雨の音がなるほうへ
三久 田
第1話 ヘッドホン
窓に伝う雫は煌びやかに街を眩しく映す。雨の日は憂鬱な気分になるのが普通だろう、普通は。
けれど、僕は雨の日が好きだった。
騒がしい喧騒などをかき消してくれる気がして。
雨が降っている日は、決まって放課後になるとある場所へ向かう。
学校から家に帰るまでの丁度中間地点にあるその場所は、晴れた日には老若男女問わずに賑わっている。
ただ雨の日ともなると晴れている日とは打って変わって、物静かな装いを醸し出している。
そこへ傘を差し歩いて向かった。途中コンビニに寄りお菓子やジュースなどを少し買い込み。
「おし、誰もいない」
人が居ない事を確認し、コンビニ袋を持つ手で小さくガッツポーズをした。
雨が降っていない日であれば、公園内で一番奥にあたる屋根付きベンチのこの場所は、弁当を持ちいって食べている主婦達、コーヒー片手に一休みするサラリーマン、カードゲームで遊ぶ子供達などがベンチを占領している可能性が高い。
けれど雨の日ともなると基本的に無人である。
リュックサックとコンビニ袋をベンチに置き、その横に腰を下ろした。
今まで耳を塞いでいたヘッドホンを首に回し一息つく。ポツポツと雨にうたれる目の前の池をぼーと眺め、ペットボトルジュースの蓋を開けた。
この場所は心落ち着く、周りで話す人なども居なければ物々しい車やバイクなども通ることもない。
目配せする事なくコンビニの袋を弄ろうとした時、少し硬い何かが指に当たった。
「ん、なんだろこれ」
コンビニ袋を置いていた所に、ピンクの花柄を模したメガネケースのような物が置いてあった。
ケースを開けてみるとクッションが引かれているだけで特に何も入っていない。誰かが忘れた物だろう。
「
大きな声がこだまする。気のせいだろうか、名前を呼ばれた気がしたのは。
「二年一組橘颯斗!!!」
間違いではない。明らかに僕の名前を呼んでる人が居る、誰だろう。視線を移すと、黒髪ロングヘアの目鼻立ちパッチリの小柄な女性が、スクールバッグを肩に引っさげてこちらに向かって来るではないか。
「おーい、聞こえてる?」
同じ高校の制服を着ているので、同じ学校だという事は予測はつくのだが、どうも頭の中に名前が出てこない。
「ど、どちら様ですか?」
「どちら様って、嘘でしょ?
私の事知らないとは言わせないよ。
水元……雨音?と首を傾げていると脇腹を小突かれた。
「同じクラスの!!!」
そう言われてやっと思い出した。
明るくて愛嬌がありクラスでも目立った存在の女子だったはず。
「あ〜」
「あ〜じゃないよ、四月も終わりに近づいてるのにクラスメイトを思い出せないなんて」
少しほっぺを膨らますと向かいのベンチに水元さんは腰掛けた。
何か用でもあるんだろうか?こんな雨の日に、わざわざここのベンチまで来て。
水元さんは僕の手元に目をやる。
「実は今朝忘れものしちゃって、橘くんの手に持ってる物」
「あ、これ水元さんの?」
ケースを手渡すと、うんと頭を縦に振り頷いた。どうやら今朝来た時に忘れてしまったみたいだ。
「ベンチに置いてあったよ」
「ありがとう。大事な物だったからほんと焦ったよ。とは言っても放課後まで気付かなかったんだけどね」
ぺろっと舌を出しておちゃらけてみせた。
しかし、新学年になってまともに言葉を交わしたのは水元さんが初めてかも知れない。記憶を振り返っていると水元さんが話し出した。
「橘くんいつも授業中以外はヘッドホンしてるから、ヘッドホンしてない橘くんてレアだね。どうしていつもヘッドホンをしてるの?」
なんて答えたら良いのだろう。騒音や周りの雑音が気になるなんて言ったら失礼だろうし。中々問いに当てはまる答えが見つからない。
答えをしぶっている僕を見て水元さんは気を利かし話しを切り上げた。
「ま、話しづらいこともあるよね。
そだ、良かったら連絡先交換しない?」
「あ、うん」
「電話番号教えて」
スマホの電話番号を表示し見せると、水元さんは本人のスマホで何やら操作をしている。
次の瞬間僕のスマホが鳴った。
「それ私の番号だから登録しといてね、それじゃまた明日学校で」
まるで嵐のように水元さんは傘を差して去っていった。
中学生から持たせてもらっているスマホには、初めて母親以外の女性が登録された。
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