第6話 駆ける



 彼は手足を震わせ駐輪場の一角で壁を背にもたれ掛かっていた。まるで何かに怯えるように。


 「颯斗くん?どうしたの?」


 「……アイツが」


 アイツと言葉を発するものの、その後の語彙が続いて出てこない。アイツとは誰の事だろうか?何よりこの震えよう。駐輪場から移動しようと話しかけるも返事はなく俯いたまま。


 私は彼の手を取り言葉をかけた。


 「イカ焼き屋さんの先にカラオケ屋さんがあるからそこに入ろう。そこで少し落ち着こう」


 さっきまで口を閉ざしていた颯斗くんの口が僅かに開いた。


 「……通りたくない」

 

 通りたくない?どおして?心の中で自問自答するも、今の颯斗くんにその理由を聞き返すのも理由を話させるのも良くない気がした。


 「分かった、そしたらヘッドホンをして、下を向いたままで良いから私の引いてる手だけを見てついて来て?大丈夫、私がついてるから」


 顔を下から覗くが、黒い猫っ毛の前髪が目を覆い表情が見えない。言葉も返って来ない。

 そっと彼の耳にヘッドホンを当て手を引き駆けることにした。


 「うっし、行くよー!!!」


 私は彼の手を引き駆けた。


 さっきまで居たイカ焼き屋さんを通り過ぎる時に、ふと二人組の男女の内一人の人物に目がいく。高身長の少し長めの髪に揺るかなパーマがかかった三白眼の中年男性に。



 ✳︎  ✳︎  ✳︎



 「いらっしゃいませ、二名様でよろしいでしょうか?」


 「はい、二人で」


 「お時間はどうなさいますか?」


 「二時間でお願いします」



 案内された201号室の部屋はブラックライトがキラキラと光り、壁に描かれたイルカや貝殻などの海の絵をより一層輝かしく映していた。


 「走らせちゃってごめん」


 「……大丈夫だよ」


 お互いに大型モニターの前の席に腰を下ろした。先程よりかは落ち着いている様に見える彼。


 テーブルに置かれているメニューをさらっと開きドリンクを決める。


 「私はコーラかな、颯斗くんは?」


 「僕は大丈夫……」


 「ワンドリンク制だから頼まないとなんだよ〜、どれが良い?」


 「そしたら……同じものを」


 ドア近くの壁に掛けてある受話器を手に取り、コーラを二つと大盛りフライドポテトを注文した。


 「走ったらお腹空いちゃった」


 「……うん」


 落ち着いてきてはいるものの動揺が見える、彼の膝に乗っかっている右手に私の左手をそっと添えた。


 「……ありがとう」


 彼はポツリポツリと話し始めた。




 

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