『#アオハル革命』〜クラスに来た美少女転校生、中学のときに振った彼女だった件。〜

@takanashiRyo

プロローグ 別れの春、出会いの春

 ――俺、渚匠には、恋というものがよく分からなかった。

 小学生の頃、ふと疑問に思い、辞典で恋について調べたことがあった。

 しかしどの辞典も、恋とは何かについてこういうものだとハッキリと明記されているものがなかった。

 その人のことをもっと知りたい、近づきたい。そう思うのが恋だと。 

 しかし、それは友人という間柄では駄目なのだろうか。

 先生に聞いたこともある。恋とは何なのかと。


「そうねぇ…例えば、この人とずっと一緒にいたいとか、この人ともっと仲良くなりたいとか、そういうことかしらねぇ。」


 ありがとうございます、なんて口先では言いながらも、正直、全くピンと来ていなかった。それこそ、友人と何が違うというのだ。

 種が繁栄するために、恋は必要だという人もいる。

 だが、それは性欲を恋愛感情だと履き違えてるだけではないか?

  

 挙句の果てには、世間一般的に言われる恋なんて、所詮恋をしていると錯覚している自分に溺れているのだ、なんてすら思っていた。自分でも思うが、俺って捻くれているなぁ…


 しかし恋という感情を、未だによく理解できていないのも確かだ。


  だからあの時、俺は――

 

 中学三年の最後の日、卒業式。

 

「ずっとあなたのことが好きでした。私と…付き合ってください。」

 

 人生で初めて、告白された。

 

 驚きながらも彼女を見ると、体全体が微かに震えていた。

 目には涙を浮かべ、極度の緊張のせいだろうか、こちらに差し出された手は、俺の答えを恐れるかのようにブルブルと大きく揺れていた。

 まるで二人がいる空間だけ世界から切り離されたように、聞こえるのは彼女の口から微かに漏れる吐息の音だけだった。

 時間が止まり、世界が止まり、二人以外のすべてが活動を停止している。

 そう思えるほどに、異質な空間だった。

 

 彼女とはクラスがずっと同じで、お互いゲームが好きなこともあって、すぐに意気投合し偶に一緒に街へ出かける程の仲にまでなった。

 

 間違いなく、彼女は俺の中で特別だった。

 

 彼女と遊んだ時、俺は確かに彼女ともっと一緒にいたいと思った。彼女が笑うと、俺も釣られて笑って。彼女のことをもっと知りたいとも思った。

 楽しかった。楽しかったんだ。

 

 ――でもそれが恋か、俺にはやっぱり分からなかった。

 

「…ごめん。俺、好きとかよくわかんないんだ。だから…」


君の思いには応えられない。

 

 その言葉を聞いた時の彼女の顔は、今でも鮮明に覚えている。

 まるで人間の負の感情を一つの鍋に入れ、ぐちゃぐちゃにかき混ぜたかのような。

 僅かな希望に縋り、それを残酷にも引き裂かれた子供のような。

 

 とにかく、今までに一度も見たことがない。

 そして二度と見たくもない。

 悲しみと憎しみ、そして怒りが籠もった、そんな顔だった。


 彼女の涙が地面を濡らす度に、俺の心はジクジクと音を立てて痛んだ。

  

 ――なんで、どうして?そんなんじゃ納得できないよ… 


 そう聞かれても、俺は答えるべき言葉を持ち合わせていなかった。俺は彼女から目線をそらし、ごめんと一言謝ることしかできなかった。

 

 じゃあ、と俺は後ろを振り返り、冷酷なまでに淡々とその場から離れようとしていた。

 俺の足はまるで沼地に入り込み、泥が纏わりついているかのように重かった。

 

 ――待って…!待ってよ…!


 嗚咽混じりの声で、彼女は俺を引き留めようとした。

 しかし、この沼地に足を踏み入れたのは俺だ。だから、もう戻ることは許されなかった。


 その後彼女は親の転勤で他県の高校に進学したらしい。

 もう彼女と会うこともないだろう。


 俺は、恋ってやつがよくわからない。

 人を好きになるってなんだ?それって友達じゃ駄目なのか?

 そんな考えを心の中で反芻してみても、結局答えが出ることはなかった。

 

 ――だからあの時、俺は彼女を振ったんだ。


 

「はぁ…最悪な夢を見ちまった…。」

 

 ――あれから一年。俺は晴れて高校生になり、今日は二年生として最初の登校日だった。

 よく、物事は最初が肝心だという。どれだけ足の速い選手でも、スタートの時点ですっ転んでしまえばその時点で終了。そういう意味では、俺の二年生としての心のスタートは、盛大な大失敗を迎えたと言えるかもしれない。

 しかし、人生は短距離走ではない。どちらかといえば長距離走である。いくら最初が肝心だなんて言っても、途中でいくらでも修正が効くのだ。

 ということで仕切り直し。まずは歯を磨き、顔を洗う。

 

 うわ、ひっでぇ顔…

 

