第12話 亡国の王女に翻弄される

 トリミーの戦いで敗北し戦意を失ったトバチランド王国は、ブタイッシュ王国軍に降伏した。ブタイッシュ軍は王都トバチリアに無血入城した。トバチランドの各都市を占領したブタイッシュ兵の素行は極めて悪く、至る所で略奪と暴行を行った。


 何しろ総司令官である俺がエリンドン家の私兵に略奪と拉致を行わせ、付き合いのある故買商人や奴隷商人に商品を卸してやっているのだ。他の一般兵士もその空気を敏感に察知し略奪と暴行を自由気ままに謳歌おうかしていた。


 トバチランドの王族たちは王城であるトバチリア城の一角に見張りの兵士をつけて軟禁している。その中の一人、王女タビーシア・トバチリアが監視役の兵士を介して俺に会いたいと伝えてきた。


 俺は興味本位で会うことにした。何しろタビーシア王女はトバチランド王国でも屈指の美少女との噂だ。俺は美少女には目がない。


 俺はブタイッシュ占領軍の本部として利用しているトバチリア城の謁見の間でタビーシアを待った。


 タビーシア王女が兵士に先導されて入ってきた。こんな状況でも胸を張り臆することなく堂々としているのはさすがとしか言いようがない。むしろ監視役の兵士の方がタビーシアの顔色をうかがっている気配すらある。


 俺は王のような傲岸不遜ごうがんふそんな態度で椅子に座ってタビーシアを品定めした。


 噂にたがわない美少女だ。それになかなかの巨乳。年齢は18歳だったか。金色の美しいロングヘアーを丁寧に編み込んでいる。顔立ちは可愛らしいが、気は強そうだ。やや吊り上がり気味の勝気そうな目元がそれを表している。


 タビーシアが挨拶もせずに開口一番に言い放った。


「へえ、あなた見た目だけはそれなりにいいようね。いいわ、合格にしてあげる。神様も内面の卑しさを憐れんで容姿だけはお恵み下さったのかしらね」


 顔色が変わるのが自分でもわかった。怒りのあまり息が苦しくなり卒倒するかと思うほどだった。この世界に来てから俺に対してこんな高慢な態度をとる人間はただの一人もいなかった。ブタイッシュ国王でさえ、俺の大公という地位には一目置いて尊重しているのだ。


 ましてや、こいつは敗戦国の王女だ。ひざまずいて媚びを売ってしかるべき。それがなんだ、この態度は。


 剣を抜いて斬り殺すか。いや、駄目だ。見張りと護衛役の兵士たちの目もある。こんな一回り年下の小娘の挑発に負けて手にかけたとなれば、俺は器の小さい男として一生貴族社会の笑いものになる。


 俺は驚異的な自制心で怒りを抑えて言った。


「私は占領軍総司令官として多忙な身。貴重な時間を割いてあなたに会っているのです。御用件を伺いましょう。まさか私の容姿について言いに来たわけでもありますまい」


 タビーシアは生意気な表情で返した。


「そうね、要件を言うわ。今晩あなたの公邸を訪ねます。見張りの兵士とあなたのお宅の門番に話を通しておいて。そしてあなたの寝室に行くわ。短剣を隠し持っていないことを証明するために、最低限の下着のみを身にまとってね」


 ――なんだ、この女。敗戦のショックで気でも触れたのか。


 俺はトバチランド人貴族から接収した邸宅を公邸として利用している。その屋敷に今晩来る?何のために。


 暗殺か?いや兵士が厳重に警戒している。持ち物を厳しく点検される。毒も武器も隠し持って入ることは不可能だ。魔法で暗殺する可能性もあるが、魔法を発動する前に必ず予備動作がある。俺がそれを見逃すはずがない。こんな小娘に殺されるほど俺はヤワではない。それは彼女もわかっているはずだ。


「話が見えませんな。いったいなぜ、貴女が私の寝室を訪れるのです?」


 タビーシアが軽蔑した表情で言った。


「ブタイッシュ人は兵士も指揮官もみな好色だと聞いているけど、あなたはずいぶん初心うぶで純情でいらっしゃることね。夜中に下着姿の女が寝室に来て、何もしないで帰すほど紳士的で臆病な方なのかしら」


 俺は苛立ちを抑えながら言った。


「何をおっしゃりたいのです?貴女は何をお望みなんですか?」


「いいわ、はっきり言ってあげる。取引よ。私の一晩をあなたに捧げるわ。その代わりにブタイッシュ兵によるトバチランド人への暴力を厳罰をもって止めること、そしてトバチランド王族を尊重し全員の生命を保障すること。これが取引の条件だわ」


 俺はこいつのペースに飲まれながらも、かろうじて言った。


「一晩と引き換えるとは、まるで娼婦のようですな」


 しかし、タビーシアは悪びれもせずに返した。


「そうね。そして私が自らを差し出す代わりに受け取るのは国家。あなたが奪った私たちの国よ」


 恐ろしいほどの自尊心だ。この女は自分の一晩が一国に匹敵すると言っている。事実こいつはそれだけの美貌と血統を持っていた。


 俺は必死でタビーシア王女の思考と心理を推測した。


 そうか。こいつは救国のヒロイン、悲劇のヒロインになりたがっているのか。祖国と民を救うために身を捧げた悲運の王女。トバチランド人の間で永遠に語り継がれる物語の主人公に。


 こんな女を相手にする必要性は全くない。俺が「あなたにそこまでの魅力は感じませんなあ」とでも言って拒絶しておけば、この女は恥をさらし悔し泣きするしかなくなるのだ。


 しかし、俺は全く別のことを口走っていた。俺の理性は本能に敗北したのだ。


「わかりました。話は通しておきます。今晩、公邸でお待ちしております」


「商談成立ね」


 それだけ言うと、タビーシアは去っていった。見張りの兵士がまるで用心棒か従僕のようにうやうやしくタビーシアに付き従っているのが印象的だった。

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