第十二話 王蛇のグルメ

「蝙蝠の次が蛇ってさ、ちょっと問題だと思うんだよね。どっちも、人間にとっては害獣とされてる動物じゃない。それが連続するってさ」


 ティガベラ・ウラエナンに向かって、私は思わずぼやいてしまった。

 彼女は今回の食レポの対象者である。黄金を思わせる色鮮やかな鱗を全身に持ち、頭から胴体に幅広になっているのが特徴的だ。ティガベラはキングコブラの仔だった。

 本来は退化してなくなったはずの前足が改造進化されており、人間の手足のように伸びていた。逆に後ろ足は退化したままで、尻尾をうねうねと動かし、歩行の代わりになっている。


 例によって、自己紹介しておこう。私はエナム・バンテン。野牛の仔だ。アニマルアカデミーで動物たちの食レポの収集をしている。


「いやいや、害獣って失礼じゃないッスか。自分たち、インドネシアでは神聖な動物にされてたッスよ」


 ティガベラは慌てたノリで突っ込んだ。

 彼女は同じインドネシア出身の動物ということもあり、同じ爬虫類であるコモドドラゴンのセムビランとは妹分のような関係だった。自然、私とも関係が気安く、互いに軽口を言い合うことがある。


「悪い悪い。でもさ、この食レポは人間を対象にしてるみたいだし、人間に好ましい動物を出した方がいいとは思ってるんだよ。蛇っていうと確かにあれだけど、キングコブラならファンもいるとは思うけど」


 とりあえず、フォローしておくことにする。

 すると、ティガベラは「エヘヘ―」と照れたような笑みを浮かべた。


「そうッスよね。自分ら人気者ッスよね」


 正直、そこまでとは思わないが、ここでは肯定を込めて頷いておく。


「なんか、適当な相槌じゃないッスか? いいですよー、見てくれる人はいるはずッスから」


 なぜか少しスネてしまった。私は話を変えることにする。


「前にさ、三津みつさんがアニマルアカデミーにいるのは絶滅を危惧された動物ばかりって言ってたんだ。でも、絶滅動物の保護が目的じゃないって。それがなぜだかわからなくてさ」


 私が考え込んだ様子を見せると、ティガベラが不思議そうに言った。


「そうなんスか? でも、自分らキングコブラって絶滅しそうというほどではないような。神聖視されてたおかげで、もともと保護されてたッスからね。減少はしてたんで、危急種ではあったでしょうけど」


