第20話 宰相を謀議に引き込む

 俺は重臣たちに対する根回しを本格化させた。実際には執事が俺の意をたいして各重臣の懐柔かいじゅうに動いている。


 執事が報告に来た。


「ほとんどの重臣たちは簡単に話に乗ってきました。『今の地位と領地を完全に保証します。さらに王家直轄領の分配に加えエリンドン家の利権をお譲りしましょう』と持ち掛けましたところ、外務卿、兵部卿、民部卿、尚書しょうしょ卿、司法卿の5人があっさりと我々の謀反むほん計画に参加することを了承しました」


「そうか、よくやった。こうも簡単にいくとはな。薄々わかってはいたことだが、重臣たちは腐敗と堕落の極みだな」


「ただしまだ、副宰相、民部卿、魔法卿が反逆の謀議ぼうぎに加わるのを拒んでいます」


「大した問題ではない。副宰相は大の家族思いだ。あいつの妻と娘が旅行中だから山賊を使って拉致しておけ。家族を人質にとって脅せば必ずこちらにつく。ついでにあいつの末のドラ息子が国王不敬罪で投獄中だ。俺につけば解放してやると持ち掛けろ」


「かしこまりました。ただちに手配いたします」


「それと大蔵卿か……あいつはケチで財産への執着が強いからな。多分謀反への参加を渋るふりをして要求を釣り上げているだけだろう。あいつは不動産王気取りで各地に邸宅を持っているらしい。うちで火炎系の魔術師を何人か雇っていただろう。そいつらを使って、あいつの持っている邸宅で同時多発的に小火ぼや騒ぎを起こしてやれ。財産を焼失するか俺から利権をもらうか、すぐにどっちが得か計算して謀反への参加を申し出てくるだろう」


「おっしゃる通りでございます。すぐに秘密裏に火炎系魔術師を出動させます」


「あとは魔法卿か。あいつは小心者だから国家反逆という大罪に怖気おじけづいているのだろう。嫌がらせに腐敗した魔物の死骸でも庭に捨ててやれ。それでも参加を渋ったら、俺が門番の数人か魔法省の下っ端役人でも殺して生首を庭に投げ入れてやろう。それで恐怖心から俺に逆らえなくなるだろう」


「おっしゃる通りでございます。さっそく、当家で飼っている野盗崩れのチンピラを使って魔物の死骸を運ばせましょう」



 結果は上出来だった。執事が持ってきた決起趣意書には宰相と近衛隊長以外のすべての重臣たちの名前が書かれていた。


 後は宰相のサイドエル・ショールマン公爵だ。こいつは俺が直接出向く必要がある。何しろ仮にも国政を預かる身だ。他の重臣のように簡単にこちらになびくとは限らない。


 俺は宰相の邸宅を訪れた。


 ブタイッシュ王国宰相・ショールマン公爵はにこやかに言った。


「これは大公殿、よく来てくださいました。ちょうど上物のワインが入りましてな。今つまみを持ってこさせます。まあ、ちびちび飲みながら話しましょうか」


 まったく呑気のんきなものだ。俺は義理でワインをほんの一口飲んだ後、冷静な表情で淡々と言った。


「我々は現国王ゲンゴリー・ブタイッシュを廃し、新たな王朝を創始する予定です。こちらがその計画に同意している重臣一同となります」


 俺は決起趣意書を見せた。宰相の顔が見る見るうちに青ざめた。


「いっ……いきなり、なっななっ、なんの冗談ですかな、やめてくだされ……し、心臓に悪いですぞ」


「宰相閣下、口が裂けても冗談でこんなことを申しません」


 宰相がガタガタと震えながら言った。


「……しっしかし、大公殿は国王陛下の信頼が厚い寵臣ちょうしん。貴殿ならば放っておいてもいずれ次代の宰相になれるはず。なぜこのようなことを……悪いが、気が触れたとしか……」


「すべては国を愛するがゆえの行動です。我が王国がトバチランドを侵略したことにより近隣諸国との関係が悪化しています。さらに増税で民の不満もたまっている。ブタイッシュに敵意を持つ国は民の不満をあおり立て、反乱を起こさせようと画策しています。いずれ大規模な戦争が起きる。お人好しな今の国王にこの国難を乗り切れるでしょうか?私のように超人的な個人能力と軍事力、民衆の人気を兼ね備えた人間が身をていして救国に乗り出すしかないのです」


 宰相はうめいた。 


「しかし、私に陛下を裏切れとは……」


 「宰相閣下、私も覚悟を決めています。私の武芸と魔力のステータスはご存じでしょう?ここまで打ち明けた以上、あなたが拒否するならば殺すしかない。もちろん家族や従僕も含めて抹殺します。しかしあなたがこの謀略に加担すれば、宰相としての地位も公爵の爵位も、もちろん領地も財産もすべてそのままです」


「うぐぐ……少し考える時間を……」


「あなたの考えはわかっています。今この場をやり過ごし、後で国王に密告しようというおつもりでしょう。しかし密告しても無駄です。そうなったら恐らく国王は追討部隊を私の屋敷に差し向けるでしょう。しかし私は最強の人間。そして国王がすぐに動かすことができる近衛兵の数は知れている。私はすべての追討部隊を返り討ちにする自信があります。はったりではありません。私の攻撃魔法の破壊力はお聞き及びのことと思います」


「……確かに、トバチランド軍を一人で壊滅させるほどの威力とは聞いている……数万人の兵士が相手ならともかく、近衛隊の一部隊程度であれば貴殿なら全滅させるかもしれん」


「そうです。私にとっては簡単なこと。そしてエリンドン大公家の領地に戻り挙兵する。決起趣意書に名前を連ねる各重臣たちも国王は粛清しゅくせいせざるを得ないでしょう。もちろん重臣たちもそれをわかっているので、それぞれ王都を脱出し領地に戻って挙兵する。王国は内乱によって崩壊し近隣諸国に蹂躙じゅうりんされる。いずれにせよブタイッシュ王家は滅亡します」


 俺の顔は無表情でありながら美しく、冷たい眼が冴えた光を放っている。


「国難に対処するのは我々上級貴族の責務です。国家と民を救うためには宰相閣下の力が必要です。さあ、私の決起趣意書に署名し愛国の勇者となって下さい。さもなくばここで死体となるか」


 宰相は苦しそうに言葉を吐き出した。


「わかった……その決起趣意書に署名しよう」


 決起趣意書に一つの名前が加わった。


「ショールマン公爵、礼を言います。ともに手をたずさえて新しい国を作っていきましょう。あなたと私は運命共同体だ」


 もう俺はこの男のことを「宰相閣下」とは呼ばなかった。決起趣意書に名前を書いた瞬間に、こいつは俺の配下も同然となったのだ。

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