第2話 ケース

 

 火曜日の朝、アラームが鳴るも中々起きれず布団の中でうずくまっていると扉が勢いよく開いた。


 「ほら、起きな颯斗!遅刻するよ」


 勢いよく布団を剥ぎ取られ準備するよう促される。


 「大丈夫だって、いつも早めに学校行ってるんだから」


 スウェットから学ランに着替えて、三白眼の目尻を擦りつつリビングに向かうと、ホットサンドメーカーで焼いたハムチーズホットサンドと野菜ジュースが並々注がれたコップが置いてあった。


 「母さん並々過ぎるって」


 「若いんだから沢山野菜取らないと〜」


 野菜とは言うもののほぼジュースだと思うけども、と心の中でツッコミつつ朝ごはんを食べながら母親の方に目を向ける。


 コーヒーを啜りながら猫っ毛茶髪のロングヘアを掻きつつ、パソコンと睨めっこをしている。


 準備が整い玄関に向かうと母親が後ろからにゅっと現れた。

 「そういえば颯斗〜、二年生になってから彼女の一人や二人出来たかな?」


 ニヤニヤと笑みを浮かべながらこちらを見ている事は声のトーンから察する事が出来た。聞こえていない振りを決め込み靴紐を結び玄関のドアに手をかける。


 「いってらっしゃい、気をつけてね」その声には行ってきますと答えて家を出た。


 今日も母親が元気で居てくれる事に心の中では嬉しく思っていた。

 数年前には考えられない事だったから。


 ✳︎ ✳︎ ✳︎

 


 学校に着くといつも通り誰とも会話する事なく一番後ろの窓側の席に着く。耳を覆っているヘッドホンを外す事なく雨の降りそうな空を見上げる。


 (今日も雨が降ったらあの公園へ行こう)


 チャイムが鳴るほんの数分前、教室が慌ただしくなる。皆が遅刻にならないように雪崩れ込んでくる為だ。

 ただ、遅刻とは縁がない為慌ただしくなっている教室に目を向ける事なく外を眺めていた時だった。


 トントン。


 肩を軽く叩かれ振り向くと、そこには額の水滴をハンカチで脱ぐう水元さんがいた。

 

 「おはよう!」


 ヘッドホンをしていたので何を言ってるかは聞こえなかったが口の動きから察するに、「おはよう」と言っていたのではと推測がついたので。

 「おはよう」と一言返した。


 水元さんは満面の笑みを残し席に着いた。

 高校に入学してからおはようと挨拶を交わす事など記憶になかったので心なしか嬉しかった。



 着々と午前中の授業は進み、四時間目終了を知らせるチャイムが鳴る。

 四時間目が終わるとお昼休みの為購買へ走るもの、友人同士で机を合わせ始めるもの、学校を出てすぐのコンビニやファーストフード店やショッピングモールに向かうもの、皆が様々にお昼休みを満喫する。


 僕は母親に作ってもらった弁当を片手に屋上に向かった。

 学校の近くにはファーストフード店やショッピングモールなどがあるため特別屋上はそこまで人で混む事はない。どちらかというと空いている。


 屋上で地べたに座り弁当を広げているとスマホにメッセージが届いた。


 『ごめん、お箸を入れ忘れたのでどうにかして食べてね♡母より♡』


 どうにかしてと言われても、どう食べたら良い訳?手で食べる?それとも鉛筆二本で……頭を抱えていると聞き覚えのある声が聞こえるような。


 「橘くん!橘くん!さては困っておるな〜私が助けてしんぜよう」


 目の前には膝を抱えた水元さんが上目遣いで僕を見つめていた。驚いて後ろにのけ反り尻餅をついた。


 「びっくりしたあ」


 僕の姿を見て満面の笑みで笑っている。この人はいつも突然に現れる。


 「困ってるでしょ?バレバレだよ」


 どうやら頭を抱えて唸っていたらしい、僕自身自覚はなかったが恥ずかしい所を見られてしまった。


 ✳︎ ✳︎ ✳︎



 「なるほど、それで頭抱えてたのね。それなら私お弁当袋に割り箸いくつか入れてあるからあげる」ほれっと割り箸を手渡され有難く頂戴する。


 「ありがとう。この恩は絶対に忘れない」


 「良いって事よ〜、てか聞きたいことがあって橘くん探してたんだ」


 さっきまでの和やかな雰囲気とは一変、神妙な顔つきで水元さんは僕の顔を見ていた。


 「昨日のケースの事なんだけど、

アレを見て何か感じる事や思う事ってあったりした?」


 ケース?特には何か特別に感じたり思った事などはなかったけど、もしかして傷ついたり壊れたりしてたのかな?大事な物って言ってたし。けれど壊れてたりする様な所見は見受けられなかったはずだけど。強いて言うなら……


 「綺麗だなって思ったよ。色鮮やかなピンク色の花柄のケース」


 すると水元さんはふふふと微笑んだ。その顔はどこか安堵したような雰囲気に包まれていた。


 「そう言ってもらえるとなんだか嬉しい。ありがと橘くん」


 その後僕たちは、他愛もない話しをしながら持参したお弁当を食べてお昼休みを満喫した。



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