 ――『あの日』の夢の影響か、眉間にシワがより、顔はまるで一ラウンド目をやっと戦い抜き、消耗し切ったボクサーのように疲れ果てていた。憂鬱な気分は口から自然に出たため息と一緒に出て行ってはくれず、深く深く体の中に落ちていき、やがて俺の心に影を落とした。

 ……いかんいかん、これじゃあまるで人生に疲れ切り、考えることを放棄した哲学者じゃないか。俺はまだピチピチの高校二年生だぞ?シャキッとせいシャキッと。

 その後、リビングに戻り机の上に置いてあるトーストにかじりつく。作ってから時間が経ち、もう冷めてしまっていた。

 母と父は早くも仕事に行ってしまい、2つ下の妹も部活の朝練のため家には今、俺一人だ。

 パンの豊かな小麦の香りと、わずかな塩味が絶妙なハーモニーを奏でて…って、俺はそんなことがわかるほどグルメじゃない。さっさと水で腹の中へ流し込んでしまおう。 

 ドアを開けると、ほんのりと暖かな風が、俺の頬を撫でて通り過ぎた。眩いばかりの日光が顔を照らし、春の到来を全身で感じながら、思わず目を細める。

 手を体の前で大きく広げ、俺は太陽とハグをした。胸を前に出し、ググッと背筋を伸ばすと、まるで本当に太陽が俺を抱き締めているかのように思えた。

 この最高にピュアな世界は、今の俺には少しばかり刺激が強すぎるぜ…


「ああ〜、浄化されるぅ〜…」

「なにを馬鹿なこと言っている。お前は吸血鬼かなにかか。」

「ありゃ。もう居たのか。」


細めた目を懸命に開き、声のした方向を見ると、そこには一人の男が立っていた。

 ――芳ケ崎 透。

 背が高く、スラリとしていて、自信に満ち溢れ堂々としているこの青年。眼鏡の奥から覗く目は鋭く、全ての真実を見抜くようなその眼力は、まさに風紀委員として相応しい。正直、同じ高校二年生とは思えないほどにオーラがある。

 そして、学生服の下に着たYシャツのボタンが、しっかりと第一ボタンまでかけてあるところからも、彼の生真面目な性格が見て取れるというものだ。

 こいつとは高校に上がった時点で同じクラスになり、家が中々に近かったこともあって、毎日一緒に学校に行っている。ただ真面目ではあるものの、実は案外ノリもよく、話していて結構楽しいのだ。

 だからこそ、元々かなり整っている容姿に加え、その品のある佇まいと、そこからは想像もつかないノリの良さからギャップ萌えする女子が大量発生し、かなりモテるらしい。

 しかし、偶に出る直球火の玉ストレートの正論で、心が削られることもしばしばあるが…


「何だその顔は。なにか悩みごとか。」

「ん〜?…いや、何もないよ。」

「そうか。ならば、学校へと急ぐぞ。」

「うぃ〜。」


 …こいつは鋭い。

 普段から風紀委員として数多くの人を見ている影響か、少しでも油断すると、こいつはそれを見抜き指摘してくる。

 その俺の心の奥底すら見つめているかのような目は、人間の第三の目を彷彿とさせる。

 この前には一度、俺自身ですら気が付いていなかった不安の種を見つけ、相談に乗ってくれた。

 こいつは厳しいが、本当に良いやつなんだ。


「そういえば、知っているか?」

「え?なにが?」

「今日、俺たちのクラスに転校生が来るそうだ。」

「ほへ〜…転校生、ねぇ。」


 かく言う俺も、中学一年生の頃にここに引っ越してきた転校生だった。

 ここの中学に入学と同時に引っ越してきたため、新しい環境や勉強についていけるか、当時は不安だったものだ。

 とはいえ、俺自身そこまで内気というわけではなかったし、比較的早く周りにも馴染んだように思える。まぁ、勉強に関してはお粗末そのものだったんだが…いや、今もバカだとは言ってないですよ?断じて。ええ、断じてね。

 しかしなぁ…高校二年生で転校するなんて、中々に辛いんじゃないだろうか。

 自分に置き換えて考えてみると、やっと一年間過ごして慣れてきた高校を離れ、またもや人間関係を再構築しなきゃいけないと思うと、少しうんざりとしてしまう気がする。


「そんじゃ、できる限りフランクに接してやんないとな。」

「…あまり気を遣いすぎるなよ。相手が逆に萎縮してしまうことも否定はできんからな。」

「わぁーてるよ。」


 そんなふうに、透と新学期テストのテストがめんどくさい〜、なんて駄弁りながら歩いていく。

 勿論、春なので桜も満開だ。

 目の前で桜の花びらが宙を舞い、また新たな花びらが舞い落ちてくる。

 街を行き交う人々を見ると、ある人は別れを経験し、新たな出会いを探している者。ある人はこれから始まる新生活に、不安ながらも心を躍らせる者。

 別れの春、出会いの春。桜の花びらから、出会いと別れを見出だせる。寂しくも良い季節だ。

 春は人々の様々な表情を見せてくれる。しかし、心なしかみんなの表情は穏やかだ。そんな春の表情を見て、俺の心もメッキを無理矢理剥がされ、春に染まる。気分も心も桜色ってこったな。

