第四話 蜥蜴のグルメ

「やあ、エナム君、久しぶりだね! 元気にしていたかい?」


 そう言うと、今回の取材相手であるセムビラン・コモドエンシスは爽やかに笑った。セムビランはコモドオオトカゲの仔だが、すでにがっちりした体躯がある。その肉体をスポーティーなジャージで覆い、走りながらこちらにやって来た。

 なんでも、ジョギングがてら走って、アニマルアカデミーの商業エリアまで来たらしい。とんでもないスタミナだ。


 コモドオオトカゲはコモドドラゴンはと呼ばれることもあり、火を吹くだとか、見つめたものを石にするだとか、とんでもない伝説が流布されたこともある。

 実際にそんなことはないのだが、高いスタミナと嗅覚を持つ、恐るべき肉食獣であることに間違いはない。全長三メートルを超える巨体を持ちながらも、その牙から出血毒ヘモトキシンを分泌する。その猛毒によって獲物を弱らせ、そのスタミナと嗅覚で追跡を続けるのだという。

 持久走の強い動物といえば、ヒトもいるけれど、その初速、平均速度において、人間ではとても敵わないだろう。


 おっと、またまた自己紹介が遅れてしまったね。私はエナム・バンテン、野牛の仔だ。

 奇しくも、今日紹介するセムビランの出身地であるコモド島と、私の祖先の生きたジャワ島は地理的に遠くない。

 出会い方が悪ければ、彼の猛毒の餌食になったのが自分かもしれないと思うと、ゾッとするよ。


「あっはっは、でも俺は俺だし、君は君だよ。今の関係以外は考えられない」


 セムビランは笑った。彼には私の想像というものが理解できないらしい。これが哺乳動物と爬虫動物の違いなのだろうか。

 しかし、動物としての種の違い、しかも食うものと食われるものという本来の関係がありながらも、私とセムビランは仲が悪くはなかった。


「今日はどうする。ジェーデンの女将おかみさんに昆虫料理を作ってもらうかい? アカデミーの学食じゃあ、昆虫料理はあまりないもんなあ」


 私がそう発言する。


「なっ、なっ、なっ!」


 セムビランの様子がおかしい。顔が真っ赤になっている。

 爬虫類は変温動物だからか、顔色がものすごい出やすいように思える。


「何を言うんだ! 俺がそんな年齢に見えるのかい!?

 子供じゃないんだ、もう昆虫なんて食べないよ」


 何か、セムビランの琴線に触れることを言ってしまったらしい。昆虫食は彼にとっては、幼稚な、恥ずかしいことのようだった。その価値観は私にはわからない。

 けれど、残念だ。昆虫食の取材もしておきたっかのだけど。これは後日の楽しみだと思っていてほしい。また、いずれ機会を設けよう。


          ◇


「あらっ、エナムちゃん、セムビランちゃん、いらっしゃい。二人で来るのは久しぶりじゃない。

 もう少し小さいころは地元が近いからか、仲良しだったもんね」


 ジェーデンの女将さんが朗らかに出迎えてくれた。しかし、小さいころの話をされるのはどうも気恥ずかしい。

 それはセムビランも同じだったようで、女将さんの言葉を遮るように声を出す。


「あっ、えと、女将さん。今日のメニューって何ですか? 俺、楽しみにしてきたんですよ」


 この食レポをご覧の方はもうお察しかもしれないけれど、この食レポ企画の運営にはジェーデンの女将さんも入っている。そのため、どんなメニューを出すかは女将さんが考えているのだ。


「そうねぇ、出てからのお楽しみにしてほしいんだけど。

 でも、もちろんお肉は出すつもりよ」


 何か思案気に顔を傾げながら話してくれた。

 やはり、コモドドラゴンのセムビランは肉食だ。うーん、どうも最近はお肉ばかりだなあ。


「どんなお肉料理なんだろう」


 とはいえ、女将さんにも考えがあるだろう。今回のお肉料理も一味違うものになっているはずだ。


「こうして何が来るかわからないメニューを待つっていうのも楽しいものさ」


 セムビランは舌をチロチロと出す。料理が楽しみでならないんだろう。獲物が弱るのを待つ野生の記憶があるのかもしれない。

 私は被捕食者としての本能があるのか、少し恐怖が湧き立つのを感じていた。


          ◇


「さあ、どんどん食べてね!」


 女将さんがテーブルに料理を次々に置いていく。

 私の目の前に置かれたのはサラダだ。キャベツにアスパラガス、もやし、トマト、キュウリに加えて、厚揚げ豆腐も入っており、ドレッシングとして、ピーナツバターとココナッツミルクが合わせたものが掛けられている。インドネシアのサラダ料理、ガドガドだ。

