第十四話 仔豚のグルメ

「エナムくん、久しぶりっ」


 待ち合わせの公園に辿り着くと、声がかかった。

 それは、白い肌にずんぐりとした体形、垂れた耳と突き出た鼻が特徴といえば特徴だろうか。その見た目に反して高い声をしている。

 彼女は豚の仔、スー・ジューだ。


 そういう私はエナム・バンテン。野牛の仔だ。ここアニマルアカデミーで動物たちの食レポをまとめている。


「ねえ、ずんぐりってどういうこと? なんか、イメージで話してないかなっ。私はちゃんと意識して運動してるし、体脂肪率だって10%台に抑えてるんだけど。

 なんかさあ、人間の持つ豚のイメージだけで話すのやめてくれないかな」


 確かに、スーの肉体は意外と筋肉質かもしれない。先入観で物を見ていたということだろうか。そのことはかえりみないとならないかもしれない。


「まあ、反省したならいいけどねっ。

 それよりさ、三津みつさんがエナムくんに宿題出したんだって?」


 話が唐突に変わった。三津さんの宿題といえば、アニマルアカデミーで改造進化させられている動物は絶滅危惧種ばかりだという話だっけ。なぜ、そうなのか。それを考える必要があるのだ。

 それに、例外もあった。キングコブラのティガベラだ。彼女の種族は絶滅の危惧レベルはそれほど高くなかったらしい。


「それを言ったらさ、私なんか豚よ。家畜の。人類に完全に管理されてたってわけ。これって絶滅から程遠い存在じゃない?」


 確かにそうだ。家畜が絶滅危惧種になんて、そうそうならないだろう。

 これは考え方が逆なんだろうか。絶滅危惧種がアニマルアカデミーに集められたのではなく、アニマルアカデミーに集まった動物に絶滅危惧種が多くなる何らかの要因があった。それは、どういう事体ならありえるんだろうか……。


「ああっ、エナムくん、考え込んでる! ダメよ、そんなの。考え込むことは考えることから程遠いことよ。もっとリラックスしてなきゃ、いい考えなんて浮かばないんだからっ。

 もう、早いとこ、ジェーデンの女将おかみさんの食堂に行きましょ。こういう時は美味しいものを食べるのが一番っ」


 私はスーに促されるまま、ジェーデンの女将さんの食堂に向かっていった。


      ◇


 カランカラン


 扉の鐘が鳴った。それと同時に、ジェーデンの女将さんが振り返る。彼女の朗らかな笑顔が目に入った。


「あらぁ、スーちゃん、珍しい。それにエナムちゃん。二人が一緒なの、なんだか嬉しいね。いらっしゃい」


 スーは食い意地の張っているタイプだと思っていたけど、意外にこの食堂には来ないのだろうか。もっとも、本来はそんなに気安く来れるところではないのだけど。


「もう、エナムくん、またイメージで話してるでしょ」


 いや、食い意地が張っているのはイメージの話だけではないだろう。スーの食べる姿は何度となく見たことがあった。


「ぐぅっ、まあ、確かに食べるのは好きかもしれないけどっ」


 そう言ってスーは言葉に詰まった。

 すると、ジェーデンの女将さんが彼女に助け舟を出してくる。


「そんなにイジメちゃダメよ。スーちゃんはお姉さんなんだから。それに食欲旺盛なのはいいことだわ」


 女将さんがそう言うと、首後ろのヒレが少し揺れた。そう言えば、陸上動物だとばかり思っていたけれど、ヒレもあるんだな。一体、何の動物なんだろうか。


「まあ、いいか。そんなことより、ビールを選ぼう」


 そう呟いて、ビールのカタログを手にする。すると、スーの目が輝きだした。


「ねね、ここって、エナムくんの驕りだよね! ビールも!?」


 どうも、何かを勘違いしている。確かに、スーに払わせるつもりはない。けれど、それはアニマルアカデミーの経費から支払われるからだ。当然、ビールも経費から出る。


「うわぁ、いいなあ。エナムくん、それって役得じゃない。どうして私にこの役目が来なかったかなあ」


 スーの態度を見ていると、少なくとも彼女の役目にならなかった理由は察せられた。


      ◇


「かんぱーい!」


 私とスーは目の前の缶ビールを開ける。そして缶を合わせると、一息に飲んだ。


 今日のビールは食彩という新商品のやつで、缶を開けると、ビールが泡立つというタイプのものである。少し前にも似た商品はあったが、今回のものは泡立ちが以前よりも少ないので、慌てて飲む必要がなかった。

