第三話 鰻のグルメ

「うふふ、哺乳生物の方とお会いすること滅多にないから、なんだか緊張しちゃうなぁ」


 そう言ったのは、ウナギの仔、ウィッタ・アングイユだ。確かに、私たち哺乳類とでは普段の生育環境が違うため、魚類と遭遇することはほとんどない。彼女と会うのは初めてだった。

 しかし、ウナギといっても、その大きさはヒトとそれほど違いない。姿が大きくなる改造も受けているのだろう。さらに、水中でなく、陸上で暮らせるのだから、その改造の幅の大きさも窺える。ただ、二足歩行ではなく、その尾鰭を器用に動かして、歩いているようだった。

 ただ、その見た目の印象に反して、ウィッタはキャピキャピヌルヌルとした女子らしい雰囲気を持っている。もう少し種が近ければ、可愛いと思ったかもしれない。


 おっと、名乗るのが遅れてしまったかもしれない。

 今回も取材を行うのは私、野牛の仔、エナム・バンテンだ。どうぞよろしく頼む。


 だが、ウナギというと、人間にも馴染の深い生物のように思えて意外とわかっていない。そもそも、文字通り、海のものとも山のものともわかっていなかったのだ。

 長いこと淡水魚として知られていたようだが、実際には海で産卵と孵化を行うらしい。その後、何千キロもの旅をして、河川にさかのぼってくるのだという。

 そう考えると、ウィッタのフワフワした態度も、どこか捉え所のないミステリアスなものに感じてくるというものだ。


「ジェーデンの女将おかみさんの食堂に行くの、久しぶりだなあ。女将さん、私のこと、覚えているかなぁ」


 ウィッタは不安げなような、照れているような表情をする。そんな様子を見ていると、少し励ましたくなった。


「大丈夫だよ。女将さんには話が通っているし、ウィッタのためにメニュー考えるって言ってたよ」


 私がそう言うと、ウィッタはパぁっと笑顔を見せる。


「それは楽しみ! 早く行きましょ」


          ◇


 カラカラ


 私が扉を開けて、ウィッタが食堂に入っていく。

 その様子を見たジェーデンの女将さんが朗らかに笑った。


「あらっ、エナムちゃん。それに、お久しぶりね、ウィッタちゃん」


 その軽快で澄んだ声が店内に響く。彼女の声を聞くために、食堂に通っているという向きもあった。


「お久しぶりです、女将さん。元気そうで何よりです」


 ウィッタも私と同じ気分なのかもしれない。嬉しそうな笑顔で、女将さんに挨拶を返した。


「女将さん、今日のメニューが何なのか、少しだけでも教えてくれませんか」


 私がそう言った。情報は小出しにしていく。それが取材のコツだ。


「あははっ、隠すようなものでもないんだけどね。今日はラーメンにしようかと思ってるんだ」


 ラーメン!?

 これは意外な答えだった。野牛とウナギがともに食べられるようなラーメンなんて、存在するのだろうか。


「わあぁ、ラーメンなんていつ以来だろう。女将さんの作るラーメン、すっごい楽しみ!」


 ウィッタは喜んでいる。意外にもラーメン好きなのだろうか。

 かくいう私も、どんなラーメンが出てくるのか、頭がいっぱいになっていた。これは期待できそうだ。


          ◇


「はい、お待ちどおさま!」


 私とウィッタの前にラーメンが置かれた。煮干しの香りが周囲に漂う。草食の私にとっても、この香りには抗いがたい魅力を感じた。

 ましてや、肉食であり、魚が主食であるウナギの仔、ウィッタの様子はどうだろう。目を輝かせて、捕食者としての本性を露わにしている。

 私は少しだけ本能に眠る恐怖を感じつつ、それでも食欲には勝てない。


「美味しそうだ。いただきます」


 そういうと、箸を手にし、麺を手繰り寄せると、一息にすすった。ズズっと口いっぱいに、煮干しの香りが広がっていく。いや、それだけじゃない。この複雑で、滋味深い味わいはなんだろう。

