第25話 クーデター決行!

 身支度を整え朝食をとっていると、執事が報告に来た。


「旦那様、おはようございます。近衛隊、その他の王城守備兵ともに異常な動きは報告されておりません。重臣の方々についても、秘密の会合や警護兵の増員等、不審な動きは何一つございませんでした」


「そうか、ご苦労」


 俺は執事を下がらせた。万事、順調にいっている。内戦ではなく王宮クーデターのシナリオで上手くいくだろう。


 俺はいつものように馬車に乗り込み、王城に向かった。


 俺は馬車の中で揺られながら街の雑踏ざっとうを眺めていた。ブタイッシュ剣技魔術総合学園を卒業した時、謁見えっけんの間で王から表彰されたことを思い出した。


 あれから3年。当初は5年で王位を簒奪さんだつする予定だったが計画は大幅に前倒しとなった。この国の重臣たちが俺の想像以上に無能で堕落していたからだ。


 まあいい。あんなボンクラどもと、取り繕った澄まし顔で貴族付き合いをする無駄な時間は、短ければ短いほどいい。これからあいつらは俺に対し臣下の礼を取り、随喜ずいきの涙を流しながら俺の靴を舐めることになるのだ。


 スザーナ王女は3年経って多少色気づいてきたが、食べごろにはまだ早い。婚約者としてキープしておいてやろう。俺は婚約の証として、あの夢見がちな乙女に惨劇さんげきのトラウマをプレゼントしてやるのだ。きっと毎晩、まぶたの裏に血の海が広がって眠れなくなることだろう。


 俺は自分の両手を見つめた。ゲンゴリーを手に掛ける瞬間を想像し、今から興奮した。


 あいつはこれまで、理解のある主人面をして俺に接してきやがった。恩着せがましいったらありゃしない。だが、目をかけてやった臣下に裏切られる瞬間、あの男はどんな顔をするのだろう。それを考えると、これまでの俺の苦労も報われるというものだ。


 俺は独り言を言った。


「支配者として必要なもの――それは獅子の獰猛どうもうさと狐の狡猾こうかつさだ。ゲンゴリーはそれ持ち合わせていない。つまりは統治者失格。資質のないものが王座に居座ること自体が国家と臣民に対する罪。だから、俺が国家のためにわざわざあいつを葬ってやるのだ。この国の貴族と下民どもは俺に感謝することだな。くっかかかかかっ」


 俺は王城の「謁見えっけんの間」に入った。ここに来るのも久しぶりだ。俺は謁見の間をしげしげと眺めた。


 謁見の間はごく低い階段で分けられた3層の間となっている。


 まず低層に当たる部分が、重臣を含む一般家臣たちのスペース。そこから5段の低い階段を上った中層に当たる部分が王族専用のスペース。さらにまた、そこから3段の低い階段を上がった上層が国王・王妃のスペースとなる。


 出入口は2か所。1か所は王族側の場所の左側後方にある。これは国王を含む王族専用の出入り口だ。もう1か所は低層にある一般家臣用出入口である。


 謁見の間は厳重に警護されている。いや、過剰にというべきか。


 2つの出入口は特別衛兵が扉の内外を固めている。部屋の内部も3メートルおきに、部屋を取り囲むように特別衛兵が配置されている。さらに低層と中層を分ける階段、中層と上層を分ける階段にはそれぞれ両側に特別衛兵が配備されている。国王と王妃の両横も特別衛兵が警護にあたっている。 


 特別衛兵たちは一見、王家の人間を守っているように見える。しかし実際には王族どもを袋の中のねずみとするために存在しているのだ。


 そう、一匹たりとも取り逃がさずに俺の剣の餌食えじきとするために。 


 10:00になった。出席者は全員揃った。国王と王妃も特別衛兵に先導されて入室し、王座に座った。スザーナ王女は王妃の横にある椅子に座った。他の王族と重臣は全員起立している。


 スザーナは本来ならば中層の王族スペースにいるべきだが、国事の経験が浅い王女のことを王妃が心配して、自分の横に座らせるよう訴えたのだ。もちろん俺に異存はない。惨劇を特等席で拝ませてやることができる。


 いつも柔和な笑みをたたえている国王も、今日はさすがに厳粛げんしゅくな顔をしている。王がよく響く威厳のある声で言った。


「諸君、今から緊急拡大会議を開催する。全王族と重臣の叡智えいちを結集しなければならない重大案件とのことじゃ。エリンドン大公よ、本日の議題を申してみよ!」


 俺は重臣たちの前へ進み出て国王と相対あいたいした。そしてうやうやしく一礼した。臣下として接するのはこれで最後だ。


「本日の議題を申し上げましょう。それは――」


 俺は人生で最高のキメ顔を作った。そして、おもむろに言った。


「ゲンゴリー・ブタイッシュの処刑、およびサイネル・エリンドンの国王即位について」


 俺の声の響きは禍々まがまがしさに満ちていた。


 俺はゆったりと剣を抜いて構えた。


 重臣と特別衛兵たちも一斉に剣を抜いた。


 デンゼーリ神殿の惨劇が再び繰り返される。


 ……


 ……


 ……



 はずだった。


 重臣と特別衛兵たちが俺を取り囲んだ。宰相ショールマン公爵が怒声を上げる。


「逆賊サイネル・エリンドン!貴様を国王弑逆しいぎゃく未遂および国家反逆罪の容疑で捕縛ほばくするっ!!」


 ここに俺の芸術的な謀略劇は失敗に終わった。


 一瞬、雷のごとき怒りが脳天を突き抜けた。だがすぐに冷静さを取り戻した。悲観することなど何もない。策が不発に終わったなら、個人ステータスでごり押しすればいいだけだ。


 俺は貴族としての仮面をかなぐり捨てた。そして本性を現した。


「かっかっかっかっかっ……てめーら、土壇場どたんばで俺を裏切りやがったな。貴様らがそれほど王への忠義に厚かったとは知らなかったよ。いや、身の程知らずの愚か者というべきか……。せっかく生かしておいたうえに、王家の財産の分け前までくれてやろうと思ってたのにな。まったく残念だぜ」


 俺は山賊の親玉のような凶悪な人相となって言った。


「いいだろう……てめえら、そんなに死にてーか。お望み通り全員、ぶっっ殺してやるよおっ!俺の剣の餌食にしてやる。全員まとめて血祭りにあげてやるぜえっっ!!!」

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