声をかけると、ドゥアはかえっていきり立った。
「だからだろ! これから美味いもの喰うってのによ、つまんねぇことで苛立たせてるんじゃねぇぞ」
いかんせん、取り付く島もない。肉食動物にはどうも感覚が合わないものが多いが、ドゥアはとくに酷い。
これはあれか、
「はいはい、じゃあ、この話は終わりだ。とっとと、ジェーデンの女将さんの食堂に行こう。言い合いしていても、食べるのが遅くなるだけだろ」
私がそう言うと、ドゥアはまだまだ不平たらたらではあったが、従ってくれた。
「ちぃっ、お前が遅れなきゃこんな気分にならなかったんだぜ。まったく、責任取ってもらいたいもんだぜ」
やはり、どうも馬が合いそうにない。
◇
カランカランと扉の鐘が鳴った。ジェーデンの女将さんが朗らかに挨拶をしてくれる。
「あらぁ、エナムちゃん、ドゥア=プルフちゃん、いらっしゃい。すぐ準備できるから、席に座って待っててね」
私はドゥアを促して、席へと移動しようとするが、ここでもドゥアは荒ぶり始めた。
「女将さんよぉ、あんた、俺らが来る時間わかってんだよなあ! だったら、それに合わせて料理作っとくくらいできんだろうが!」
おい、誰に向かって口を聞いていると思っているんだ。
私は慌てて、彼の翼から進化した腕を掴むが、時はすでに遅く周囲の空気が変わっていた。張り詰めたような緊張感が辺りに漂う。
ジェーデンの女将さんの毛が逆立っているのが目視できた。
「あ、あ、あ」
掴んだ腕から、ドゥアの全身が震えているのがわかった。彼の羽毛も逆立っているが、これは恐怖から来るものだろう。
このままでは大変なことになる。私はドゥアを引き寄せると、声を上げた。
「すみません、女将さん。俺の教育不足でした。
ドゥア=プルフ、料理するのは大変なんだ。勝手なこと言ってんじゃない。さあ、すぐに謝るんだ」
完全に空気に飲まれたドゥアは脅え切っていた。白い顔が真っ青になり、身体は小刻みに震えている。
そして、掠れるような声で謝罪の言葉を口にした。
「女将さん、ごめんなさい……。僕が勝手でした!」
その言葉を境に、空気が元に戻った。ジェーデンの女将さんの顔にも和やかな笑顔が浮かんでいる。
「いいのよ、大人しく待っててね」
いや、少し剣呑なものが少し残っている。この世には逆らうべきでない存在があるものだ。
私は席につくと、ビールカタログに目を通して、時が過ぎ去るのを待つことにした。
◇
今日のビールは、青い空と海のビールという沖縄のビールだ。やはり、夏は沖縄のビールが合っている気がする。
これはドイツ風のヴァイツェンだという。
グラスにビールを注ぐと、ドゥアとグラスを合わせる。
「乾杯」
どうも、さっきからドゥアは大人しい。あれだけとげとげしかったのが嘘のようだ。完全に、ジェーデンの女将さんに牙を抜かれてしまっている。
しかし、そんなことは関係なくビールはいいものだ。
ヴァイツェンらしい独特の香り。ねっとりとした味わい深さがあるが、その苦みの強さによって、さっぱりとした飲み口になっている。このクセが心地いい。ヴァイツェンならではの清涼感がある。
「うーん、ヴァイツェンですか、ちょっと苦くて、飲みづらい……ですね。あ、いや、美味しいは美味しいですけど」
ドゥアはどうも辛口のようだが、女将さんのことを気にしているのか、毒舌に徹しきれないようだ。
まあ、それもいいだろう。
「待たせちゃって、ごめんね。はい、どうぞ召し上がれ」
置かれたのはスープだった。ニンジン、サツマイモ、ほうれん草、ブロッコリーなどの野菜が入っており、細長い米が浮かんでいる。野菜と穀物のスープというべきだろうか。
一口、口に入れる。芳醇で豊かな味わいが広がる。野菜の出汁が取れているというのもあるようだが、これは鶏がらの旨味のように感じる。バランスの取れたしっかりした味わいであるが、一抹の不安として、女将さんはまだ怒っているのではないかとも邪推してしまった。
いや、これは実に美味しいスープだ。そのための味付けなのだろう。
「ああ、これは美味しい……ですね。野菜はどれも美味しいけど、特にサツマイモの甘さがいい仕事して……ますよ。それが南アジア産の米と相まって、物凄い美味しさ……になってます。スープの味わいもいい……ですね。旨味たっぷり……です」
どうやら、ドゥアは気にしていないようだ。だったら、いいか。
「はい、次のお皿もあるからね。それに、ドゥア=プルフちゃんにはこれ。エナムちゃんにはサラダを用意したから」
そう言ってメインの料理とともにサイドの料理も置いた。
サイドの料理は私には干し草とアルファルファのサラダだ。ドゥアにはドライフルーツや乾燥した昆虫の盛り合わせのようだ。
干し草もアルファルファも美味しい。ドレッシングは青じその香りがたっぷりで、食欲を増進してくれる。咀嚼し、飲み込み、反芻する。これこそ食の楽しみの最たるものだろう。
「昆虫が食べれるのはありがたい……です。ミールワームの幼虫は旨味たっぷりで美味しいん……ですよ。ドライフルーツも甘さが凝縮されてていい……ですね。それに石も入ってる。これはありがたい」
そう言って、次々に昆虫やドライフルーツを次々に丸呑みにしていく。そして、石も丸呑みにした。
「うん? 石を何で食べるんだい?」
私は疑問を口にした。すると、ドゥアは首をきこきこと動かしながら答える。
「これは
砂嚢。いわゆる砂肝というやつか。
野鶏には歯がなく嘴だけだから、咀嚼ができない。その代わりを石を意識的に入れた砂嚢に入れることで、咀嚼の代わりとしているらしい。
そういう味わい方もあるのだな。
そして、メインディッシュだが、これは鶏のグリルだった。丸焼きの鶏がさらに鎮座している。
これは完全に共食いじゃないのか。私が躊躇しながら眺めていると、ドゥアは一向に気にしないようで、そのまま切り分けて、自分の皿に盛った。
「いやあ、この肉も美味しい……ですね。さっぱりとした旨味が堪らないし、味付けもしっかりしている。オルガノ……でしたっけ? スパイシーで癖のある味わいがいいアクセントになっている。バジルの爽やかな味もいい。これは食が進むというもの……ですね」
なんか、全然気にしていない。そんなものなのか。
というか、鶏も雑食なんだな。野菜も果物も穀物も食べるし、昆虫も肉も食べる。
まあ、いいや。
私も少し鶏肉を食べることにした。パリパリした食感が楽しく、肉の旨味も十分だ。少量であれば、私も楽しめる味わいだった。
◇
ここで野鶏のグルメを締めるとしよう。
ドゥアが怒りを買ってしまったせいなのか、もともと野鶏には鶏を好む傾向があるのか、鶏がメインの食卓となってしまった。
だが、前回と同じく雑食性だったためか、野菜あり、穀物あり、肉ありとバラエティ豊かな内容だった。そんな野鶏のグルメを楽しんでもらえることを期待したい。
さて、次回はコアラのグルメ……と言いたいところだが、特別な用事がある。アニマルアカデミーの中枢であるシューニャに報告をしなければならないんだ。次回はその様子をレポートすることになるだろう。
では、来週もこの時間、この場所でお会いできることを願っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます