第14話 王女を罠に掛ける

 タビーシア王女の作った3つのシナリオ。1つ目は彼女にとって最上であり俺にとって最悪のシナリオ。それは俺があの女におぼれることだ。タビーシアの尻に敷かれるなんて冗談じゃない。これでは四流の悪党だ。 


 2つ目、これも1つ目とそう変わらない。俺はあの女の言いなりにはならないまでも、約束は守りトバチランド人と王族を保護する。タビーシアは自らの身をもって国を守ったヒロインとなる。俺は王女によって改心させられた三流の悪党というわけだ。


 3つ目。俺は約束を破りトバチランド人と王家を迫害する。何ならタビーシアを処刑する。だが、これもあの女の思い通り。俺の敗北だ。彼女は国を守ろうとして命を落とした殉国の王女様として語り継がれる。


 冷静に考えれば別に彼女がどのようにトバチランド人から評価されようがどうでもいいのだが、とにかく俺はタビーシアの思い通りになるのが気に食わないのだ。これは俺の意地とプライドの問題だ。 


 俺は公邸で陰険な顔でつぶやいた。


「……いいだろう、タビーシア。お前に4つ目の道を用意してやるよ」



 俺はトバチリア城の占領軍本部へタビーシアを呼びつけて言った。


「タビーシア王女、貴女の祖国への想いに心を打たれました。トバチリアをお返しします。貴女を占領軍代理統治官に任命しましょう。すぐにトバチランド全土とはいきませんが、いずれは全土をお返しすることになるでしょう」


 俺はにこやかに付け加えた。


「貴女が王城での生活と変わらず不自由なく暮らせるように取り計らっておきますよ」


「それは……恩に着るわ」


 タビーシアは思いもかけない厚遇に驚いた様子で返事をした。




 俺は公邸に戻ると執事を呼んだ。


「タビーシアが俺と寝たという情報を庶民の間に流しておけ。なるべく詳しく生々しくな」


「はい、かしこまりました。エリンドン家の息がかかったトバチランド人の中年女性が何人かおります。彼女たちを使いましょう」


 女、とくに中年女性――この人種が噂と悪口を生きがいにしているのはこの世界でも同じだ。いつの時代のどこの国でも変わらないだろう。むしろ芸能界が存在しない分、王族と貴族のスキャンダルに対してはこの世界の女たちの方が食いつきがいい。


 彼女たちは上流階級に対し潜在的な嫉妬と敵意を隠し持っている。普段は敬意と憧れで覆い隠しているが、国が敗戦によって混乱しており生活の先が見えない今の状況なら簡単に反感が表に出てくる。 


 自らが逆立ちしても手に入らない若さと美貌、高貴な血統と贅沢な生活と地位。すべて手にしている女。そして俺はチート容姿の持ち主だ。敵国のイケメン男と寝てそれらを手にした女。好かれるはずがない。


 なにより下民というやつはこういった下世話な話が大好きだ。噂を流しておけば後は勝手に尾ひれをつけて憎悪に火をつけてくれる。


 俺はあざけりの笑みを浮かべて独り言を言った。


「タビーシア、生まれながらの支配階級であるお前には下衆の感情などわかりはしないだろう」 


 タビーシア王女を占領軍代理統治官に任命してから2か月が経った。


 占領軍代理統治官といっても名目だけの存在でタビーシアの意向は何一つ反映されない。逆に民への増税、軍による物資徴発と協力の強制、反ブタイッシュ的言動の弾圧、ブタイッシュ兵の不祥事のもみ消し。ありとあらゆる悪政がタビーシア王女の名前を使って行われた。


 トバチリアの街はあっという間に彼女への罵詈雑言ばりぞうごんで溢れていた。


 執事が俺の執務室に報告に来た。


「トバチランド復興騎士団なる反乱分子が『売国奴のタビーシア王女を暗殺する』と息巻いているそうです」


「よしいいぞ、狙い通りだ。あいつの警備計画をわざとトバチランド復興騎士団に流してやれ。エリンドン家の工作員を通してな」 


 俺は執事に命令して、トバチランド復興騎士団にわざと警備計画を流してやった。そしてタビーシアが代理統治官事務所を出たところで警備が手薄になる絶好の襲撃チャンスを作ってやった。



 あくる日、執事が報告に来た。


「トバチランド復興騎士団がタビーシア王女一行を襲撃したようです。警備兵の死体や血塗られた馬車がトバチリア河に投げ込まれたとの目撃情報が多数寄せられました。また、トバチランド復興騎士団は襲撃に成功後、アジトとしている郊外の古びた教会に潜伏しているところを巡回中のブタイッシュ王国軍近衛隊によって発見され全員包囲殲滅せんめつされたようです」


「そうか、よくやった」


 これであの高慢ちきで生意気な女はこの世から消え去った。


 俺は書斎に入り一人になると醜い顔で笑い叫んだ。


「はーはっはは!残念だったな、タビーシア。救国のヒロインになりそびれて!お前は卑しい娼婦として死んだのだ。お前が愛したトバチランド人の手で殺されてな!死後も子孫たちから永遠に軽蔑され罵倒されるがよい。ふぁーっはっははははっ!!」


 俺はなおも狂ったように笑い続けた。


 俺の笑い声があまりにも不気味だったため、紅茶のお替わりを持って部屋の入口に来たノーラがぎょっとした表情になった。

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