 きっと今日の転校生との邂逅も、良い出会いになるに違いない。

 なんてったって、こんなに桜がきれいなんだからな。



 教室に入ると、案の定ざわついているのがよく分かった。それはクラス替えがあったことも関係しているかもしれないが、それ以上に、やはり転校生が来るという話題でもちきりのようだ。


「あっ!おっはよ〜ナギ〜トーくん!」


 俺と透が教室に来るなり、まるで待ってました!と言うような感じで、手をヒラヒラとこちらに振りながらトコトコ近づいてきたこの女。名を根室 彩花という。

 目はキラキラと輝いており、いつでもポジティブの塊みたいなこいつは、俺とは中学の頃からの仲だ。運動はできるが勉強はてんでダメ。しかし、透とは真逆のその純粋無垢な大きな瞳は、数多くの男子を虜にしてきたという伝説を持つ。

 因みに身長は女子にしてはそこそこ高いくらい。足も長いし、よく引き締まっている。流石運動万能ガールだな。


「ねぇナギ…ちょっと視線キモいよ。」

「うおっとすまんすまん。よく引き締まってんな〜と思ってな。別にやましい気持ちなんてないぞ。本当だぞ。」

「渚、それは余計に気持ち悪いと思うが。」


 うひゃ〜二人からの冷たい視線キツ〜……


「まぁいいじゃないですか…そんで聞くが、なんでこんなに教室が騒がしいんだ?なんかあったのか?」

「…まぁいいよ〜。ナギが変態さんなのは分かってるしね。今回は特別に許してあげよう。」

「根室、その『今回』とやらは今ので51回目だぞ。」

「透、過去は過去だ。今を見ようぜ。」

「お前に言われると無性に腹が立つのだが。」


 ジトっとして視線を向けてくる透を尻目に、俺はセルフドラムロールをする根室に期待の目を向けておく。無論、既にざわついている理由は知っているわけだが、あえて知らないふりをして、まるで根室から初めて聞いたかのようにする。

 なんてそんなことをするのかって?空気を読むってのはそういうことなんだよ。あんまり気にしたら負けだ。


「それはね…今日このクラスに、転校生が来るからだよ!」

「ま、マジかよーそうだったのかー。」


 透、その何やってんだお前みたいな目で俺を見るのをやめろ。自分でも下手すぎる演技だとは思うが、これでも一応頑張ってるんだぞ。

 しかし、なぜこんなにもこいつはドヤ顔なのか。別にお前だけが知っていたことではないだろう。いっちょ前に腰に手を付け、子供がよくするすごいでしょポーズを披露している。まるで根室の鼻がどんどんと伸びていっているかのように錯覚してしまった。流石スーパーポジティブガールと言ったところか。


「おい根室、渚。そろそろ始業だ、席につけ。」


 透の声にハッと我に返った根室は、じゃあまた後で!と元気に自分の席へと戻っていった。

 俺も先生が来る前に席につかないといけない。俺の席は、一番うしろの列の窓際だ。

 まさに、高校生にとってこの席は至高の席と言えるだろう。授業では当てられにくく、寝てても何も言われにくい。黒板の文字が見えにくいという欠点はあるが、勉強しないのであれば関係ない…いやだから、別に俺がそうとは言ってないだろ?

 しかも隣の席は空席。誰もいないからこそ、迷惑をかけることもない。俺の絶対的安全地帯、それがこの席だ。いやはや、いやはや…日頃の行いがいいと、こういうところで得をするんだろうな。

 そうして少し間をおき、おはようございますと担任の先生が入ってきた。

 起立、礼を済ましたところで、先生が黒板に何かを書き始めた。クラス内も待ちわびていたのだろう。黒板とチョークが当たるコンコンという音が、更にみんなの気持ちを騒ぎ立てた。クラス内はソワソワと落ち着かない様子である。


「それでは皆さん、今日からニ年生となり、初めての授業が行われるわけですが、その前にお知らせがあります。早速ですが、このクラスに今日から転校生が来ることになりました。」


 おお〜、と大きな歓声が起きる。しかし、俺だけは黒板に書かれたその文字を見て、目を疑った。

 

 鈴森 琴音、転校生の名前だろう。

 

 心臓の鼓動が急激に加速する。全身から汗が吹き出し、明らかに自分でも動揺しているのが分かる。


「失礼します。」


 一礼して、転校生が入室してきた。


「それでは、自己紹介をお願いします。」


 はい、と歯切れよく返事をした彼女は、こちらに顔を向け、笑顔で口を開いた。


「鈴森 琴音です、よろしくおねがいします。」


 正直、今目の前で起こっていることが信じられなかった。

 

 何故なら、鈴森 琴音は。


 この人は、俺が中学生の卒業式に


 


 ――告白され、振った、彼女だったからだ。

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