 少なくとも、絶滅を危惧するレベルとしては低いということか。私は彼女の言葉に謎の糸口を見出したように感じた。


「例外があるということは、そこから別の意図を見出せないだろうか」


 なおも考えようとする私を、ティガベラがせっつく。


「エナムさん、そんなことよりジェーデンの女将おかみさんの食堂に早くいきましょうッス。自分、朝から何にも食べていないんで、お腹ペコペコッス」


 私の思考は中断され、食欲が割り込んできた。

 そうだな、考えるのはお腹いっぱいになってからでいいだろう。

 私たちは食堂に向かって歩き始めた。


      ◇


 カランカランと音を鳴らせて、扉を開く。その瞬間に、女将さんの朗らかな笑顔が飛び込んできた。


「あらぁ、エナムちゃん、ティガベラちゃん、いらっしゃい。三人は多かったけど、二人で来るのは初めてじゃない? お料理の準備、できてるからね」


 厨房からは、甘いような、香ばしいような、実にいい香りが漂っていた。今日の料理も期待できそうだ。


「めちゃくちゃ期待ッスよ。ほんと、この匂い、美味しそうッス!」


 この香りはなんだろうか。和食のように思えるが、こんなに濃い香りの和食というと……。


「いや、あまり予想しすぎても楽しみが減ってしまうか。今はただ料理が来るのをまとう」


 私がそう言うと、ティガベラも「はいッス」と同意する。

 この時間を利用して、ビールを選ぶことにしよう。私はカタログを広げ、ビールのリストを眺めようとした。すると、いきなりティガベラから声がかかる。


「これでいいんじゃないッスか? 新発売のやつ。トリプル生って」


 そう言って、カタログの最初のページを指差す。

 確かに飲んだことのないビールだ。そんなものが美味しいのかはわからないが、物は試しだ。頼んでみることにする。


      ◇


「はい、お待ちどおさま!」


 そういうと、私とティガベラの前に重箱とお椀を置いた。この中に何が入っているのか、ワクワクする。

 とはいえ、それは先の楽しみにして、まずはビールをグラスに注ぎ、ティガベラとともに乾杯する。そして一息にビールを飲んだ。


「あ、結構美味しい。切れのある飲み口がいいし、味わいも濃厚で、それでいてすっきりとした喉越し。これはぐびぐび飲める」


 私は素直な感想を漏らした。

 ティガベラも一息でビールを飲み干している。


「美味いッス。自然に飲み干してしまったッス」


 彼女の感想はシンプルだった。

 よし、それではいよいよ料理を食べ進めようじゃないか。


 パカッ


 重箱の蓋を開けると、甘く、濃厚な香りが一面に漂った。これは鰻重のようだ。いや、どうやら単なる鰻の蒲焼きではなさそうに見える。

 蒲焼きを一切れを箸でつまむと、そのまま口に入れる。


「これは茄子か」


 口いっぱいに甘さと香ばしさが広がっていた。その濃厚な味わいの中に、とろりとした茄子の口触り、芳醇で澄み切った美味しさが新鮮に伝わってくる。

 これは美味しい。そして優しい味だ。鰻の代わりに茄子を蒲焼きにするとは、草食動物である私に配慮した素晴らしい料理だといえるだろう。

 そして、味付けがしっかりしているから、ご飯とも合う。私はすかさずご飯も口にし、その複合的な味わいを堪能した。


「これは美味しいッス。幸せッス!」


 ふと、ティガベラを見ると、夢中で鰻のかば焼きを頬張っている。やはり、肉食動物だ。そのまま丸呑みにしている。

 ただ疑問があった。彼女の食べているのは鰻の蒲焼なのだろうか。


「ああ、これはハブみたいッス。癖のない旨味の強いお肉が香ばしく焼き上げられていて堪らないッスよ。これに甘辛いタレがよく合って、ご飯が進むッス。ご飯ってあんまり食べないんで、女将さん少なめにしてくれてるみたいで、量がちょうどいいんスよ」


 え? ハブって蛇だよな。蛇が蛇を食べるというのか。


「あれ、知らなかったッスか? キングコブラは蛇を食べる蛇として知られてるんスよ。だからこその王蛇キングコブラッス。

 蛇は大好物ッス。女将さんはそれがわかっていてハブを蒲焼きにしてくたんスねえ。優しい人ッス」


 うーん、それは共食いにならないのだろうか。ライオンが猫を食べるようなものだろう。


「前に映画で観たッスけど、人間も猿の脳味噌食べたりするみたいッスよ。似たようなものじゃないッスか」


 そんなものだろうか。でも、本人がそれでいいのなら、わざわざ口を挟むことではないのだろう。

 お椀に注がれた肝吸いを飲みながら、私は自分を納得させることにした。


      ◇


 え? 肝吸いの食レポはないのかって? 時間の都合で省略してしまったんだ。

 お吸い物も美味しいよな。優しい塩加減というべきか、食事の合間に飲むことで、ほっこりと落ち着いた時間を演出してくれる。女将さんのお吸い物も美味しいよ。鰻の肝はコリコリして美味しいし、ビタミンも豊富だから、少しだったら私でも食べられる。


 さて、こんなところで、大蛇のグルメは締めさせてもらおう。

 害獣ばかりが続いてしまった。しかも、人間たちの中で私の食レポを認めてくれる人がいて、少しは注目が集まっているタイミングだというのにだよ。動物の選択をしている者はどうかしている。


 けれど、次回は私の懇願が通じたのか、人気の動物に登場してもらうことになった。次回はパンダのグルメだ。

 動物界で最も新しい草食動物なんじゃないだろうか。肉食から草食へ進化するその謎を解き明かさせてもらいたい。


 それでは、来週のこの時間、この場所でまたお会いできることを願っている。

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