第2話 まずはここから

 飛び込んだ先で私は光に包まれた。小さい頃、お母さんに抱きしめられた時みたいな温かさがあった。

「着いた…」

 私の眼前に見えたのは、空から注ぐ太陽の光を様々な色へと変えていく数多なステンドグラス。そして謙虚ながらも荘厳な雰囲気を醸し出している装飾、所々塗装が剥がれた木製の椅子達が規律を守りながら並んでる。

「わぁ…」

 初めて感じる新鮮さ。さっきまで感じていた退屈や怠惰な心が全部吹き飛んだ。

 私の後ろからルーサーさんも飛んできた。服に付いた埃っぽいモノを両手で軽く払って、ゔぅんと喉を唸らせた。

「ようこそ、ここが魔法教会。ここで上位者達を倒す用意を整えようか」

「用意って言っても何を?」

「そうだな…とりあえず助っ人を呼ぼう」

 ルーサーさんは手を開いて、二回手を叩いた。私たち二人しかない教会の中で力強く反響していく。すると私たちから見て左手にある扉が静かに音を鳴らしながら開いた。

「来たか!…そして君がニニさんだね?」

 顔にシワが刻み込まれた一人の老人がそこから現れた。見た目はルーサーさんっぽい。服装も顔立ちもどことなく似てる気がする。その老人が私たちに向けて手で招くようなハンドサインを見せた。私の手をルーサーさんが優しくとった。

「怖いと思うけど、行こう」

「はいっ」

 怖いって言われたけど、私そこまで恐怖を感じてなかった。どちらかといえば…好奇心の方が強かった。手を引かれながら、扉の先に現れたのは石で出来た地下へと向かう螺旋階段。足元が横の窪みから覗く火の魔法によって照らされていた。「慎重にね」ってルーサーさんが声をかけてくれた。そんな弱くないし私。しばらくその階段を下って行くと、人がかなり収容出来そうな部屋へと辿り着いた。

「広い…」

 語彙力無いなぁ。それぐらいしか言えないぐらい広かった。天井には様々な形をした照明が私達を照らしていた。丸だったり四角だったり、三角だったり星だったり…。

「さて、私の名前は…ウルガヌ•ウーナ、そこにいるルーサーの実の祖父だ」

「ルーサーさんのおじいちゃん…」

 とりあえず、ウーナさんね。忘れないように頭の中で何回も反芻する。そんな私をよそにウーナさんは話し始める。

「封殺体…それは名の通りの役目、上位者をその肉体に封じて殺す。此度の番は君に廻ってきたのだ」

「は…はい!」

「上位者は今より何百年前に天から地へと降り立った調律者。人間によって終末を迎えたこの世界を救ったが…その後は今だ。世界は上位者により狂いはじめた。十二柱の半は死に、残る六柱の内二柱は我らに友好派、残る四柱は敵対派、故に…ニニさんよ貴女に頼みたい。奴らを…封殺してくれんか…?」

「え、ぁ、えと…や、やります!!」

 何言ってるのか全然分かんないよ〜!!!

 つまり四柱残ってるのを私が封殺?すればいいんだよね!?ルーサーさんに私は助けを求めるような目でじっーと見つめる。

「じいちゃん、ニニさん困惑しちゃってるよ、僕が分かりやすく説明してもいいかな?」

「構わん、むしろ頼む」

 ウーナさんごめんなさい。

「あぁ、上位者は本来十二柱いるんだ。その内の半分は死んでる。だから六柱倒せば終わりなんだけど…その中で僕達人類と友好的なのが二柱いるんだ。だから倒すのは四柱だけでいい」

「分かりましたっ」

 ちゃんと理解できてたんだな私。自分自身に感心しているとルーサーさんが思いがけないことを口走った。

「ちなみに友好的な上位者はここ、魔法教会にいるよ」

「へ〜ぇ〜…え?」

 い、いるの?ここに?この教会に?

