第24話 決行前夜にメイドと寝る

 俺は王都内にあるエリンドン家の邸宅に戻った。


 この屋敷も今日はどこか空気が物々しい。エリンドン家の警護兵をいつもより増やしているうえに、火炎系魔術師と野盗上がりのチンピラを多数雇っている。すべてひっくるめて300人ぐらいになるだろう。


 もちろん300人程度で王城を攻撃するなどという暴挙に及ぶつもりはない。


 こいつらは不測の事態に備えるためだ。例えば今この瞬間にも、コニウェル子爵が国王に対して、王太子を殺めたことと謀反むほんへの加担を強要されたことを泣きながら訴え出ているかもしれない。


 王城に出仕する兵士や従僕、侍女たちの中にはエリンドン家の息がかかった者がいる。近衛隊に不審な動きが見られたらそいつらが急報して、野盗崩れが各地で暴動や強盗、襲撃を行い、火炎系魔術師が各所に火をつける手筈てはずとなっている。


 つまりこうだ。王都オンドンの治安を攪乱かくらんする。混乱の中で出入り口を守る門兵を殺して王都を脱出。そして、エリンドン大公家の領地に戻り挙兵する。もちろん挙兵の名目は国王への反乱ではなく「奸臣かんしんである宰相と近衛隊長の追討」ということにする。戦争のどさくさに紛れて国王を殺せばいい。


 この場合、王国は本格的な内戦となる。なるべくなら避けたいシナリオだ。いくら俺が無双の英雄だといっても、軍事力の勝負になれば勝敗はどう転ぶかわからない。政権の正統性は国王側にあるのだ。


 いや、俺には兵力差をくつがえすほどのチート個人能力がある。9割がた俺が勝つだろう。だが勝利しても、内戦で荒廃した王国の経済を再建する手間が増える。俺にはちまちまと内政をやっている趣味はない。


 やはり王宮クーデターに成功し、無傷でブタイッシュ王国をそっくりそのまま頂戴ちょうだいするのが最良のシナリオだ。


 寝室に入ったが、さすがに今日はすぐには寝付けない。俺はワインのボトルを開けた。


 ワインを飲みながら思った。どんな高級な酒よりも美味い酒がある。それは完璧な悪をなすことだ。実際俺はトバチランド王族を殺戮さつりくしたとき、どんな女との情事にも勝る最高の精神の高揚こうようを感じた。


 この国において、どんな大貴族でも絶対に許されることのない大罪、それは王族を殺害することだ。国王弑逆しいぎゃくという最悪の大罪。それを万民が承認する形で行えば完璧な悪の完成だといえる。


 これから俺がやろうとしていることは、そう――悪の芸術だ。


 扉の向こう側に人の気配がした。甘さを含んだ押し殺したような吐息が聞こえる。刺客であるはずがない。


 俺は扉を開けた。


「……ノーラ、勤務時間外に主人の部屋の前でこんなことをしているとは……。いけないメイドだ」


「申し訳ございません、ご主人様。わたしは、はしたないメイドです。でも体の中心が熱くて止まらないのです」


「そうか……その熱は無理にしずめようとすると余計に激しく燃えることになる。私が手伝ってあげよう。入りたまえ」


 俺の腕の中で、ノーラは激しく情欲の炎を燃やした。終わった後、ノーラが言った。


「ご主人様、わたし何だか怖いのです。最近お屋敷でも見慣れない顔の方が増えましたし……」


「心配するな。念のため警護の兵を増やしただけだ。なにしろ私はトバチランド残党から恨まれている。ブタイッシュにも俺のことをねたむ貴族は多い」


「わたし信じています。もし、このお屋敷が襲撃されることがあっても、ご主人さまが必ず守ってくださるって」


「その通りだ。私はこの世界で最強の男だ。たとえ何千人で襲撃してこようとすべて返り討ちにして見せるさ」


「頼もしいです」


「ああ、サイネル・エリンドンには勝利以外はあり得ない」


「……あの、明日の夜もお願いしてもよろしいですか?」


「いや、駄目だ。明日は重要な仕事がある。帰るのも遅くなるだろう。……そうだ、ブタイッシュ王国の運命を左右する重大な仕事だ」


 いや違う。俺がやろうとしていることは、ブタイッシュ王国どころではなくこの世界の運命を左右する仕事だ。俺はこの国を奪い取ったら、ただちに大幅な軍備増強を行い近隣諸国の征服戦争に乗り出すつもりだ。


 クーデター成功によって、どこか牧歌的なこの世界は戦争・虐殺・粛清・暗殺・密告・拷問・処刑が横行する暗い恐怖政治の時代へと変貌へんぼうするだろう。そしてその時代を作った張本人である俺が、聖なる王として貴族と民衆に未来永劫たたえられることになる。


 俺はこの世界で自分のやってきたこと、やろうとしていることが正義などとは1ミリも思ってはいない。悪そのものだ。だが明日を境にこの世界の正義と悪の価値観は逆転する。悪が正義を乗っ取るのだ。

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