 塩味のスープは出汁の味わいを見事に引き上げている。深い旨味があり、甘みを感じる。

 たっぷりの旨味成分にはシイタケが使われているだろうということは想像がついた。スープのコクはニンジンが由来だろうか。甘さは玉ねぎのように思える。


「ふふっ、エナムちゃんのスープには野菜で出汁を取ったのよ。ちょっとコンソメテイストかもね」


 女将さんが楽し気に解説してくれる。私の予想はおおむね当たりだろうか。

 とはいえ、、それを尋ねるのは粋じゃない。料理に隠し味を仕込むことは楽しいことだが、それよりも楽しいのはそれに気づくことなのだから。


 しかし、私のスープが野菜の出汁ということは、ウィッタのスープはまた別なのだろうか。


「美味しいっ。やっぱりラーメンは塩分たっぷりでいい。それに、これは煮干しの出汁だけじゃないですね。アサリかな、それに鰹。それだけじゃない、この麺は……」


 ウィッタもまた幸せな表情を浮かべていた。美味しいラーメンには食べたものを幸せにする力がある。

 特に、本来は鰓呼吸のウナギは常に大量の塩分を吸収しているのが普通だ。塩分の多いラーメンはそんな本来の生態を思い起こさせるものなのだろう。


「あはっ、わかったかな。ウナギのウィッタちゃんには小麦の麺だと栄養のバランスが悪いから、昆布を麺に混ぜ込んだのよ。どうかしら、口に合っていたらいいんだけど」


 女将さんの言葉は納得のいくものだった。ウナギのウィッタに地上の穀物である小麦はあまり合わないだろう。昆布であれば食べやすいのは想像に難くない。


「とても美味しいです。ラーメンはスープは好きなんだけど、麺があまり食べれなくて。でも、これならお腹いっぱい食べれそう」


 ウィッタは美味しそうに麺をすすっていく。女将さんの目論見は成功したようだ。


 けれど、ラーメンを構成するのは麺とスープだけじゃない。具もまた大きな要素だ。

 私とウィッタ、そのどちらにもあんかけの具が乗っていた。けれど、これにも二人の食性に合わせた違いがありそうだ。


 あんかけはそれだけでも美味しい。とろみのついた餡は熱く旨味たっぷり。これだけでも十分な魅力がある。

 そして、その中にはさまざまな具材が隠されていた。ニンジンは甘くフレッシュで、キクラゲのコリコリした歯触りは堪らない。もやしの食感は瑞々しく、ニラの香りは食欲を引き立てる。奥に潜んだヤングコーンは何よりのご馳走だった。


「いやぁ、これはいいね。どれも美味しい具材ですよ」


 私は思わず、女将さんに感嘆の声を上げた。

 こうなってくると、気になるのはウィッタのラーメンに入っている具材だ。


「こっちのあんかけも美味しいのよ。

 海老はプリプリっとしていて食べるたびに弾けるの。揚げた鱈はあんかけの中にいてもカリッとしてジューシーだし、イカの歯ごたえも素晴らしいとしか言いようがない。アサリは噛みしめるごとに旨味が溢れてくるようだし、ホタテは本当に美味しい。

 ほんと満足感しかないっ」


 私の食べたくなるメニューではなかったが、ウィッタのラーメンも美味しいということは十二分に感じられた。


 二人にぴったりのラーメンを作る女将さんの料理に向けた情熱には頭が下がる思いだ。しかも、ラーメンはウナギにぴったりの食べ物といえるし、野牛にとっても植物性の食物を大量に味わえるので馴染みやすい。


 まさしく、今回は仔牛とウナギのグルメとしてピッタリのものだった。


          ◇


 今回のレポートはこれで終わる。私としては満足の行く取材だったが、それが読者にも伝わっていたら嬉しい。

 動物の生態に合わせたメニューを考えてくれる女将さんはさすがというべきだった。


 さて、次回はコモドドラゴンとともに食レポを行う予定だ。話題の昆虫食にも言及することになるかもしれないな。

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