仔牛のグルメ
ニャルさま
第一話 仔牛のグルメ
私の名前はエナム・バンテン。誇り高き野牛の仔だ。出身はジャカルタ……と言いたいところだけど、ルーツがそこにあるのは知っているものの、物心ついた時からアニマルアカデミーにいるので、いまいち愛着はない。
そもそもアニマルアカデミーが何か。
そんなことまで説明しなきゃいけないのか。そもそもアニマルアカデミーなんて始めたのは人間だろう。それを、なんで仔牛である私が説明しなきゃいけないんだ。
ぐぬぅ、そうか。説明しなきゃダメか。わかった、わかったよ。
ジャワ島の森林で王者として君臨する我らが野牛一族の末裔が直々に説明してやるんだ。感謝してくれよ。
アニマルアカデミーは動物たちに知性を与え、教育する機関だ。脳手術によって人間並みの知能を与え、骨格は二足歩行に改造され、その手は人間と同様の器用さを与えられている。
でもさ、それって変じゃないか。人間の基準で知的だって言ったってさ、牛には牛の、ライオンにはライオンの、それぞれに適した頭の良さってやつがあるはずだよ。
え? そんなことは話すなって? ふん、わかったよ。言わなきゃいいんだろ。
それで、今回はアニマルアカデミーの動物たちの食生活をレポートすることになったんだ。レポーターはこの私、エナムが行う。最初は私自身の食事をレポートすることになってる。
アニマルアカデミーで外食するって言ったら、ジェーデンの
◇
「いらっしゃい! あらっ、エナムちゃんじゃない!」
はきはきした
「女将さん、聞いてますか? 動物たちの食生活をレポートするっていう……」
私の言葉を受けて、女将さんは少しキョトンとするが、すぐに笑顔になる。
ニコニコと頷きながら、返事をしてくれた。
「もちろん知っているわよぉ~。ああ、なるほど、エナムちゃんがレポート役になるんだ。うん、ぴったりじゃない」
あまりに快活に太鼓判を押してくれるので、さすがの私も少しだけ照れてしまう。でも、悪い気分ではない。
そこで、女将さんに質問をすることにした。
「お勧めのメニューはありますか。やっぱり、牛らしく干し草のサラダかなとは思っているんですが」
女将さんは少し思案気に俯いた後、やはりにこやかな笑顔を見せる。
「うん、いいんじゃない。それに、とうもろこしのオートミールとウドの木の唐揚げ、それにミネラルブロックのキャンディでどうかな」
その提案に私は思わず瞳を輝かせた。いや、自分で見れるわけではないけれど、そんな気分になったのだ。
「いいですね! あ、あと頼みたいんですけど……」
私はメニューにもう一品を追加した。
◇
「はい、エナムちゃん、生ビールよ」
女将さんがジョッキになみなみと注がれた麦酒を持ってきてくれた。黄金の輝きが眩しく、その上部に溜まった白い泡の見た目も心地いい。
やはり、仔牛のグルメには生ビールが欠かせない。先ほど追加したメニューとはこの生ビールにほかならない。
え? 飲んでもいい年齢なのかって? くだらない質問はやめてくれ。人間の作ったルールが野牛に適応されるはずがないだろう。飲みてぇもん飲んで体に悪いはずがない。
「いただきます」
パンッ
私は指を天に上げつつ、手の平を合わせて、食事の始まりの挨拶をする。そして、ジョッキを持つと、口の中へとビールを注いだ。
旨い。シュワシュワとした炭酸の刺激が心地よく、麦の香りが堪らない満足感を演出している。それが喉を過ぎていく感覚の気持ちの良さったらない。
自分が牛でよかったと思う瞬間である。人間にはこんな快感はないんだろうなと思うと憐れに思えてしまう。
それではサラダを食べようか。私は干し草のサラダと言ったが、とんでもない。瑞々しい牧草のサラダだった。それに加えて、クローバー、アルファルファ、昆布が入っている。
