第16話 王都に凱旋する

 俺は神殿の管理をブタイッシュ王国軍近衛隊に引き渡した。近衛隊長のコニウェル子爵はさすがにトバチランド王家抹殺を聞いて驚いたようだったが、龍王復活を防ぐための緊急措置だと聞いて納得したようだ。


 トバチランドの治安も安定したため、俺はブタイッシュ王国の王都であるオンドンに戻った。


 俺が王都オンドンに戻るという情報はまたたく間に庶民の間に伝わり、さながら小規模な凱旋式のようになった。護衛の兵士たちを引き連れて王都の街を進む。俺はきらびやかなプレートアーマーを着用し馬上で威厳をとりつくろっている。


「来たぞ、勝利の英雄のおでましだ!」


 俺の姿を見つけた中年男が声を上げた。


「きゃー!」


「かっこいいー!」


「こっち見てー!」


「尊すぎるわー!」


 女性たちの歓声が上がる。最前列には着飾った乙女たちがいて、口々に勝利を寿ことほぎながら花を投げ入れてきた。


「勝利おめでとうございます!」


「大公様、ありがとうございます!」


「ご無事でのご帰還、お祝いします!」


 俺は得意の絶頂だった。


 そのまま俺は王城の国王執務室を訪ね戦勝の報告を行った。


 ブタイッシュ国王が口を開いた。


「この度の外征、ご苦労じゃった。すべて汝の功績、実に立派な働きぶりじゃ。褒美をつかわそうと思う。なんなりと申してみよ」 


「これはもったいないお言葉、陛下のご安心と王国の平和こそが私の望みであり最大の褒美でございます。ただ一つ正直にわがままを言わせていただきますと、重臣会議の末席に加えていただければと存じます」 


 国王は意外そうな表情をして言った。


「その程度でよいのか。将軍の座でも望むかと思ったが欲がないのお」 


「いえ、何分私は若輩者。先任の重臣の方々の近くで勉強する機会をいただけるだけで望外の喜びでございます」 


「そうか……そうなると会議参与の職ということになるが、その程度は大公家の家柄なら黙っていても手に入る役職。汝は本当に謙虚じゃの。すべての貴族が汝のようならよいのじゃが」


 会議参与――その名の通り重臣会議に参加する資格。俺が元居た世界ではヒラの取締役といったところだ。今でも国王軍特別情報官として俺は会議に出ている。国王が謙虚だと感じたのも無理はない。


 だが、今はそれでいい。俺は宰相だの将軍だのそんなものは欲しがってはいない。ブタイッシュの王位、そして異世界に存在するすべての王国の王位が俺の望みだ。


 もう一つやらなければならないことがある。


「ところで陛下、誠に遺憾いかんな話ですが、わが国の兵士に軍規を逸脱した行為があったことをお聞き及びのことと思います」


「確かにそういった話は入ってきておるのお」


「実は王国軍の不祥事はキルゲーン子爵の捕虜大虐殺に端を発しているのです。彼は捕虜を全員殺害し金品を巻き上げました。多数の証人もおります。その事件以来、私の力をもってしても兵士たちの暴走を止めることが困難となりました」


「うーむ……キルゲーンは騎士道を尊重する人物。捕虜虐殺を行うような人物には見えなかったがのう」


「陛下、ああいう真面目な人物こそ、心のうちに悪魔を飼っているものでございます。戦場の恐怖と狂気で心をおかされ、内側に隠していた悪魔が表に出たのでありましょう」


 「……そうか、ならばキルゲーン子爵を処罰しなければならないのう。領地を没収し爵位を剝奪はくだつするか」 


「恐れ入りますが、なにとぞ彼に寛大な処分を下されますようお願い致します。なにしろ私にとってキルゲーン子爵はともに戦った戦友です。ただ子爵は討伐軍の副官という重職を担える器ではなかった……。そうですね……たとえばヘンキロン島守備隊長とするのでいかがでしょうか?」


「うむ、汝に免じてキルゲーンはヘンキロン島守備隊長に左遷ということにしよう」


 これでキルゲーンに出世の芽はなくなった。


 俺が会議参与に任命されてから3か月後、ブタイッシュ王国政府は民への様々な増税政策を決定した。もちろんトバチランド征服戦争の戦費と戦後のトバチランド統治のための費用をまかなうためだ。そして増税政策は庶民の不評を買った。


 エリンドン家邸宅の「思考の間」で紅茶を飲みながら、俺は嘲笑ちょうしょうした。


「さすがは無能な重臣ども、すべて俺の予想通りに動いてくれる。自ら墓穴を掘ってくれるとはな」


 こうなることを予測していたから、俺は重臣会議の末席である会議参与にしかならなかったのだ。

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