春にさよなら
小桃 もこ
春にさよなら
「外国のお
ハルにそう言ったクラスメイトの顔面に水平チョップをかましたのはちょうど今くらいの蒸し暑い季節だった。
「『外国』って言葉、私嫌いだよ。『外』なんてさ。それに国なんか関係ないよ。だってハルはハルでしょ?」
「ナツはやさしい」
にっ、と白い歯を見せるハルは外国人と日本人の親を持つハーフだった。
その見た目はたしかにハーフというより外国人の色がつよく、親の祖国から引越してきたばかりで日本語も少したどたどしかった。
【外国人】
彼女をよりそう見せる理由は長い手足と高い身長のせいもある。実際クラスメイトたちより頭一つ大きかった。
そのことを、ハルはとても気にしていた。身長のことだけじゃない。ハルは自分の見た目や話し方がみんなとちがうことをいつも気にしていたんだ。
私には衝撃だった。「ちがうこと」はダメじゃない。個性は伸ばしていくもの。ずっとそう教わってきたし、自分でも思っていたから。
そして外国の人ほど、そう考えているものだと思っていたから。
「目立ちたくないよ」
ハルはそう言った。その素敵な色の瞳も、長い手足も、速い脚も、いやなんだと。みんなとちがうから。
「ハル。私はハルのこと、好きだよ」
告白というほど、大それたものじゃない。憧れに近い感情だったと思う。
わかってほしかったんだ。ハルの素敵さを、ハル自身に。
「ハルはハル。ハルが好き」
小学生の精一杯だった。
彼女は「ありがと」とくすぐったそうに微笑んだだけだった。
その綺麗な瞳の色が、ずっと目に焼き付いて離れなかった。
仲良くなった私たちは、毎日一緒に帰るようになった。通学路をはずれて、桜の大木がある公園を通ると近道ができる。ハルは「ダメだよ」と言ったけど、「いいから来てよ」とその手を引いた。
ランドセルをゆらしながら、公園の入口から桜の木までよく競走した。
身体能力すごすぎのハルにずんぐりの私は一度も勝てなかったけど。
先に到着したハルの背中に息を切らせて追いつくと、「ハルの勝ち。ナツ遅い」といつも白い歯を見せられた。
あの時はそうだったけど、今なら、どうかな?
中学に上がってから手も足もにょきにょき伸びて、あの頃のずんぐりとした体型の私はもうどこにもいない。
久しぶりに訪れた桜の木の公園。そうっとその
「いつか追いついてみせるから、この木で背比べしようよ!」
ある時、思いつきでそんな提案をした。ハルは「はは」と笑って、いいよと頷いた。
「だけど桜の木に傷をつけるのはダメ。枯れちゃう」
「えっ、ほんと?」
「本当。桜の木、日本の象徴。優しい木。大切にしなきゃ」
今思えば彼女は日本人以上に日本人らしかった。
他者とのちがいを気にするところも、ルールをしっかり守りたがるところも。
「マステ、貼ろ。持ってきたから」
可愛らしい水玉柄のテープ。互いに身長を測り合って貼ったあの日が昨日のことみたいにフラッシュバックする。
とっくに剥がれていると思ったけれど、案外そのまま残っていた。
「…………ハル」
そっと触れて、懐かしく呟く。
透けるような緑色の葉がぬるい風にあたってひらひら揺れる。
小学校卒業を機に、再び親の祖国へ戻ることになったらしい。
卒業と同時とあって特別なお別れ会も開かれず、寄せ書きもみんなと同じ卒業アルバムの余白ページに少しもらっただけだったはず。
それでもハルは、満足そうだった。
「ナツ、サインちょうだい」
私の下手なサインを見ると、にっ、と白い歯を見せて私のほうにも洒落たサインをくれた。
〈ナツはナツ。ずっと好き〉
桜の葉がさわさわと風に揺れる。
見上げると
揺れる影が濃い。もう夏が近いんだ。
「今のハルの身長、どのくらいかな」
当時小学六年生だったハルが幹に最後に記したラインは、私が中学三年になった春にようやく超せた。
淡い色の花弁がひらひら舞う中で、「追いついたー!」って大声で叫んだんだ。あの場にハルがいたらきっと「迷惑」って言っただろう。周りに誰もいなかったとしても「桜の木に迷惑」って。絶対言った。
ハル。ね、聞いて。
私ね、これからあなたのいる国に行くよ。
旅行? ちがうちがう。
びっくりすると思うけど、私、プロのダンサーになるつもりなんだ。
その勉強をしに、あなたのいる国に行く。
ね、だからさ。
もし私のこと「外国人」って笑う人がいたら、その時は────
……やっぱりいいや。その時はさ、私がそいつの顔面に水平チョップかますよ。だってハルは、そういうことしないもん。ね。そうでしょう?
ハル、待ってて。
会えるかな。
会えるといいな。
やわらかな風が頬を撫で、眩しい木漏れ日が私の肩をじり、と
ほら、夏が来るよ。
了
春にさよなら 小桃 もこ @mococo19n
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