第8話 開戦へ導く

 今日は重要な会議の日だ。俺の野望に一気に近づく絶好のチャンスである。国王、王太子、重臣たちが王宮会議室に集まっている。


 国王軍特別情報官の俺は口を開く。


「もはや一刻の猶予もありません。隣国であるトバチランド王国が我が国に対して破壊行動および侵略戦争の意図を持っていることは明らかです。こちらから先手を打ってトバチランド討伐の軍を起こすことが必要です」


 俺はさらに語気を強めて言った。


「今、断固たる決意でトバチランドの解体を行わなければ、想像を絶する災厄がこのブタイッシュの国土にもたらされることになりましょう」


 宰相が口を開いた。


「まさか、トバチランドが我が国に攻撃を仕掛けるなど考えられん。あの国は経済的には豊かだが、人口も国土も軍事力もブタイッシュの方が圧倒的に上ではないか。いくら大公殿の言葉といえどもにわかには信じがたい」


「ごもっともでございます。しかし、トバチランド王は陰険で姑息な人物。騎士道を尊ぶ我々ブタイッシュ貴族には考えつかないような、邪悪で非道な計画を立てております。」


 国王が口を開く。


「邪悪な計画とは一体なんじゃ?」


 俺は答える。


「トバチランドでいにしえの龍王が封印されているのはご存じでしょう。その龍王を解き放ち、我が国の民を殺し街や畑を焼き払って産業を壊滅させる。そして大量の困窮者こんきゅうしゃを発生させた上でスパイが反乱を扇動せんどうする。そのうえで軍事行動を起こすし我が国を侵略する。これが計画のあらましとなります」


 重臣の一人が口を挟んだ。


「そういえば聞いたことがありますな。トバチランド王族の女が代々龍王の神殿の管理を行っているとか。私の記憶が正しければ、デンゼーリ神殿という場所で、7つの鍵を使って龍王が封印されていたはずです」


 王がつぶやくように言った。


「我が国もそうだが、王族の女は得てして魔力のレベルが高いもの……。トバチランドでもそれで王家の女が龍王の神殿を管理しておるのだろう」


 俺は答える。


「そうです。そしてそのトバチランド王家に属する女を証人として連れて参りました」


 俺は一人の少女を室内に入らせた。少女が口を開く。


「私は王家の傍流ぼうりゅうに属する女で、デンゼーリ神殿の管理をトバチランド王より仰せつかっております」


 証人の少女は冷静に話す。


「先ほどお話があった通り、神殿では7つの鍵を使って龍王が封印されています。魔力の消費が激しいため、王家の女でも鍵を開けることができるのは1週間に1個だけ。とはいえ、実はそのうちの5つはもう外されているのです。つまり最短あと半月で龍王が復活するということです」


 会議室内がざわめく。別の重臣が口を開いた。


「トバチランドは血迷ったのか。なぜそんな計画を」


 俺は答える。


「我が国への嫉妬と恐怖でしょう。トバチランドは裕福とはいえ小国。それに対し我が国は大国でありしかも国王陛下の善政によって臣民一人あたりの経済力もトバチランドを超えつつある。このままではいずれ圧倒的な国力差が生じ、トバチランドが併合されるかもしれない。それでこのような愚かなことを思いついたのでしょう」


 さらに俺は大量の書物を会議机に並べた。書物の表紙には例えば次のような題名が書かれている。


『トバチランド王国における近年の軍事教育』

『トバチランド王国の新魔法の発展について』

『我が国におけるトバチランド工作員潜入の状況』


 俺は話を続ける。


「実はトバチランドの陰険な計略は昨日・今日の思い付きではありません。病死したわが父、先代の大公の時よりエリンドン家は20年間トバチランドの動向を注視し研究を続けておりました。そしてもはや一刻の猶予もないと判断したのであります」


 国王が決断を下した。


「よくわかった。大公の言う通りトバチランドは脅威じゃ。龍王を復活させ自然災害に見せかけて我が国を滅ぼそうとするとは実に陰険な企み。朕は王国と臣民を守るためにトバチランド征伐を決定する!」


 俺は腹の中で快哉かいさいを叫んだ。すべて俺の作った大嘘だ。こんな話を裏取りもせずに信用し開戦を決定する国王はとんだ阿呆である。


 実は、会議机の大量の書物は20年間の研究の成果などではなく、俺が昨晩徹夜して速記魔法で書き上げたものだ。中身はそれらしいことが書いてあるが、よく読めばデタラメだ。まあ、王宮のボンクラどもは中身を読むどころか開くことすらしないだろう。


 証人の女の話も嘘だ。龍王の封印の鍵は7つとも健在だ。証人の女は王家の傍流などではなく、本当は商人から買ったトバチランド人の奴隷。彼女には成功したら自由市民の身分を与え金貨20枚をやると言ってある。もちろんそんなつもりはない。口封じのために殺すつもりだ。




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