 だが、肝心なのは味だ。麦の味わいが強い。つまり苦みが強い。だが、それが心地よかった。辛口というやつだろう。なんだか、癖になる味わいがあった。


「うん、美味しい。やっぱり、他人に払ってもらって飲むビールが一番美味しいよねっ」


 スーはあまり同意しかねることを言う。一応、これも記録されているんだけどな。


「あー、もうっ。そういうことは先に言ってよね。あ、今のはオフレコです。書いたら、その社は終わりだから。よろしくね」


 そんなことを言っても無駄だ。

 そうこうやっているうちに、女将さんが料理を運んできた。


「うふふっ、やっぱりスーちゃんとエナムちゃんは仲良しよね。さあ、料理を召し上がれ。どんどん持ってくるからね」


 まず置かれたのはサラダだ。新鮮な野菜は、もうそれだけで美味しい。

 レタス、トマト、キュウリ、ニンジン。どれもが瑞々しく、しっかりした旨味を持っていた。それにハーブのたっぷり入ったドレッシングがかかっており、否が応でも食が進む。


「ぶひひ、これ美味しいっ。レタスはシャキシャキだし、トマトは美味しさの塊だし、キュウリとニンジンは歯ごたえが堪らない。それにこのドレッシング。パセリかな、タイムかな。アクセントが効いててすっごい美味しいよっ」


 スーも思わず鼻を鳴らしていまうほど、舌鼓を打っている。


 さらに皿が置かれる。今度はクリームシチューだ。ジャガイモとニンジン、ブロッコリー、それにキノコがたっぷりと入っている。

 まろやかな味わいと野菜の組み合わせは抜群だった。とろけるような舌触りとともに、口の中で野菜が溶けていくのを感じる。それにキノコも大好物だ。味付けには鶏肉も使われているのだろうか。旨味が増しているし、このくらいの肉なら十分に美味しく味わえる。


「ぶひひぃぃーん、キノコ大好き! マイタケもシメジもシイタケも美味しいし、何よりお肉! この美味しさに敵うものなんてないよねっ。それがクリームシチューによって味わいがまとめられていて、一体感を持ってる。こんな幸せな食べ物なんてないよ」


 どうやらスーのシチューには鶏肉もごろりと入っているらしい。

 そうだった。豚は草食動物ではないのだ。肉も平気で食べる雑食動物だった。食性としては人間に近いだろうか。

 それに、豚といえばキノコというほど体質に合っているものらしい。昔はトリュフを探すのに豚を利用していたりしたんだっけ。


「まだまだ、料理あるからね。スーちゃん久しぶりだから、腕によりをかけたのよ」


 そう言うと、ジェーデンの女将さんが皿を置いた。

 これはマッシュルームの丸焼きだろうか。いや、違う、キノコの中に何かが詰められている。これはスタッフドマッシュルームだ。

 キノコの中に具材やチーズを混ぜ込んだカナダ料理だっただろうか。


「うーん、これも堪らない! キノコの中にベーコンや玉ねぎ、それにクリームチーズ。この一体感は何なのかしら? キノコも美味しいし、ベーコンの旨味も最高。それがチーズでまとまってる! ぶひーん、こんな幸せな食べ物があったのねっ」


 なんだか、幸せがいくつもあるようにも思うが、スーが幸せならそれでいいか。

 私のスタッフドマッシュルームにはベーコンはなく、代わりにトウモロコシが入っている。キノコと玉ねぎ、それにトウモロコシ。どれもクリームチーズと相性抜群の組み合わせだった。これもジェーデンの女将さんの工夫と手間を感じさせる絶品だ。


「デザートもあるのよ。しっかり食べてね」


 ジェーデンの女将さんが最後の皿を持ってきた。

 どうやらパンケーキのようだ。はちみつとフルーツがトッピングされている。


「オートミールでパンケーキを焼いたの。ヘルシーだし美味しいのよ」


 女将さんの心遣いが嬉しい。

 オートミールで作られたパンケーキはオートミールの香りと苦みがアクセントになっているが、それだけではない。バナナが練り込んであるようで、爽やかでまろやかな甘みがあり、シナモンの香りがその甘さを引き立てている。実に美味しいパンケーキだった。


「それだけじゃないんじゃない。はちみつのコクのある甘さも堪らないよっ。それにラズベリーの甘酸っぱさとフレッシュさ。ジューシーで甘みのあるマンゴー。キウイのさっぱりとした甘さの中にある確かな酸味。どれもパンケーキの柔らかな美味しさとしっかり合っているんだからっ。ぶひっぶひっ」


 スーはしっかり最後まで女将さんの料理を楽しんだらしい。

 やはり、仔豚のグルメは食い意地が張っているようだ。でも、ジェーデンの女将さんも言ったとおり、それは良いことなのだろう。食べることは健康につながるものであるし、幸せにもつながっていく。


      ◇


 ここで今回の仔豚のグルメは締めさせてもらおう。楽しめる内容になっていたら、嬉しい。


 雑食という生き方はどんなものも楽しめる。それは理想的な生き方なのだろうか。

 とはいえ、草食ほど野菜を楽しんでいるようには思えないし、肉食ほどに肉も味わえないのだろう。やはり、中途半端な存在でもあるのかもしれない。

 これを読む人間たちはどう思うだろうか。


 さて、次回は家畜つながりということなのだろう。にわとりのグルメということらしい。

 すでに飛ぶことをやめた鶏はどんなグルメを楽しんでいるのか。期待してもらえることを願っている。


 ではまた、来週のこの時間、この場所でお会いしよう。

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