第5話 記憶

 


 「ごめん、お待たせ颯斗くん」


 「さっき来たばかりだし大丈夫だよ、雨音」


 僕達はあれから時間を問わず、屋根付きベンチのあるこの場所で頻繁に会う仲になっていた。


 「今日はどんな音を楽しもっか?」


 「この前の映画は雨音が爆睡してたから、雨音が眠らないような事にしよう」


 「そ、それはたまたま疲れててだね〜」

 雨音は口を尖らせて言い訳を口走った。


 この数週間で僕達は、色々な所に出掛ける様になった。今まででは考えられないくらいにアクティブに。


 ことの経緯は僕のこの発言からである。


 「音が苦手な部分があって……」


 

 雨音はこの言葉を聞きピンと来たらしい。ヘッドホンをしているのはその事が原因なのではと。ただ雨音はヘッドホンを付け始めた理由などについては、深く聞いてこようとはしなかった。こちらの気持ちを配慮してくれての事だろうか……?


 「ヘッドホンをしてたら嫌な音なんかは遮れると思うし良いアイディアだと思う。ただ……私からしたら色々な音を聞けるのに勿体ない気がしちゃうな〜耳を塞いでるのは」


 「そうだけど……」


 「少しずつで良いから音を楽しんでみない?私も一緒に付き合うし、それでももし、ヘッドホンをするのが良いってなったらその時はその時考えたら良いよ」


 「……」


 「はい、決まり〜」


 「ちょっ、まだ一言も答えてないよ雨音」


 「決め事てのは勢いが大事なのよ勢いが!考え始めたら考えが止まらなくなって動けなくなるでしょ?それなら考える前に動くが鉄則よ」


 その言葉に乗せられて、僕は今まで以上に身体に音を浴びる様になった。


 最初の内は抵抗があったものの、次第に楽しんでいる僕がいた。


 それから雨音との時間はより楽しいものになっていった。


 「──〜い、聞こえてる?颯斗くん?お〜い?」顔の前で雨音が手を左右に揺らし、意識確認をする様に僕に問いかけていた。


 「き、聞こえてるよ。少し考え事してた」


 「そしたら今日はどこ行くって私は言いましたか?」


 「それは……ヒントを」


 「二人だけの密室空間」


 その言葉を聞いた瞬間健全たる男子高校生なら考える人は多いだろうピンクな事を、ただその考えが表情から透けて見えたのか雨音は何考えてんのえっち〜と僕の肩を軽くはたいた。


 「カラオケだよカ・ラ・オ・ケ」


 「分かってるよ、うん」


 「鼻の下伸ばしてたくせに〜」


 そんな冗談を交えながら僕達は駅近のカラオケに歩いて向かった。

 公園から一キロほどの所にある最寄りの駅は週末という事もあり賑やいでいる。日本一長いと言われている商店街が駅から伸びている事もあり、観光スポットとなっていて商店街は食べ歩きストリートなどと呼ばれているのだ。


 「イカ焼きの匂いしない?食べたい」

 

 「確か、もう少し行った右手にあったような……」


 記憶を辿りつつ答えていると雨音はいつの間に隣から居なくなっていた。


 「颯斗くん早く!ここにイカ焼き売ってるよ」


 気づけば五十メートル程先で雨音がこちらに大きく手を振り、はしゃいで居るではないか。


 足早に雨音の居る場所に向かう途中

心臓の鼓動が大きくうねり始めた。

 次第に足行きが重くなり脂汗が込み上げる。気付けば首に下げているヘッドホンを耳に覆い、雨音の居る手前二十メートルの所で右折、ビルとビルの間にある駐輪場へと足が向いていた。


 (なんであの人が……)


 ここに居るはずのない、いや、居てほしくない人の記憶が蘇る──


 

 「んだよこれっぽっちかよ!もっとあんだろ金」


 「ないです、この前渡したじゃない」


 「あんなはした金すぐ無くなるに決まってんだろ!つっかえねーなー!」


 次第に話し声や物音が更に大きく響き始める。ガシャン、ドン、ドン。


 「や、やめて」


 「うるせーな、はな!お前の事だ、ヘソクリでも隠してんだろ」


 僕は自身の部屋でうずくまり、ヘッドホンで耳に蓋をした。


 世界からの一切の音を遮る為に。




 

 

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