第二話 御獅子のグルメ
「強さなんてさ、そんな決まりきったものじゃないだろ」
私、エナム・バンテンが今回
バーバリライオンといえば、アフリカ北部、モロッコやリビアに生息していたライオンで、別名をアトラスライオンというくらいで、最大のライオンとして知られている。昨今の肉食獣としてのランキングは、虎に上回られているライオンだが、バーバリライオンに従来の繁栄があれば、その地位は逆転するともいわれていた。
現在では数頭がか細く生き延びており、サバーもまたその遺伝子を継いでいるのである。
しかし、最大の大きさだから、何だというのだ。そりゃ、身体が大きければ、タイマン勝負で負けは少ないだろう。より大型の獲物を狩れるのかもしれない。
ただ、それだけで、生存に有利とはならないだろう。強さとはもっと多角的なもののはずだ。
私はサバーの巨体を目の当たりにしつつ、そんなことを感じていた。
「それはそうだ。百獣の王なんていうのは人間の抱いた勝手なイメージさ。俺たちはただ懸命に生きる術を探っていただけなんだ」
つい口に出していたらしい。サバーが言葉を返してくる。
ライオンの仔といっても、すでに3歳を超えている。頭には
「そんなこと言ったって、アニマルアカデミーにあっては意味のないことかもね。衣食住はアカデミーが用意してくれてる。野生動物のように必死で生存の道を探るなんて、必要ないんだからさ」
私は、うっかり口にしてしまった言葉を収めるべく、一般論に落とし込もうとした。けれど、サバーは言葉を連ねていく。
「いや、アニマルアカデミーで生を受けたからこそ、自分の祖先がどう暮らしていたかは真剣に考えなくてはいけないよ。誰よりも、彼らを擁護できるのは僕たちなんだからね。
人間とライオンは決定的に違う。けれど、どうも人間たちは自分たちの強さをライオンに見たり、ライオンの生態からハーレムだとかヒモだとか、自分たちの悪癖を見出そうとする。まったく違う生き物だということを認識し切れていないんだ」
サバーの話はどうにも長い。それに説教臭い。少々ついていけないものを感じつつ、私は彼を促した。
「そんなことは今回の本筋じゃないんだ。ジェーデンの
◇
「エナムちゃん、サバーちゃん、いらっしゃい。ちゃんと用意しておいたわよ」
気っ風のいい女将さんが歓迎してくれた。この気持ちのいい挨拶こそが、この食堂において最も素晴らしい点かもしれない。
サバーも同じことを感じたのだろう。笑顔を見せながら、女将さんに尋ねた。
「今日のメニューは何があるんですか」
その言葉に女将さんは少し思案しつつも、ハキハキと答えてくれる。
「えっと、何だったかな。サバーちゃんには、もちろん生肉だよ。それにステーキもあるし、鶏の丸焼きも焼いたんだ。気に入ってくれるといいんだけどね。あとは、ハンバーガー。これはエナムちゃんにも作ってあげたから、レポートのためと思って食べてちょうだいね」
それを聞いて、私はげんなりした。肉料理はどうにも得意ではない。
私のそんな様子に気づいたのか、女将さんがフォローするように言った。
「大丈夫よ。豚肉のハンバーグにしたから。エナムちゃんに牛肉を食べさせたりなんてしないわ」
私が懸念していることはそんなことではないのだけど。いや、もちろん牛肉はあまり食べたくないのは事実だ。牧畜牛など、我々野牛とはまったく違う生き物だと思ってはいるが、それでも種が近いことは否めない。牛肉を食べたせいで狂牛病が発生したりしては目も当てられないのだ。
とはいえ、少量であれば、私でも肉を消化できるのは事実だった。言ってはなんだが、肉食動物よりも草食動物の方が進化した動物だといえる。動物は動物をそのまま自身の血肉に変えることは簡単だが、植物はそうはいかない。
牛が植物を消化するためには、胃を四つに増やしたり、腸を長く伸ばしたりと、進化を経ているのだ。セルロースを消化するために多数のバクテリアだって胃の中に存在する。
「つまり、植物も消化できない肉食動物と違って、私たち草食動物は肉を消化することも可能ではあるのさ」
ついつい、言葉を発してしまっていた。それを聞いたサバーは冷静さを欠いたように牙を剥き出しにし、少し冷静さを取り戻したのか、引っ込めながらも皮肉たっぷりに発言した。
「俺から言わせれば、草だとか野菜だとかを食べてるのが理解に苦しむ。到底、食べ物には見えないものだよ、あれは」
その言葉に、私はカチンと来た。野菜の美味しさもわからない野蛮な動物にそんなことを言われる筋合いはない。
モォォと息を漏らしつつも、サバーを睨む。
「まあまあ。君たち、お腹すいちゃってるのよ。しっかり食べれば、そんな言い合いする必要ないってわかるから。ね、食事にしましょ」
割って入ったのはジェーデンの女将さんだ。
彼女に苦労を掛けてしまったことに、私とサバーは少し恥じ入る気持ちがあった。