「上位者のこと封殺する前に知識をある程度入れといてほしいんだ。だから下準備しつつ本物の上位者からお話聞いてみようか」

「なんか恐れおおいですー…」

「大丈夫だよ、上位者かのじょは優しいからね」

 彼女?その言葉に引っかかりながらも、この空間の一番奥にある厳重な扉が目に付いた。木製の大きな扉、そこに金属で出来た幾つもの留め具、ウーナさんが魔法を唱えながらその留め具を一つずつ外していく。私達の周囲から錠が外れていく音が聴こえ始める。無機質な音が部屋の中で響いていく。ルーサーさんの方をふと見ると、さっきまで何も無かった所にカラフルな液体が入った瓶や試験管とかが現れていた。棚や机、入れ物や小道具たちが列を成して床や壁から這い出てきていた。私が今まで習ってきた魔法の更に応用を効かせたモノなのだろうと納得しかけていたその時、ウーナさんが扉の留め具を全て外しきっていた。

「開くぞルーサー!」

「えぇ!」

 二人の声が聞こえた。そう感じた時に私の前に突風が吹いた。髪や服がその風の勢いのままはためいていく。少しだけ身を屈めた私の前にはソレが立っていた。白い装束、か細い手足、顔は私達人間と似ていた。ただ目の瞳孔が楕円っぽい丸じゃなくて、十字状になっていた。向こう側まで見えそうなぐらい透き通った髪が靡いているのを見て、私の心が満たされた。

「…我!上位者が一柱!フラシュピネウ=ヴァイツィ!そこの可憐な少女!」

 見た目の割に声がすごいおっきい。

「っはい!!」

 今出せれる最大の音量で私は応える。

「…ビビった?」

「ぜ、全然…」

「あるぇ…?大体これでみんなビビるのにー…胆力あって素晴らしぃ!」

 もしかして試されてた?ここで怖気ついてるようじゃ上位者の前にすら立たないってみたいなこと言うつもりだったのかな。

「ちょっと手、貸して」

「はいどうぞ!」

 私の前に差し出された小さくて細い左手、それに合わせるように私は左手を言葉の勢いのままに差し出した。そういえば名前覚えれなかったけど後で教えてくれるかな?そう思いながらも、ヒンヤリとした指が私の手に絡みついてきた。弱く握ったり、たまに痛くない程度で強めに握ってきたり、手の平や手の甲を撫でたりしていた。

「んぅ…我の魔力しっかり吸ってきてる。正真正銘の封殺体だな!」

「それならよかったです!」

 手が離れた。視界に映ったその笑顔が私からしたら太陽のように煌めいてみえた。その横でルーサーさんが瓶に蓋をしながら私達の方に歩いてきていた。

「ニニさん、こちらが上位者のフラシュピネウさん」

 ルーサーさんが微笑みながら私に目を合わせてくれた。ここで私は初めて会釈をした。首から曲げる感じのやつをね。

「呼ぶ時フルネームじゃなくても大丈夫さ」

「そうだぞ、フラちゃんとかでも我怒らん。人間のそういったあだ名というのは良いモノだからな」

 鼻高々しく喋るってこんな感じなんだなぁっていうのをここで学べた気がする。見た目の割に元気なんだ。

「ならフラちゃんで呼んでもいいですか?」

「うむうむ良いぞ!別に他人行儀でもなくて良い!喋ったら友達、みたいなモノだからな我は」

「はーい」

 気が詰まるような空気から一変していた。フラちゃんって上位者にしてはフランクで明るい。さっきも思ったけど見た目のわりにはって感じがすごいする。

「よし!それでは我直々に上位者について情報をやろう!まずはここからだぞ!」

 魔法の扉を通ってからまだ一時間も経ってないのに、まずはここからっていう初歩の初歩なのに私の心は軽く疲弊していた。けど、封殺体っていうのに私は選ばれた。遠のきかける意識を持ち直して、フラちゃんに視線を鋭く向ける。それを見ていい目付きって言わんばかりに口元がにやけていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る