第九話 鳶のグルメ

「エナムくん、君はいいよな。もともと、地を這う生き物なんだからさあ」


 ダウナーな声が響いた。気持ちが沈んでいるのがわかる。けれど、これが彼が平常運転だと聞いていた。

 彼の名は、イレヴン・ミルヴァス。とんびの仔だ。今回は彼の取材をすることになっている。

 赤みのがかった茶色い羽毛に覆われ、目は輝き、流線形のフォルムをしている。顔の先端にはくちばしが鋭く伸びていた。


 おっと、いつも忘れそうになる。名乗っておこう。

 そういう私は野牛の仔、エナム・バンテンだ。ここ、アニマルアカデミーで動物たちの食レポを集める任務を受けていた。さまざまな動物の食性や食事の楽しみをレポートし、彼らがどんなグルメの指向を持っているかの研究に貢献している。


「僕なんてさあ、鳶だよ。鳥だよ。大空の覇者なんだ。

 それがだよ、こんな腕! 足! 身体! こんなんじゃ飛べるわけないじゃないか」


 そう言って、イレヴンは腕を広げた。そう、腕だ。翼じゃない。羽毛で覆われたその腕は翼が退化して、広がるほどのものじゃなくなっている。代わりに指先は進化して、物を掴めるものになっていた。

 続いて、足を上げる。あしゆびが太くしっかりとしたものへと進化しており、地面を歩くのに十分なものとなっていた。

 確かに、これでは空を飛ぶことはできないだろう。


「でも、まあ、根本的にはみんな一緒か。所詮はアニマルアカデミーに囲われた実験動物よ、どぅふふふふ」


 イレヴンの笑い方は気持ち悪い。


「あんまり、そういうことは言うなよ。それより、いいこともあるだろう。例えば、これからジェーデンの女将おかみさんの食堂でご馳走が食べられる、とかさ」


 私がそう言うと、少しだけ、ほんの少しだけだったが、イレヴンの表情が和らいだように見えた。鳥類の表情というのはわかりにくいものだ。


      ◇


 食堂の扉を開けると、カランカランと鐘の音が響く。私とイレヴンは連れ立って、店内へと入った。気分が沈んだままなのか、イレヴンの足取りは重いままだ。


「あらぁ、エナムちゃん、イレヴンちゃん、いらっしゃい。うふふっ、用意できれいるのよ。さあさあ、入って入って」


 女将さんの朗らかに出迎えてくれる。相変わらず気分のいい笑顔だ。丸っこい耳と丸っこい鼻が愛らしい。

 イレヴンもこれには気分がよくなったのか、少し歩みが軽くなり、席へと速やかに進んでいった。


「女将さん、もう料理はできているということですか? あれ、この香りは……」


 香ばしい匂いが漂っていた。ということは。


「うふふっ、今日は揚げ物にしたのよ。楽しみにしててね」


 やはり、油の匂いだったのだ。これは、いやが応にも期待が高まる。

 油ものというのは、どうあがいても美味い。動物は活動するためにエネルギーを必要とするが、油はエネルギーの塊だからだ。本能が求める味わいなのだろう。


「どぅふふふ。揚げたての揚げ物なんて久しぶり。いや、初めてかも。どんな味なんだろ」


 相変わらず笑い方が気持ち悪いが、気分が上がってきたなら何よりだ。

 嫌なことを考えるよりも、楽しいことを考える方がいいだろう。食事というのは動物の誰もが楽しみにするものだ。何よりも、ジェーデンの女将さんの料理はみんなを幸せにする料理だ。


「そうそう、今日は何のビールにしようかな」


 食堂のビール目録を手に取った。すると、イレヴンから声がかかる。


「おいおい、ビールを飲むのかい。アルコールはやめようぜ。この後、飛べなくなる」


 元々飛べないだろ。という突っ込みは野暮なのだろうな。

 後ろ向きなことを言いながらも、どこかで希望を持っているのだろう。

 私はそれに合わせて、ノンアルコールビールを飲むことにした


      ◇


 今日のビールはクラウステイラーというドイツのフリービールだ。アルコールのないビールというのはあまり飲まない。前に飲んだフリービールはどぶのような臭いがして、あまり美味しくはなかった。果たして、今回のものは美味しいのだろうか。


