第2話 待たされた分、ときめきは比例する
わたしが玉座の前に行くと、少年がひざまずいていた。床に広がる水色のマントは、大きくうねる波のようだ。青と砂の色が入り交じり、ずっと見とれていたくなる。心がおだやかになる中で、少女の冷たい声が近くで上がった。
「顔を上げよ」
勇者に話しかけるつもりはなかったのに、自然とわたしの口が動いていた。自分が何をしたらいいのか、頭では分かっているみたいだった。
少年が顔を上げたとき、黒の詰めえりがあらわになる。わたしの持っていた校章と同じもの。その事実より、びっくりする事実が待っていた。
「勇者アルングリム。必ずや魔獣を打ち倒して帰還いたします」
黒い髪と、同じ色の瞳。
界くんだった。アルングリムなんていかめしい名前で自己紹介しているけど、界くんがゲームで使うプレイヤー名だ。わたしより先に城へ着いていたらしい。
「旅路に幸多からんことを」
わたしは再会の喜びを抑えて、界くんにサインを送ろうとした。
〈こちらオリヒメ。タスケ、応答せよ〉
指切りげんまんと救急車のサイレンは、忍者ごっこをしていたときのサインだ。ほかの人からは、旅の安全を願う不思議な動きにしか見えないだろう。ひみつの会話にはぴったりだ。だが、わたしが言いたいことを伝え終わる前に、一人の少女が広間のドアを開けた。
「わたくしも加わるわ! アルだけじゃ心配だもの!」
「世織? 一緒に来ていたのか?」
違う。その子はわたしの顔だけど、わたしじゃない。わたしの制服も、学校指定のカバンも奪ったものだ。否定したいのに、声が出ないのがつらい。
ジェンティは界くんの手をにぎる。
「知らない場所にいて、怖かったの。アルがいてくれてよかった!」
「おれも世織が一緒で安心したよ」
ジェンティと固いあくしゅをする界くんに、もやもやした。
いつも変な顔って言って、頭を撫でてくれたのに。どうして別人だって気づいてくれないの。
「なんと! 二人目の勇者も来られていたのか。これは心強いですなぁ。ジェンティ王女殿下」
大臣の一人がわたしの顔色をうかがうように振り返る。にやにやとした笑いに背筋が凍ったとき、片メガネの青年が剣を運んできた。リボンでたばねられた桃色の長髪は、見覚えしかない。
「んんっ」
せきばらいできた自分に花丸をあげたい。外見は冷静そのものだけど、心の中は正反対だった。
大人になった
世織、次の波に備えて深呼吸をするのよ。息を吸ったそのときだった。
「私語を慎みなさい。儀式の途中です」
こぶしをにぎり、黄色い声を止めることに成功した。
いかにもまじめな委員長タイプなお声だ! 無駄が嫌いと言わんばかりの鋭いお声。だけど、全然冷たそうに思えないの。怒られているのは分かっていても、うっとりとするのが先に来る。怒られていた大臣の顔に、いらだちは見えなかった。
「申し訳ありません。宰相殿」
宰相ルドヴィカ・フォン・ファーレンハイト。彼の母親はジェンティの乳母として城で働いていた。
そんな情報がわたしの頭の中に入ってくる。ゲームの選択肢ボタンはないのに、キャラのことが分かるなんて不思議な気分だ。
「姫様。聖剣をかの者へお渡しください」
ルドヴィカから渡されたものは、わたしの背丈ほどの大きな剣だった。赤銅色の見た目に持てるかどうか不安になったものの、木の葉のように軽くてびっくりした。
わたしは界くんに剣を差し出す。
「魔獣討伐の任、よろしくお願いします」
界くん、行かないで。離れ離れはいや。
わたしの祈りは通じなかった。遠ざかる背中に、涙が出そうになる。
「まさか勇者にほれたのですか?」
ぴゃっ!
耳元でささやかないでよ、ルドヴィカ! 心臓がばくばくするじゃない。
「そんなことないわ」
わたしは短く返事をする。
好きだから見つめていたんじゃなくて、この世界に来ても幼なじみのピンチを救ってくれるかどうか判断したかった。期待した結果は出なかったのが残念だ。
「勇者との恋など、あってはなりません。姫様はこの国を背負っていくお方なのです。国の代表として恥ずかしくないよう、ふさわしい行動をしていただかなくては困ります」
なんだか、ジェンティが逃げたくなるのも分かる気がする。ルドヴィカって、なんだか先生みたい。界くんの何倍も過保護だよ。
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