第十三話 パンダのグルメ

 配信人の都合により一週間ほど、この話の発信が遅れてしまったようだ。謹んでお詫びを申し上げる。


 バキッボキッコリッコリッ


 何やら軽快な音が響いていた。パンダのドリナク・チューニーだ。大柄な体に、白と黒で構成された体模様。まさしくパンダの仔というべき容貌である。

 彼が竹を噛み砕き、そのままモシャモシャと口の中に入れていた。竹を食べているのだ。豪快な食べ方だが、肉食から草食へ変貌しつつある生物ならではといえるかもしれない。


 そういう私は何ものか。自己紹介しておこう。

 私の名前はエナム・バンテン。ジャワ島を起源に持つ野牛の仔だ。

 ここアニマルアカデミーにおいて、さまざまな動物たちの食レポを提供させてもらっている。


 今回は彼、パンダのチューニーの出番ではあるのだが、すでにグルメの真っ最中というのはどうなんだろうな。


「んん? ああ、エナムくんか。いや、なに、これは口寂しい時の慰みというかね、おやつみたいなものさ。これでこの後の食事が入らないなんてことはないから、気にしないでくれ」


 そんなものなのだろうか。おやつというにはワイルドな食べ方ではあったが。


「そんなもんさ。そんなことよりも、ジェーデンの女将おかみさんが何を出してくるのかの方が気になるよ。早速でなんだが、そろそろ向かわないかね」


 そう言いつつも、相変わらずバキッボキッと派手な音を鳴らしつつ、竹を噛み砕いていた。


      ◇


 カラカラと音を鳴らし、ジェーデンの女将さんの食堂へと入っていく。すると、女将さんが朗らかな笑顔を向けてきた。


「あらぁ、エナムちゃん、チュニちゃん、いらっしゃい。ふふ、もう料理の準備もできているのよ。楽しみに待っていてね」


 私たちは女将さんに促されるままに、席についた。さすがに、食堂に来てからはチューニーもさすがに笹は食べていない。


「いやぁ、でもねぇ、何も食べてないって、なんか不安になるんだよなあ」


 そんなことをぼやいている。確かに、草食動物の中には四六時中食事をしているような生物も少なくない。思うに、草食への進化が不十分なので、量を食べることで栄養の不足を補っているのだろう。

 パンダもまた草食動物としては進化は不十分な動物だ。セルロースを上手く消化できない分、大量に食べることでどうにか栄養を得ようとしているのだろう。


「まだ、アニマルアカデミーでの生活に慣れていないのか? 栄養の不足は食生活でどうにかしてくれているだろう」


 私は窘めるように、チューニーに言った。

 確かに、野性化におけるパンダは常に食べていなくてはいけないだろう。だが、それはアニマルアカデミーでの生活においては、また別のことだ。笹なんかよりも栄養価が高く、吸収しやすい食材がいくらでも手に入るのだ。


「そうは言うがねぇ、野性を失うようで、なんか嫌なんだよな。アカデミー仕様の食生活に合わせるっていうのは」


 何かに抵抗するようなチューニーの物言いに私は呆れて肩をすくめる。そんなことを言いつつ、女将さんの料理は楽しみにしているのだ。彼の抵抗なんてものは限定的なものに過ぎない。


「ふふ、チュニちゃんがそんなこと言ってられないようなお料理を出すからねっ」


 女将さんの声が響いた。そして、甘い匂いが周囲に広がっていく。こうなると、私たちは夢中で彼女の料理を食べるだけになってしまう。


      ◇


 ゴトン


 意外なことに、女将さんが運んできたのは料理ではなかった。それは鉄板だった。鉄板に丁寧に油を敷くと、今度は料理を持ってきた。

 どんぶりの中に入ったそれは、野菜と小麦粉の溶けた生地が混じり合ったものだ。野菜は、笹だろうか。


 生地に生卵を加えて軽くかき混ぜると、その生地が鉄板に落とされる。ジュワッという音が、もうそれだけで食欲をそそるものだ。それが香ばしく焼けていく様子を眺める。

 私もチューニーもその姿に目が釘付けとなった。


 さらに豚バラ肉を鉄板で手早く焼くと、生地の一つに乗せると、さらに生地が足されていく。

 そして、時間が経つ。ようやく女将さんが生地をひっくり返した。こんがりと焼けた焼け目が私たちの食欲をさらに掻き立てられる。

 そこに甘い香りのするタレが塗られ、その上に青のりとかつお節が躍った。


「はい、どうぞ。お好みでマヨネーズをかけてもいいからね」


 女将さんがお皿に取り分けてくれた。

 実にいい匂いだ。私は思わず齧りついた。甘い味わいが広がる。さらにその奥には笹の香りがかつお節や青海苔と混ざり合い、何とも言えない深い味わいを形成していた。

 笹というのは初めて食べたが、香りが素晴らしく、噛み応えも抜群。これは食べ応えがありそうだ。


「いやいや、これは美味しいぞ! 小麦と卵、それに長芋かな。それが混ざり合った生地がいいし、その美味しさを笹の葉が支えているね。それに甘い味わいが食欲をそそるけど、アクセントに紅生姜が入っているのも見逃せないぞ。そして、……これは!」


 チューニーの目が見開き、そして恍惚とした表情を浮かべる。


「お肉、美味しい~っ!」


 それは実に幸せな表情だった。なんということだ、草食になりかけているとはいえ、所詮は食肉目の生物。肉には目がないというわけか。

 私は笹の葉を反芻させ、その複雑な旨味に舌鼓を打ちながらも、この結末には萎えたものを感じていた。


「早々、生物は進化なんてできないわけね」


      ◇


 さて、今回のパンダのグルメはここまでとしよう。

 草食へと進化しつつあるパンダではあるが、結局は肉食動物としての身体の作りからは逃れられないようだ。味の好みは笹の葉に合わせているようだし、春先にはたけのこも好むらしい。だが、肉食が最も体に適しているのが事実らしい。

 草食への進化というのはそう簡単にはいかないようだ。


 次回のことだが、豚に来てもらおうと思う。三大家畜の一頭ともされているが、それ以上に雑食性の高い草食動物だ。その食性にも興味が湧くところではないだろうか。

 それでは、来週こそ、この時間、この場所でお会いできることを願っている。また、懲りずに来てくれると嬉しい。


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