第4話 息を吐くように嘘をつく

 俺はエリンドン大公家邸の「思考の間」と名付けた部屋に入った。


 ちなみに思考の間は、数ある部屋の中で内装に一番金をかけている。天井や壁に金や銀、宝石が散りばめられ精巧せいこうな細工が施されている。よくわからないドラゴンの置物も置いてある。「思考の間」のイメージとは裏腹に成金趣味全開の部屋だ。


 ここで俺は優雅に紅茶を飲みながら思考を巡らせる。


 俺のレベル99の武芸と魔力をもってすれば、衛兵を倒して重臣と国王を抹殺し、王座に君臨することは可能だろう。しかし俺の頭でも、それでは王として君臨することは可能でも王国を統治していくことはできないことぐらいわかる。やはり重臣を共犯の立場に追い込むしかない。無能は無能なりに生かしておけば使い道があるというものだ。


 国王となったら何をしようか。まずは戦争で領土拡大だ。異世界中を征服してやる。それと女。美女は片っ端から俺のハーレムに入れてやる。チンギスハーンは100人以上の子供を産ませたらしいからな。


 あとはすべての家に俺の肖像画を掲げさせ、朝夕の2回の接吻せっぷんを義務付けよう。恋人をハーレムに盗られた男が、恋敵の肖像画に接吻する。こいつはいいぜ。俺は下卑げびた笑いを浮かべる。


「お取込み中のところ恐縮でございますが旦那様。表で騒ぎを起こしている農民がいます。鞭で追い払いましょうか?」


 執事がおずおずと尋ねた。ここの屋敷の使用人たちは俺の指示を待つばかりで自分で考えて行動することをしない。困ったものだ。


「いや、いい。私が直接会って話をしよう」


 大方、この前ヤった農民娘の親父だろう。


 農夫は本人が応対に来るとは思ってなかったらしく、身を強張らせた。しかしすぐに元気を取り戻すと言った。


「ひどいじゃないですか、若旦那」


「おや、私はすでにエリンドン大公家を相続しておりますが」


「失礼しました、大公閣下。とにかく閣下ともあろう方がノーラを、私の娘を慰み者にしたそうじゃないですか!」


「お義父さん、あなたは何か勘違いをしておられるようですな。私とノーラ嬢は一目で運命の恋に落ちました。真剣に交際し、行く行くは第一夫人に迎えたい。しかし悲しいかな、大貴族と農民の娘の身分を超えた愛は簡単には成就せぬもの……」


 俺は大げさにため息をついた。そしてしっかりと相手の目を見据えて言った。


「私は彼女を心から愛している。だが、私と彼女が結ばれるためには私が王宮でしかるべき地位を占める必要があるのです」


「それはまあ、そうでしょうが……」


「ノーラお嬢さんは、美しいだけでなくさりげない心配りができる優しい人です。まさに当家が必要とする人材と言えるでしょう。まずは私の邸宅でメイドとして雇わせてください。やがてエリンドン邸の使用人誰もが、彼女ならば私の妻となるにふさわしいと認めるでしょう。その頃には私も王宮の重臣。誰にも有無を言わせぬ実力者となっている。そうなれば誰もが結婚を祝福し、身分の差を乗り越え愛を成就した私たちを祝福するでしょう」


 そう言うと俺はテーブルの上に金貨10枚を並べた。一介の農夫だ。金貨どころか銀貨さえそうそう手に取ったことはないに違いない。農夫の表情が変わった。


「彼女には毎月金貨2枚をお支払いしましょう。1枚は本人に、もう1枚は当家の下男がご実家に届けさせます。もちろん食費や住居費は当方が負担します。誠意のしるしとして、まずは金貨10枚を前払いでお支払いします」


 メイドの待遇としては破格だ。農夫はすっかり俺への怒りを忘れたようだ。あと一押し。俺はさらに銀貨が入った袋をテーブルに置いた。


「せっかく王都オンドンまで上られたのです。今夜は一流の宿に泊まり、王都の美食を堪能たんのうするのがよいでしょう。我々貴族が王国への務めを果たせるのも、農民の方々のおかげですからな」


「いや、大公閣下がこれほど誠実な方とは知らずに私としたらとんだご無礼なことを……。何卒お許しください。この通り、どうかノーラをよろしくお願いします」


 俺は念のため脅しもかけておく。


「そういえばお義父さん。近頃はオンドンでも強盗の類が出るとかで、エリンドン家の警護兵も気が立っています。あまり不用意に近づくと盗人ぬすっとと間違えられて袋叩きに遭わないとも限りません。不意の来訪は控えたほうが身のためですぞ」


 農夫は身をぶるっと震わせた。そして一礼すると、金貨と銀貨の入った袋を大事そうに抱えて帰っていった。


 ノーラの親父をあしらった後、俺は「思考の間」に戻る。ノーラをメイドとして雇ってやろう。しかし金貨1枚もくれてやる気はさらさらない。食事代、住居費、衣装費、美容費、教養費、その他あらゆる名目で中抜きし、最終的に彼女には銅貨10枚くらいの小遣いを渡しておけば十分だ。


 もし彼女が使い物にならなかったら…。その時は奴隷商人に売ってやろう。彼女の容姿なら金貨50枚にはなる。十分に元が取れる。エリンドン家の大切な壺を壊したとでも因縁をつけて借金漬けにすればいい。あらかじめ壺に壊れるような細工をしておくのもありだ。


 異世界人はやっぱりチョロいな。多分俺が元いた世界の人間よりもおつむが弱いのだろう。俺は侮蔑ぶべつの笑みを浮かべた。


 異世界に来る前から俺はクズだった。しかしここまで鬼畜ではなかった。この世界にきてから俺のクズっぷりに拍車がかかった。俺は水晶玉に映る能力値を眺める。


 体力:Lv99 (HP∞)

 魔力:Lv99 (MP∞)

 容姿:Lv99

 武芸:Lv99

 知力:Lv99



 そして……


 クズ:Lv99


 そう、俺はクズの能力もMAXでこの世界に転生したのだ。




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