程なくして、食事が運ばれてくる。仔牛と御獅子のグルメが始まった。
◇
「うん、やっぱり食前はビールだね!」
私はビールを飲み干しつつ、喉を唸らせた。今回飲んだのはライオンビール。麦の香りが強く、爽やかな味わいが特徴だ。ライオンのサバーと飲むなら、これ以上のビールはない。
と思うのだが、サバーが飲んでいるのは白ワインだった。
「肉と合うのはやっぱりワインだよ。この酸味と葡萄の香りが食欲を引き立てるんだ」
そんなことを言う。肉と合うのは赤ワインだというのが人間の中では相場だろうが、ライオンの感覚は違うらしい。
「いやいや、赤ワインは植物の匂いが強すぎてね。ちょっと受け付けないんだ。香りがどうのってのも、人間の言うことだろう。俺たちライオンとじゃ嗅覚のレベルが違うからね。俺には弱めのワインの方が美味しく感じるよ」
そう言いつつ、安ワインを飲み干していく。人間にとっては粗雑なワインが、ライオンにはちょうど良いらしい。
「じゃあ、そろそろメインディッシュを味わおうじゃないか」
私はそう言って、サバーを促した。人間のコースだと前菜やスープを経て、メインディッシュに進めるのだろうが、ライオンにはメインディッシュしかない。
私はサラダを食べながら、サバーの食事の様子を眺めた。彼の前にあるのはこんがりと焼けた肉の塊だ。
「ちょっと、なんだそれは!」
思わず声が出た。
サバーは肉の塊を一噛みしただけで、スルスルと飲み込んでいくのだ。
「サバー、君は咀嚼しないのかい!?」
思わず声を荒げてしまった。
私たち牛であれば、食べ物を丹念に咀嚼し、反芻し、再び咀嚼する。ライオンに反芻がないことは理解している。けれど、咀嚼までしないとはどういうことなんだ。
「この食べ方が不思議なのかい? 俺にはそのことが不思議に思うよ。この肉を味わう時の喉越し! ゴロゴロとした肉塊が体の中に入っていくんだ。この感覚がわからないなんてね。
これに優る快感はないと言っていいよ。実に幸せな体験なんだから」
私にはわからないことだが、サバーの感覚ではそうらしい。同じ哺乳類でも、草食と肉食とではここまで感覚が違うものなのか。
ついでだ。今食べたものの食レポをしてもらう。
「今食べたのはレバーとホルモンだよ。レバーは肝臓、ホルモンは腸のことだね。食事の最初にはこういった内臓を先に食べるんだ。
これらの臓器はビタミンがたっぷりだからね。食欲が湧き立つし、食べていて美味しいし、健康になれる感覚があるんだ」
おそらく、野菜を食べることができない分、これらを代替にして栄養を補給しているのだろう。動物の食事というのはよくできている。
次いで、ステーキや鳥の丸焼きの感想も聞いた。
「うん、ステーキは美味しいよ。肉のこんがり焼けた風味が溜まらないし、牙で切り裂くと、旨味が全身に流れてくるんだ。何より、肉がもたらしてくれる満足感。これはには満ち足りたものを感じるよ」
そう言いながら、ステーキを丸呑みにしてしまった。
その後、鶏の丸焼きをやはり飲み込むように食べていく。
「これも上手い。さっきのステーキ肉よりは淡白だけど、でも旨味がしっかりあるんだ。こんがりと焼けた香りは最高だし、焼き鳥でしか味わえない美味しさがあるね」
サバーはニコニコと笑う。女将さんの料理だ。本当に美味しいのだろう。
そして、ハンバーグを食べることになった。これは私の分もある。
食べてみよう。噛みしめると肉汁が湧き上がってくる。その汁には旨味がたっぷりと詰まっている。
柔らかく、まるで溶けるように、喉の奥へと進んでいった。
これには、サバーが呑み込むように食べていた気持ちが少しはわかる。もっとも、咀嚼せずに飲み込むなんて私がするはずはないけれども。
それに、少しなら平気だが、これ以上食べると胸焼けしそうだ。
「うんうん、いろんな肉がミックスされてるんだね。これは美味しい。噛みついた瞬間の香りも良かったけど、喉の奥からする香りもまた素晴らしい。ハンバーグって美味しいんだねえ」
サバーもご満悦だった。
なんていうのかな、私たち仔牛のグルメと比べて、御獅子のグルメはどうにも簡単な印象だ。
「そうかもな。俺たち肉食動物は草食動物よりもシンプルだと思うよ。肉が美味い。これが俺たちの根源だし、これ以上のものがあるとも思えないな」
単純だからこそ強い。それこそが肉食動物の強さの秘密かもしれないね。
◇
さて、今回のレポートはこれでおしまいだ。楽しんでいただけるものになっていれば嬉しい。けど、自信はあまりないかな。他人の食レポだし。
一応、予告しておこうかな。次回はウナギの食性をテーマにレポートしようと思う。
それでは、また来週、この時間でお会いしたいね。
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