「乾杯!」


 ともに、なみなみとジョッキにフリービールを注ぎ、ジョッキをかち合わせると、一息に飲んだ。

 ごくごく。甘みが強い。次いで炭酸の刺激が来る。麦の確かな旨味も感じた。

 うん、美味しい。意外にも美味しいぞ。フリービールとやらも侮れないということだろうか。


「うふふ、料理もあるから、たくさん食べてね」


 そう言って、ジェーデンの女将さんが大皿を運んできた。その上には、鶏のから揚げやコロッケが乗っている。

 香ばしい匂いが食欲を誘う。


「これは美味しそうだ」


 そう言って、イレヴンが唐揚げやコロッケを摘まみ、自分の小皿に取り分けていく。私もジャガイモのコロッケを選んで小皿に取った。

 そして、嘴に唐揚げを運んでいく。シャクシャクと嘴を動かし、口内で切り裂くと、飲み込んだ。


「うん、美味い! 鶏肉の旨味が嘴いっぱいに広がっていくようだよ。鶏肉の美味しさってあるよね。それが衣のパリパリとした嘴触りのよさ、味付けと相まって、旨さが増幅されているんだ。ごろごろと喉を伝わる感触もいいよ。熱さもちょうどいい。程よく冷めてて食べやすいなあ。これは女将さんの心遣いを感じるよ」


 急に早口になった。それだけ感動しているのだろう。

 けれど、私にはある疑問が浮かんでいた。


「でもさ、それ共食いにならないの? 共食いって健康に悪いんだろ? 大丈夫かな」


 それを聞くと、イレヴンは呆れたような目を向けてくる。


「あのさあ、哺乳類っていつもそう言うよねえ。鳥類なんて広いカテゴリで、鶏と鳶は別に近いグループじゃないんだ。別に食べたって何ともないよ。ライオンがバイソンを捕食したり、人間が豚を食べたりと変わらないんだ。

 確かに、鳥類は飛ぶことに特化している生き物が多いから、姿が似てるかもしれない。でも、全然違う種族なんだよ」


 そんなものなのか。

 確かに生物のカテゴリとして、哺乳類、鳥類というグループは大きいものかもしれない。見た目のイメージに引っ張られ過ぎたのかもしれないな。


 そんなことを思いつつ、私もコロッケを口にする。カラっとした食感がたのしく、口の中で広がっていく、ジャガイモの味が豊かだ。噛みしめるごとに芋の甘さは深みを増し、その奥にある旨味が引き出されるように感じた。

 キャベツも食べる。揚げ物とキャベツの相性は抜群だ。お互いを引き立てあい、コロッケの油の豪快な味わいと、キャベツの瑞々しい新鮮な美味しさが増幅されていくようだった。


「唐揚げの味付け、いろいろあるんだな。これは塩麹で味付けしてあるみたいだ。鳥の旨味と合わさって、絶妙な味わいになっているよ。

 こっちは醤油だ。香ばしい味付けって揚げ物との相性が抜群だよ。これはいくらでも食べられそうだ」


 そう言いながら、イレヴンは次から次へと唐揚げを食べていく。

 そして、コロッケにも口をつけた。


「これはカニクリームコロッケだね。熱っ、熱っ! 熱いけど、でもそれが美味しい。

 クリーミーな味わいと海鮮の旨味がほんとうに抜群だ。なんていうか、まろやかで、少し甘くて、塩気も十分で、お腹の中に溜まっていく感覚もいい。これは嬉しい満足感だ」


 もう気分の落ち込んでいたイレヴンはいなくなったようだ。僅かな間でも、幸せになれる。それが料理の魔力なのだろう。

 特に、ジェーデーンの女将さんの魔力は抜群の効き目を持っている。食べる人のことを考えて、どんな食べ物を望んでいるか熟考しているからだろう。まさしく、努力と研鑽の賜物といえた。


      ◇


 さて、今日の食レポはこれで終わりたいと思う。イレヴンが空の世界を獲得することがあるかはわからない。彼は地上で幸せを探すしかないのかもしれない。

 けれど、ジェーデンの女将さんの食堂には確実に幸せがあった。彼はそれに気づいているのかどうか。


 それでは、次回はとうとう無脊椎動物に登場してもらおうと思う。真蛸のグルメというべき内容になるだろうか。

 我々、脊椎動物とはまた違う無秩序なグループの生き物だが、どのような食事を好むのだろう。その辺りを楽しみにしていただけると嬉しい。


 では、また次回。来週のこの時間にまたお会いできることを願っている。

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