第19話 部下の妻を寝取る

 俺は再びキルゲーン子爵邸を訪ねた。キルゲーン夫人は丁重に面会を断った。


「何度来ていただいても同じですわ。私とあなたがお話しする理由がありませんもの」


 今回は強気に話を続けた。


「いえ、それがあるのです。貴女の夫、キルゲーン子爵の件です。国政の機密にもかかわることです」


「……私に国政のことなどわかりませんが、立ち話で済む内容でもなさそうですね……わかりましたわ。お話だけは伺います。狭い屋敷ですがお上がりください」


 メイドが紅茶を運んでくる。俺は一口飲むと話を切り出した。


「キルゲーン子爵のヘンキロン島守備隊長左遷の真相をお話しします。表向きには守備隊長として赴任していますが、実際にはヘンキロン島に幽閉されているのです」


「幽閉、ですか?そのような罪を夫が犯したのでしょうか?」


「トバチランド戦争の時の話です。キルゲーン子爵は部下想いの方。陛下からの勅命があるにもかかわらず、子爵はトバチランドの貴族との交渉を試みました。犠牲を減らしたいと考えてのことでしょう。それが国王陛下の逆鱗げきりんに触れ、敵との内通の疑いをかけられたのです」


 俺は紅茶をもう一口飲んでから続けた。


「とはいえまだ疑いの段階、陛下もどのように対処すればよいか迷っておられる。しかし、トバチランドでの反乱に子爵が関与している可能性もある。放置はできない。そこで名目だけの守備隊長として遠ざけて、事実上の幽閉状態としているのです」


「……そういう話でしたら私にできることなど何もないですわ」


「いえ、貴女は以前王妃様の下で女官として王宮に出仕していた経験がある。貴族や役人の中には生真面目なキルゲーン子爵を煙たく思い嫌っている人も多い。そういう中で彼の帰還を実現するには王宮の女性たちの有形無形の力が必要なのです」


「私には大した伝手つてなどありませんし、お役に立てるとは思えませんが……」


「そんなことはありません。なにしろ王宮の女官たちのことは国王軍特別情報官である私にとっても立ち入ることのできない魔窟。しかし貴女はその美貌と立ち振る舞いで多くの淑女の憧れとなっている。貴女は今でも王宮の伝説だ。美しさだけでない、貴女は知性と感性を備えている。そもそもキルゲーン子爵の件の真相を打ち明けたのは、貴女の真実を見通す力を信頼してのことです。貴女の話なら耳を傾ける女性も多い。貴女の力が必要なのです」


「私にそれほどの力があるとは……でも今でも仲良くしている女官はいますわ。お互いに持っている情報を共有しあえば夫を助けることにもつながるかもしれませんわね」


「そうです。私たちが会うことには意義があるのです。ただしくれぐれも内密に話を進めなくてはいけません。なにしろ一歩間違えば我々も陛下のご不興を買うことになる」


「わかりましたわ」


 こうして俺はまがい物のキルゲーン救出作戦を立案するために何度も子爵邸を訪れた。


 何度か会っているうちに俺たちはだいぶ打ち解けてきた。そして俺は確信した。やはり彼女は夫の救助にそれほど興味を抱いていない。今では彼女は俺と会うことの方を楽しみにしている。夫の救出作戦はただの口実に過ぎない。ならば、あまり悠長に事を運んでいる暇はない。そろそろ仕掛けるか。俺には魅了魔法がある。彼女に一瞬の隙を作ってやればいい。


 ある日、フリシアが言った。


「今日はお天気もいいことですし、庭でお話しませんか?」


 子爵夫人は俺を庭園に案内した。夫人がテーブルに紅茶とケーキを並べる。庭園は花々がきれいに咲き誇りまるで美しい絨毯じゅうたんのようだった。


「よく手入れされた美しい庭だ」


 俺は思わずつぶやいた。


「ありがとうございます。夫は花なんかには興味がありませんから」


 彼女の心の内にため込んだ、キルゲーン子爵への不満が漏れだしたように思えた。


 いくつか雑談を交わした後、俺は真剣な表情で言った。


「私はヘンキロン島へ行かなければなりません」


「そんな怖い顔をして突然に何をおっしゃるの?まさか兵隊を引き連れて夫を救出しようとお考えでは……」


 フリシアの顔に不安げな表情が浮かんだ。


「いえ、私はキルゲーン子爵を助けたくはない」


「ではなぜ……」


 彼女の不安げな顔に、一瞬だけ好奇心と期待感が表れるのを俺は見逃さなかった。


 俺は言った。


「私がヘンキロン島へ行く理由。それはキルゲーン子爵と決闘を行うためです。そして貴女にその結末を見届けていただきたい」


「……話が急すぎてついていけませんわ。なぜあなたが夫と決闘を?それにあなたは国王陛下の信頼の厚い重臣。そんなことをすれば王都にいられなくなるのでは?」


「決闘する理由ですか……それはキルゲーン子爵を憎んでいるからです」


「なぜ、あなたがあの人を憎むの?」


「それは貴女の本当の価値を理解していないから」


「私の本当の価値……」


「そうです。貴女のような圧倒的な美を前にしたら男は破滅することになろうと愛を貫かなければならない。しかし、キルゲーン子爵はあなたを残しおめおめとヘンキロン島に行ってしまった。私ならばそうはしない。勅命といえども拒絶し、貴女と駆け落ちする道を選ぶ」


「そんな……そしてあなたはそのためにヘンキロン島で夫と決闘すると……」


「その通りです。人妻をめぐってヘンキロン島で決闘を行ったとの話が陛下の耳に入れば、いくら私でも許されることはない。すべての地位を解任され王都から追放されるでしょう。いや、大公としての爵位と領地まで失うかもしれない……それでも真の美の価値を知るものは、自らの身を捧げて美に対する敬意を示さなければならないのです」


 ここでいったん区切り、俺はフリシアを見つめた。


「私はすべてを失ってでも貴女が欲しい」


 子爵夫人が見つめ返す。今だ、魅了魔法を使うならここしかない。どんなクサい台詞せりふも俺のチート容姿と魅了魔法があれば最強無敵の武器だ。


 フリシアの表情を見れば効果は明らかだった。彼女は言った。


「それほどまでに私の価値を認めてくださるなら、力ずくで奪って……」


 俺は子爵夫人を押し倒した。彼女は心身ともに俺を受け入れた。


 フリシア・キルゲーンが喘ぎながら言った。


「……あなたがヘンキロン島で決闘するという話を聞いた時……私は夫が負けて死ぬことを願ってしまったわ……私は悪い女……」


「貴女が悪い女ならば私は悪い男です。世界一お似合いだ。二人で地の底までちましょう」


 言いながら、俺は心の中で別の言葉をつぶやいた。


(悪いな、フリシア・キルゲーン。俺が悪い男なのは本当だが、地の底に堕ちるのはお前だけだ。俺は頂点に上り詰める。ブタイッシュの、この世界すべての頂点に――)

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