第6話 再度、図書室で
二日後の金曜日の放課後。当番を代わってほしいと言われて(これはよくあることだった)、あかりはまた第一図書室に居た。
先日と同じく、人の気配はない。物思いに耽るには適した環境だったので、やはりどうしても頭の中を占める【魔王】と【救世主】について考え――ようとして、あかりは廊下から聞こえてくる足音に気が付いた。
第二図書室に比べて利用者が格段に少ないとはいえ、主に自習などの目的で第一図書室を選ぶ生徒はいる。その類いかと思い、さりげなく扉を注視していたあかりは、足音が一端止まり、そして開かれた扉の先にいた人物に目を瞬いた。
「……ああ、よかった。相模さんがいる場所、ここしか思いつかなくて」
「志筑くん……?」
入室前に何気なく図書室内を確認して、カウンター越しにあかりの目の前に立って。それから言葉を発したのは、海だった。
海とは、一昨日にこの第一図書室で顔を合わせてから、接触することはなかった。
いくら『【魔王】と【救世主】にまつわる物事について、他者に関わりを持たせることはできない』というルールがあるとはいえ、それがどの程度の接触にまで適応されるかはわからない。常に耳目を集める海に、あえて近づく選択肢をあかりはとれなかったし、とろうとも思わなかった。そして海も、いたずらにあかりに近づくような素振りはとらなかった。
――そう、まるで【魔王】と【救世主】なんてつながりができてしまったのが、夢かと思うほどに。
けれど、現実に海はここに現れたし、その上あかりを探していたような口ぶりでもあった。人の居ないことを確認したようでもあったので、あかりは海の用事とは何なのかと訝しく思う。
それが視線にでも表れていたのか、海は言葉にしていないあかりの疑問に答えるように口を開いた。
「――この間は驚かせてしまったから。今日は、普通に来たんだ。人もいないみたいでよかった」
確かに、今日は――今日も、この第一図書室にはあかり以外居ない。けれどそれを入室後わずかな時間で感じ取れるのなら、海は人の気配に敏いのかもしれない、とあかりは思った。それは常に耳目を集めている身だからなのか、それとも、先日過剰に驚いてしまったあかりを気遣って、手っ取り早い手段を使わずにあかりを探した、その優しさに由来するものか――。
「それで、俺が相模さんを探していた理由なんだけど」
続けられた海の言葉で、ぼんやりと広がったあかりの思考は断ち切られた。
「う、……うん。わざわざ、どうしたの?」
本当に何の用事があるのか見当がつかず、あかりは首を傾げた。
(【魔王】と【救世主】にまつわる事柄なら、全部土曜日に持ち越すんだと思ってたんだけど……)
――結果的に、そのあかりの推測は、一部合っていたが、一部間違っていた。
「待ち合わせの話を、していなかったなと思って」
「……え?」
「土曜日のこと。何時に、どこで、待ち合わせるか、決めてなかったなって。うっかりしてた」
あかりは先日海と顔を合わせた時のことを思い出し、確かに、土曜日に会おうという申し出に頷いただけだったことに気付いた。
「ご、ごめん。私も全然気付いてなかった……」
「いや、言い出したのは俺だから。相模さんが謝ることはないよ。……それで、あんまり早い時間でもなんだから――」
言われた時間を、あかりは慌ててスケジュール帳にメモする。それを見た海が「ごめん、配慮が足りなかった」と言うのに、気遣いすぎでは、と思いながら、待ち合わせ場所もメモしようと海に訊ねる。
「場所は?」
「相模さんの家の近くに大きめの公園があるよね。そこでいいかな」
「わかった」
頷いてメモをしてから、遅れて不思議に思う。
(……相模くんって、どの辺りに住んでるんだろう? 近所じゃないのは確かだけど……)
あかりの家の周辺の地理を知っている様子だが、海が近所に住んでいるのでないことは、中学の校区が違ったため確実である。
しかし疑問を抱いても、余程でなければ思い切って訊けないのがあかりだった。親しい相手ならば別だが、海がその枠に入っていないのは自明の理だ。【魔王】と【救世主】に関わることはともかく、この件について訊ねるまでの勇気は湧かなかった。
(どうして私ってこうなんだろう……)
交友範囲が狭いのも、他者と関わるための積極性に乏しいのも、基本的に問題には思わないが、内向的過ぎる気性をどうなのだろうと思うだけの意識はあった。こういうふうに、言葉を飲み込むときくらいのものだったが。
「……? どうかした? 相模さん」
「……う、ううん、なんでもない」
「そういう感じじゃないけど……。あ、もしかして、俺が家を知ってたから、不安になった? ええと、ストーカーとかじゃないから安心してほしい」
海が、おおむねは合っているが一部だけあまりにも思いもしないことを言ったので、あかりの自己嫌悪に沈みかかっていた思考は吹き飛ばされた。
「え、いや、そういう心配はしてないよ……!」
「そっか。よかった。さすがに同級生にストーカーと思われたらショックだから」
そう言って僅かに苦笑する海が、どこまでわかっていて先の発言をしたのかはわからなかったが、あかりとしては有り難かった。あかりは自己嫌悪の残滓を振り切って口を開く。
「……志筑くん、うちの近所に住んでるわけじゃないよね? どうして公園がわかったのかなって」
「そっち方面に用事があって行ったときに、その公園のそばを通りがかったことがあって。そのとき相模さんを見かけたから、きっと近所に住んでるんだと思って」
「えっ……」
確かに、あかりはその公園に散歩がてら訪れることがあった。季節の花など植えられていて、適度に木陰などがあり、気分を変えてちょっと外を楽しみたいときに適しているのだった。
(公園に行くなら休日だから、志筑くんが何かの用事のついでに通りがかるのに重なる可能性はあるけど……そんな偶然、ある?)
実際、『そんな偶然』があってしまった故の海の言葉なのだが、まさかの偶然すぎる。
「……ああ、でも一応すり合わせしておいた方がいいね。お互いが思ってる公園が違ってたら惨事だし」
そうして海がスマホで出した地図を見せられ、間違いなく己の家の最寄りの公園だということを確認して、あかりは何となく複雑な気分になったのだった。
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