牧草は噛みしめるごとにその旨味が口いっぱいに広がっていった。それを胃の中に押し込めていく。この咀嚼する快感は何物にも変え難い。
クローバーは香りが高く、その新鮮な味わいは何とも言えないものだ。アルファルファは食感がシャキシャキで噛み心地がまさしく神心地というべく至上のものといっていい。昆布はハッとさせるほどの美味しさがある。体内の足りないミネラルを補ってくれるのだろう。
それらを噛みしめては喉を通す。やがて、胃の中から込み上げてくるものがあった。
言うまでもないことかもしれないが、私には胃が四つある。その中の第一胃というべき場所で、食べたものがバクテリアに分解され発酵されていた。それが胃から口内へと戻される。この感覚をどう表現したらいいだろう。発酵され、寄り香り高くなったサラダが口の中に戻ってくる。それを再び噛みしめる。こんなに楽しく、味わい深い瞬間はそうはないのではないだろうか。
発酵した牧草を噛みしめると、極上の旨味がある。もともと旨味の塊のような味わいだったのが、されにその味わいが深まったようだ。
おっと、君たちはもしかして反芻ができないのかな。いやぁ、これは本当に可哀想だ。
食べ物の味を深めて何度となく味わう。この喜びを理解できないのは本当に哀れだねぇ。
おっと、まだまだ食べ物はあるんだ。じっくりと味合わせてもらうよ。
次はオートミールだ。ミルクがたっぷりとかけられている。
母のおっぱいの味なんて、私にはわからない。とはいえ、人工的にではあるものの、御多分に漏れず、私もミルクで育っている。だからかな、少しだけ懐かしさ感じる美味しさだった。
ミルクの浸されたトウモロコシのオートミールは少しだけサクサクで、大部分はしっとりとしている。その感触は最高にい塩梅だ。
噛みしめると、コーンの香ばしい味わいと甘さが合わさり、至高の味わいへと昇華されている。いやいや、このオートミール、めっちゃ美味しいよ。
そして、ウドの木の唐揚げだ。油はコーン油を使用しており、実にヘルシー。女将さんは私の体調も慮ってくれている。その心遣いが嬉しい。
サクッとした食感が心地よく、ウドの木の香りが口の中に広がってくる。うん、これも美味しい。噛み心地が重厚で噛み足りなさを満足させてくれるようだ。
それに、ミネラルブロックのキャンディーは逐次舐めさせてもらう。適度な塩味が心地よい。
ミネラルだけでなく、マグネシウムや鉄分も豊富で、足りない栄養素を補ってくれる優れものだが、それ以上に味が素晴らしい。ついつい食事を忘れて舐めてしまう。
再び反芻して、発酵された食物が戻ってくる。
女将さんの料理は最高だ。戻ってきた牧草もアルファルファもクローバーも、絶妙な味わいに変わっている。これは、反芻することを逆算したうえで料理しているからにほかならない。
アニマルアカデミーはいけ好かない部分も多いが、それでもこうして美味しい料理を食べられるという点は評価してもいいかもしれない。ついつい、そう思ってしまうほどだった。
私はいつの間にかテーブルに並んだ料理を平らげていた。どれもこれも美味しいのだ。思わず手を伸ばしてしまう。
けれども、それだけでは終わらない。胃が逆流し、食べ物は戻ってくる。そうして、また味わう。
これこそが仔牛のグルメなんだ。
◇
さて、今回のレポートはこれにて終了としよう。
けれど、これで終わりじゃない。次はライオンの仔の食レポをお届けしよう。
どうやら、こう言っておかないと読み切り企画だと思われていまうかもしれないらしい。あまりこういうことを言うと怒られるのだが、アニマルアカデミーの秘密も探っていきたいとも思っている。気になるだろ、この胡散臭い学園施設……。
それでは、来週のこの時間で、またお会いしようじゃあないか。
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