第17話 闘技場で水龍と闘う

 俺はエリンドン家の財力を挙げて王都オンドンに闘技場を建設した。いや、大昔に使われなくなった闘技場を大々的に修復したと言った方が正しいか。ちなみに教会の高位聖職者に多額の献金を行い、魔物との闘いならば教義に反しないとのお墨付きをもらっている。


 今日は完成披露ひろうを兼ねて魔物との闘技の初戦が行われる。客の入りは大盛況。なにしろ場外の入口前では軽食がタダで提供されている。パンや焼いた豚や鶏を使った料理が食べ放題だ。闘技場内で飲むビールだけは有料だが。


 もちろんこれらの費用はエリンドン家の持ち出しだ。俺が国王になったら下民どもからたっぷり搾取さくしゅすることになる。このくらいの投資は惜しくない。



 場外で待っていると、王太子のオーター・ブタイッシュが国王の代理として来場した。


「これは王太子殿下、ようこそお越しくださいました」


「君と僕との仲じゃないか。かた苦しい挨拶は抜きにしよう。しかし君が招待してくれて助かったよ。何しろ王宮というところは窮屈でね」


 それはそうだろう。オーター・ブタイッシュ王太子は現国王であるゲンゴリー・ブタイッシュの実子ではない。国王は早世した兄である前国王の子供を幼少期に引き取り、実子同然にかわいがって後継者としたのだ。王太子とはいえ実子でない分、王宮では何かと気を使うことも多いのだろう。


 お人好しの王太子は俺に友情を感じているかもしれないが、俺はそうは思っていない。俺はうわべではこいつと友人のふりをしながら、内心では女たらしで軽薄なこの男を軽蔑していた。多少の同族嫌悪も入っているかもしれない。


 まあいい。俺の駒として存分に働いてもらい、用が無くなったら殺すまでだ。


 俺は王太子を貴賓きひん席に案内した。


「君もここで観戦するのだろう?」


「いえ、私は用事がありますので……私のようなむさくるしい男の代わりに、殿下好みの美女が接待しますのでご安心を」


 接待役の美女2人が貴賓室に入ってくる。今は夏だ。暑さをやわらげるため、美女が扇で王太子に風を送る。


「いつもいつもすまないねえ」


 王太子はヘラヘラと笑いながら言った。この男に国王後継者としての威厳は皆無だった。



 魔物との対決が始まり闘技が進行していく。


 魔物と剣闘士の対決は3勝3敗となった。敗北した側はもちろん死だ。次が大トリのクライマックスである。


 場内に水龍が現れた。こいつは今までの雑魚魔物とは違う。レベル60ぐらいはある。剣闘士の控室で待っていた俺は、仮面をつけて場内に入った。客席は満席。俺は目立ちたがり屋だ。観客の注目を一身に集めて最高に気持ちがいい。


 闘いが始まった。


 俺は剣を構える。水龍が大量の水を口から吐く。俺は華麗に避ける。水しぶきが観客席に飛び散る。夏の盛りだけに水を浴びた客も気持ちよさそうだ。


 俺は飛びつき水龍の左腕を斬りつける。剣と水龍のうろこがぶつかる音がする。本当は俺のステータスならすぐにこの程度の魔物は倒せるのだが、それでは観客が盛り上がらない。なるべく接戦を演じてやろう。 


「グオオオオオオー!」


 俺が着地すると苛立いらだった水龍がえた。力任せに右腕で殴りつける。俺は素早く反応してひらりと避ける。水龍の腕が地面にぶつかりドーンという地響きがした。


 俺は勢いよく飛びあがり水龍の喉元のどもとを斬る。水龍が咆哮ほうこうを上げた。怒り狂った水龍が鋭い牙を持った口を大きく開く。そのまま着地した俺を飲み込んだ。俺の姿が水龍の口の中に消える。


「きゃああああっ」


 観客席の女たちから悲鳴が上がった。俺はバリア魔法を使っているので無事だ。


 俺は爆発魔法を発動する。闘技場に耳をつんざくような爆音がとどろく。水龍の頭が吹っ飛び破片が飛び散った。煙と砂埃すなぼこりが舞い上がり俺の姿を観客席から隠す。


 俺は剣を高々と掲げている。次第に俺の姿が観客からも見えるようになる。煙の中から現れた俺の姿を見て観客は歓声を上げる。


「わああああー!」


「きゃあーーーー!」


「いいぞおおおおお!」


「すげええええええ!」


 スタンディングオベーションで観客たちが俺を称える。


 司会者が現れて声を張り上げた。


「さあ皆さん、この激闘を制した勇者の正体は一体誰なんでしょうか?それでは仮面を取っていただきましょう。3、2,1 ……0!」


 司会者が大げさな口調で絶叫した。


「なんと闘技場の建設者、エリンドン大公閣下その人ではありませんかっ!?」


「うおおおおおおおお!」


 闘技場は大歓声に包まれる。歓声を背に受けながら、俺はクーデター成功への確信を深めた。


 安全な王宮の奥で暮らし増税を決めた国王と宰相の一味。トバチランド戦役の英雄であり最強の勇士である俺。人気は逆転しただろう。俺は民衆の支持を掴んだ。下民は勝者が娯楽とパンを提供してやれば簡単になびく。

    

 俺は王家に匹敵する広大な大公領に加え、トバチランドから収奪した財産でブタイッシュ王国有数の大富豪となっている。付き合いのある商人から賄賂を受け取ることも多い。


 最大の貴族であるエリンドン家領地からの動員力。トバチランド占領軍総司令官として諸侯からあずかった兵力。圧倒的な財力の裏付け。庶民の人気。すべてそろっている。


 あとは最後の詰めだけだ。

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