第7話 過去
「雨音が並んでる所に居たんだ……アイツが」
颯斗くんの言葉に静かに耳を傾ける。
「アイツは母親を不幸にしたやつで……」
「身勝手なやつで……」
「めちゃくちゃにした挙句に出て行った……」
私は颯斗くんの話しを頭の中で整理した。身勝手な人で母親を不幸にし、めちゃくちゃにして出て行った人。それがアイツ。
その人がイカ焼きのお店の前に居た。その人を見て颯斗くんの様子が変わった。
少しずつではあるが状況を飲み込めてきた。それだけ颯斗くんはその人の事が嫌いまたは苦手な事が分かる。
ふとイカ焼き屋さんの前での光景が蘇る。
「高身長の少し長めの髪に揺るやかなパーマがかかった三白眼の中年男性……」
気づけば思っていた事が口を出ていた。
「……そう、雨音が見たその人が僕の」
コンコン。
ドアがいきなり開いた。大事な話しをしている時に。しかもそこに立って居たのは、あいつ。
「お待たせしました、ドリンクとポテトです」
まさかのまさか。相手も一瞬口を半開きにして驚き、私と颯斗くんを見て会釈をして去っていった。
「なんであいつが居るのさ。しかもタイミングが悪すぎる。颯斗くんが大事な話ししてるのに」
「こんな所で会うとはね」
「なんで金髪ナンパ野郎がここで働いてるのよ」
公園でナンパして来た金髪の男であったが、気まずそうに会釈をして出て行ったその姿を思い出し少し笑いが込み上げた。
「ぷっ」
緊張に張っていた空気がその笑いで和らいだ。やっと颯斗くんの微笑が見れて少しホッとした私がいた。
「話しの続きをしようか、良かったら聞いてくれるかな?」
その言葉に頭を縦に振ると颯斗くんは昔の事を話し始めた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「どこから話せばいいか分からないけど、あの人とは一緒に暮らしてたんだ、数年前の僕が中学三年になるくらいまで」
「昔は大好きな人だった。優しくて頼り甲斐があってかっこよくて」
「中学生になった辺りからあの人は変わり始めた。お酒を朝でも昼でも飲む様になり、家に居ない日が多くなった」
「帰って来たと思えば母親にお金を無心したり、僕の財布からお金をくすねたり」
「そんな事されても僕はまだ許せた、いや……また昔みたいに優しいあの人に戻ってくれるんじゃないかって期待していた自分が居たんだと思う」
「けどあの人はついにしちゃいけない事をした……」
言葉が途切れた。私は次の言葉を発せられるのを固唾を呑んだ。
「……振るったんだ」
「母親に」
「……暴力を」
……。
「暴力を振るいだしたらタガが外れたんだろうね。部屋なんかも荒らす様になっちゃってさ、酷い有様だったよ」
「その酷い荒れように僕は耳を塞ぎたくなったんだ。それでいつしかヘッドホンで耳を覆う様になった」
「この世界の音をかき消すかの様に」
なんて言葉をかけて良いのか私は分からなくなった……。
私はそんなに辛い過去があるとも知らず、その事が原因でヘッドホンをしていたとも知らず、無神経に「少しずつで良いから音を楽しんでみない?」なんて言ってはいけなかった。
辛かったよね、
ごめんね颯斗くん。
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