第8話 最高の昼休み

 学校に到着。

 早々、俺の方へ向かって来る男の姿があった。

 あれ、この顔どこかで……。


「よう、啓之介! 性懲りもなく学校へ登校してくるとはな」

「ん~、誰だっけ」

「ざけんな! 昨日会っただろうが!」


 ああ、やっぱりあの時の男か。

 名前は綺麗さっぱり忘れたけどな。


「田中か?」

「ちゃうわい! 俺は伏見ふせみ 和也かずやだ!」


 そうだ、そんな名前だった。

 男の名前なんて覚えないからな、俺。


「で、その伏見がなんの用だ」

「お前を不幸のどん底に突き落としてやるってこった」


 ニヤリと笑う伏見は、黒い液体の入った容器を見せびらかしてきた。なんだ、あれ。墨汁か何かか?

 それを投げつけてくる伏見。マジかよ!


「ちょ、おま!」

「ハハッ! お前の服なんぞ汚れてしまえ」

「なにしやがる……って」


 しかし容器は強風に煽られて――伏見の方へ。

 なんという幸運か!!


 やがて容器の中身が伏見の全身を汚した。



「ギャアアアアアアアアアアア!!!」



 どうやら墨汁のようだな。

 真っ黒に染まって伏見は笑い者に。


「アホだろ、お前」

「くそ、くそおおおおおおおおおお!!」


 悔しそうに叫んで、伏見は去った。

 何なんだか。



「行こうか、綾花」

「そ、そうだね……」


 さすがの綾花も呆れてしまっていた。



 * * *



 途中で綾花と別れ、俺は教室へ。

 つまらん授業を受け続け……ずっと耐えていた。

 昼休みになって俺は教室を飛び出た。

 やっと葬式みたいな空気から抜け出せたぜ。


 綾花は、メッセージアプリによれば校庭にいるらしい。外へ出ると、ベンチに綾花の姿があった。


 スマホを片手に何かしているようだ。



「お待たせ」

「あ、お兄ちゃん。今、ちょっとだけアキナのアカウントでつぶやいていたの」



 SNSか。俺も自身のスマホで確認した。



『今日の野良猫だよ~』



 写真付きのつぶやきだった。

 この校庭に野良猫がいたんだ。


「いいのか、こんなリアルな写真を」

「これくらいなら平気だから」


 ちょっと心配だが、猫なら問題ないか。

 極まれに特定するような輩がいるからな。でも、写真を見る限りでは、これで特定は不可能だろう。


「なるほどな。とりあえず、昼飯にしよっか」

「そうだね、お兄ちゃん。はい、焼きそばパン」


 手渡される焼きそばパン。

 ソースが濃くて美味そうだ。


「って、これをどうしたんだ?」

「ここへ来る前に入手したの」

「いやぁ、購買部の焼きそばパンって争奪戦が起きてるじゃん? よく入手できたな」

「実はね、クラスメイトがよく買ってくれるんだ」

「なんだその便利な人。まさか、男じゃ……」

「違うよ~、女の子」


 良かった、女子ならいいか。

 しかし、どちらにせよその女子は凄いな。

 焼きそばパンは人気メニューゆえに、一分で売り切れるという。俺も何度か狙ってみたが、昼休みと同時に消えてなくなっているからな。

 幻のパンとも呼ばれている。


「ありがとう。まさか、焼きそばパンを食べられる日がくるとは」

「わたしもだよ。はい、コーヒーも」


 缶コーヒーまで用意してくれていた。

 これはありがたい。

 今までの俺は昼飯なんて食べてもいなかった。

 親が弁当を作ってくれるなんてなかったし、自分で用意できる資金もなかった。


 だから感動的だった。


 さっそく、焼きそばパンを齧ってみると――美味いッ!


 濃厚なソースがよく絡んでいる。

 それと紅生姜。

 さっぱりしていて美味しい。


 コーヒーを流し込み、更に幸せ。


「こんな素晴らしい昼食を取れるなんて、嬉しいよ!」

「喜んで貰えて良かった。わたしも嬉しいから、そうだ。お兄ちゃん、はい、あ~ん♡」


 食べかけの焼きそばパンを俺の口元に運んでくる綾花。ま、まさか……これは! あ~んもそうだが、間接キス……!

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