第13話 支配する側の人間

 俺はトバチリアの公邸でうめいた。


「くそっ……完全にあいつのペースに飲まれてしまった。このままではあの女の思惑通りだ……ああくそ腹立たしい!」


 俺は他人に操られたり思惑通りに動かされるのが何よりも嫌いだ。転生前からそうだった。転生前の俺が落ちこぼれだったのは、バカで無能な教師やバイトリーダーの忠告に従うことに何よりもの反感と嫌悪感を抱いていたからだ。


 とにかく、タビーシアの約束通りにトバチランド人と王族を保護すれば、あの女は救国のヒロインであり、俺は彼女の色香に負けたバカな一匹のオスということにある。


 ならば約束を破り王族を処刑するか。約束を反故にすることは簡単だ。何しろ俺は噓をつくことに罪悪感を覚えない男だ。


 しかし、約束を破ったとしてもタビーシア王女のシナリオ通りであることに変わりはない。彼女は救国のために身を捧げながら、嘘つきで汚い敵国の男に裏切られた悲劇のヒロインということになる。


 どちらに転んだとしても、彼女が脚本を書き彼女が主演女優を務めるこの物語において、俺は薄汚い悪役でありあの女の引き立て役であるというわけだ。

 

「ご主人様、お手紙でございます」

 

 ノーラが手紙を持ってきた。ちなみに俺はトバチランドが降伏した後、執事とメイドのノーラをトバチリアの俺の公邸に呼び寄せていた。この二人がいないと何かと不便だったからだ。


 トバチランド軍の降伏後も「トバチランド復興騎士団」や「トバチランド義勇魔術師団」といった残党が各地で小規模な反乱を行っていたが、二人の道中は厳重にエリンドン家の兵士が保護していたし、俺の公邸はさらに厳戒態勢で警備されている。


 俺は手紙を開いた。

   

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 占領軍総司令官 大公 サイネル・エリンドン閣下


 近日中に王都を発ち、国王直轄軍近衛隊隷下れいかの近衛第二部隊を率いトバチリアに向けて進発する予定である旨を申し上げます。トバチリア入城に際しては貴殿のお取り計らいを賜りたく存じます。

 国王陛下からの勅書も間もなく貴殿の元に届くものと推察致します。


                      以上、衷心よりお願い申し上げます

 

                   近衛隊長 子爵 ジョールズ・コニウェル


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 俺は手紙を机の上に放り投げた。


 近衛隊は普通、ブタイッシュ王の居城である王城(オンドン城)の守備が任務だ。その近衛隊がなぜトバチリアに来るのか?


 考えるまでもない。龍王が封印されているデンゼーリ神殿を調査するか管理下に置くためだ。国王は自分が最も信頼している近衛隊にその役目を与えたのだろう。開戦の大義名分が龍王の封印解除を阻止することなのだから当然と言えば当然だ。


 こいつについても手を打っておく必要があるな。封印の鍵が7つとも健在ならば、俺は恥を晒すことになるし、最悪開戦の責任を追及されることになる。タビーシアのことばかり考えているわけにいかない。


 俺は公邸でタビーシア王女を待った。俺の寝室に来たタビーシアは意外としおらしかった。てっきりあの高飛車な態度で命令してきたうえに、最中は無反応のマグロになるだろうと思っていたのだが。


 タビーシアは緊張して少し震えていた。照れを隠すように恥ずかし気な笑みを浮かべ小声で話しかけてきた。


「ねえ……おねがい……わたし怖がりなの。優しくしてください……本当の恋人のように愛してほしいの」


「わかりました。君に悪いようにはしないよ」


 俺はこれ以上ないくらい優しくしてやった。終わった後、ふと彼女は言った。


「……きっとあなたって誰も愛していないんだわ……でも愛しているふりは上手。……たぶんそうなんだと思う」 


 図星だ。


「そんなことはありませんよ。私はブタイッシュ王国と陛下を敬愛していますし、これまで交際してきた女性にも真心を込めて接してきました」


 我ながら空々しい言葉だと思う。俺は異世界から来た人間だ。ブタイッシュ王国なんぞ愛しているはずがない。それどころか転生前の日本という国も社会もそこで付き合っていた女も愛していない。この世界に来てから抱いた女も誰一人として愛していない。


 しかしなぜわかった?年増の女ならともかくこの小娘が一夜寝ただけでわかるというのか。俺のやり方が乱暴で独りよがりだったと言うのか。そんなはずはないはずだ。


 タビーシアが帰った後、俺は頭を抱え込んだ。


 どこまでがあの女の演技でどこからが本心なんだ。すべてが計算された作り物のようにも思えるしすべてがあの女の本心であるようにも思える。


 俺は一つの考えに至る。イライラしながら立ち上がり、部屋を歩き回りながらぶつぶつ独り言を言った。


「そうだ、あいつは俺を惚れさそうとしているのだ。現に俺はあの小娘のペースに飲まれ翻弄されている。俺はあの女の姿を思い浮かべながらあいつの意図を必死で考えようとしているではないか。すでに俺はあいつの術中にはまりつつあるということだ」


 いくら俺に魅了魔法があるといっても、俺自身がタビーシアに惚れていたら意味がない。タビーシアと相思相愛になったところで仕方がない。あの女に惚れた時点で俺は異世界の覇者どころかあの女の召使か用心棒に成り下がるだろう。


 ちょうど、あの見張り役の兵士と同じだ。見張り役のブタイッシュ兵も最初は征服者としてタビーシアに卑猥な悪口の一つでも浴びせていたに違いがない。それが今ではタビーシアの用心棒に成り下がっているのだ。


 俺は部屋の壁をドスンと叩いた。


「ちくしょう、お前の思惑通りにさせてたまるか!俺は女を、いや……人を操り支配する側の人間だっ!」


 俺は闘志を燃やし叫んだ。

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