10
「なんですって」
工房の2階、ポルク・バーミントンは蒼白になった顔を両手で覆い隠すと頭を垂れた。傍らには腕を組んだリンドが静かに佇んでいる。ふたりの重苦しい空気にソフィアがラグを見ると、肩をすくめてみせた。
マサカニが応接室に戻ると、白いラインが一本入った兜の黒い甲冑が、自慢の客椅子に座っていた。
「どこに行っていた」
椅子の横に立つ、桟橋でマサカニを無視したあの騎士が質問する。
「少し用事が有りまして。どうかされましたか?」
笑顔で答えながら、ふたりの騎士を交互に伺う。
「いつ出航の準備が整うのだ。もう3日もたっているぞ」
「まことに申し訳ありません。なにせ田舎街ですので、ご要望の品を揃えるのに手間取っておりまして」
笑顔で深々とお詫びして取り繕うが、内心は冷えている。
「随分と景気がいいようだな」
テーブルに置かれた異国の酒瓶を黒い手甲が
「いえ、決してそのような事は」
「赤の女王はお怒りだ」
床に落ちる、酒瓶とマサカニの首。ゆっくりと立ち上がり、露をはらう仕草で抜いた剣をひと振りすると、鞘に収める。
「全艇、直ちに出航だ」
低く響く声を残して、黒の騎士は部屋を後にした。
覇気をなくし椅子に座るポルクの目前に、汗をかいたコップが置かれる。
「大丈夫ですか?」
「ああ、すいません」
心配顔のソフィアに、ぎこちない笑顔を見せる。
「取り乱しました。お辛いのは貴方の方なのに」
「いえ。もう随分と前のことなので」
店の壁にかかった技具の数々を見つめながら、ソフィアは胸に当てた右手を強く握った。
「ほい、ソフィ。そこの技具をとってくれ」
「はい。これでいい?おじいちゃん」
「おお、そうじゃそうじゃ、ソフィは物覚えがいいの」
「ジークさんは物忘れが激しいよ」
街外れの工房に骨組みのサンドシップが1艘、年老いた男が何か大きなものを組み込んでいる。そこに現れた大柄な女性が、バスケットいっぱいの料理をテーブルに並べる。
「何度言ったら分かるんだい。この子の名はソフィアだよソフィア、ソフィじゃないってば。あんたが言ったことだよ」
「そうじゃったかの?」
「もうボケちまったのかい。よしてくれよ」
工房の片隅にあるテーブルに並べらえた料理からの匂いに、思わずお腹を鳴らせるソフィアとジーク。テーブルに着いたふたりに、大柄な女性が大皿から器用に料理を取り分けていく。
「にしても何を作ってるんだい?随分かかってるみたいだけど」
グラスに波なみついだブドル酒を、ジークが一口飲む。
「約束じゃよ」
そう言ってサンドシップを眺める目は、遙か遠くを見つめている。ソフィアはそんなジークの瞳が大好きだった。
ソフィアが胸で握った拳から炎色の光が漏れ出て部屋を包む。それを見たポルクは慌てて胸にしまった小さな皮袋を取り出す。その袋もまた同じ輝きを放っていた。
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