 それに対して、セムビランの前に置かれたのはベーコンだ。それも、焼いていない生のベーコンのように見える。


「それはパンチェッタかな。イタリアのベーコンで、生のままでも食べられるっていうけど」


 そもそも、コモドドラゴンにとっては生の肉なんて、何の問題もないものだろうけども。

 それを聞いて、セムビランは熱い瞼の奥にある瞳を輝かせた。


「へぇー、それは美味しそうだ」


 セムビランはチロチロと舌を出しつつ、ベーコンをフォークで掴むと、切り分けることもせず、そのまま丸呑みにする。

 やはり、肉食動物は咀嚼なんてしないらしい。


「うーん、美味しい。これはすごい、すごいよ」


 セムビランの目が潤んでいる。感動しているようだ。わかる。美味しい料理は幸せをもたらしてくれるし、感動して泣きたくなることもあるだろう。

 けれど、これは食レポなんだ。きちんと説明してくれないと困るよ。


「あ、そうか。そうだよね。なんていうのかな、これはすごい料理なんだ。あ、いや、それだけじゃダメか。

 俺たちコモドオオトカゲはさ、毒を使って獲物を追い詰めるんだ。失血症っていうのかな。毒を受けた生き物は止血できなくなって、朦朧としたまま逃げ続ける。そして、体力がなくなった時、ようやく俺たちの仲間は獲物を捕らえることができる。

 だからさ。獲物の肉は毒に侵されたものだし、すでに発酵が進んでいることがあるんだ」


 セムビランはどうにか解説しようとしてくれているようだ。


「あははっ、わかっちゃったみたいね。そのベーコンは燻製にする前に熟成させていたのよ。それに、血抜きする時に、血にヘモトキシンを混ぜておいたのよ。だから、セムビランちゃんの祖先が食べていたメニューを調理したみたいな味わいになっているんじゃないかと思ったんだけど」


 女将さんがニコニコしながら、話を挟んでくれた。なるほど、だからセムビランは感動していたわけか。

 でも、熟成とか発酵とかいうけど、要は腐肉を好むってことだよな。


「女将さん、そんなことまで! でも、わかりますよ! だからこそ、このベーコンは美味しいです。これこそ本能の求めていた味わいだって……」


 そう言いながらも、セムビランは次々にベーコンを丸呑みにしていく。  

 女将さんはその様子を眺めて、少し苦笑しつつ声をかけた。


「料理はまだまだあるからっ。お腹いっぱい食べていってよね」


 私は私でガドガドを食べる。ピーナッツの香ばしさと、ココナッツの甘い味わいがピッタリと合い、野菜を美味しくしている。厚揚げ豆腐の柔らかい食べ心地も良く、これはいいものだといえるだろう。

 何よりも、故郷の味を再現してくれようとする女将さんの優しさが嬉しい。


 次々と料理が運ばれてくる。トウモロコシに、セロリ、サラダレタス、それに干し草。食べるのが楽しみなものばかりだ。

 セムビランにはさまざまな肉料理、魚料理が運ばれる。豚や羊の丸焼きに、インドネシアの巨大魚であるバンダルランプンの姿焼きもある。これにはセムビランも大喜びしていた。


「どれも美味しいよ。豚肉はなんていうのかな甘くて美味しいというか、とろけるような喉越しというか。羊はクセがあっていいね。学食じゃあんまりないから嬉しい。

 それにこれ、バンダルランプン。こんな大きな魚を丸かじりするなんて子供のころからの夢だったんだよ」


 そう言いながらも、セムビランは巨大な焼き魚を丸呑みにしていた。


          ◇


 今回はこれで食レポを終わらせてもらおう。セムビランは実に美味しそうに食べていたよ。蜥蜴の表情というものはあまりわからないだろうけど、私は彼とは付き合いが少々長いからね。なんとなく、わかってしまうようだ。


 それにしても、今回のメニューも凄かったな。

 まさに、本能に訴えかける美味しさ。そんなものもあるんだね。さすがは、ジェーデンの女将さんの技量と発想というべきだろう。


 さて、次回は霊長類の登場だ。この呼び方、どうなのかな。昨今の動物平等論に引っかかりかねないけど。

 来週はゴリラのグルメをお贈りしよう。草食でも、肉食でもない、雑食という在り方についてピックアップしたい。


 それでは、来週もまたこの時間にお会いできることを祈っている。

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