第6話 貴方が気になる
エステルの足元から風が吹き荒れる。
風は二人の緩衝材となり、衝突の威力を殺す。
「オリヴィアさん、大丈夫ですか?」
「おう……大丈夫だ」
エステルがオリヴィアを抱きかかえている。いわゆるお姫様抱っこの形である。
(ひ、ひぇ! エステルさんが私を!? というかエステルさん力強いです……!)
剣士として一流の域にあるオリヴィアはエステルの底知れなさを感じ取った。
しっかりとした体幹、確かな腕力。
ただの魔道具店主の身体能力ではなかった。
「立てますか?」
「はっ。舐めてんじゃねえぞ。おらよく見ろ」
地に足着いたオリヴィアは軽く跳ねてみせた。
「大丈夫なようですね」
「だから言ってんだろうが。耳になんか詰まってんじゃねえの? それよりもだ」
オリヴィアとエステルは横たわるヴァナ・ブレッシドを見る。
両翼はオリヴィアによって斬られ、見た目だけならただの白馬だ。
オリヴィアは無言で剣を抜き、近づく。
何をするか気づいたエステルは、彼女の前に立ち塞がった。
「何をするつもりですか?」
「決まってんだろ。殺す」
(はぁー!? 光に晒されて頭バカになったのか!? こんな素材のお宝、すぐに殺させてたまるかよ! 鮮度が落ちる!)
素材は鮮度。生きているうちにしか取れない部位もあるため、すぐに殺すのは愚の骨頂。
頭から爪先まで、その全てが一級品。希少価値など、想像することすら愚かしい。
だからこそエステルは横取りされる前に、全てを確保したかった。
己の店の経営をより盤石なものとするために。
しかし、オリヴィアの考えは違った。
(ど、どうしたのでしょうエステルさんは。
公爵令嬢として、民のために剣を振るうのは、母の胎内にいたときから心得ている。
故にオリヴィアはこうしてやってきたのだ。民の笑顔を守るために。
(こんの銀髪クソチンピラ。こいつ、金のために来たんじゃねえのか!? 見るからに金に目がない野蛮人のくせに)
エステルは混乱していた。
オリヴィアは粗暴で、寝起きに顔を見たら間違いなく山賊の類だと錯覚する振る舞いだ。
だからこそ、エステルはある意味信頼していた。
(違うのか? こいつは金が目的じゃねえのか?)
エステルはつい、オリヴィアに質問した。
「お、オリヴィアさんはどうしてこの
「最強の私の前でブンブン飛び回られるのが鬱陶しいだけだ。もう少し楽な相手なら、お前に残骸でもくれてやろうかと思ったが、こいつは話が違う」
オリヴィアの視線はヴァナ・ブレッシドの首に集中している。
平和を維持するため、オリヴィアはずっと前から覚悟を決めていた。
「で、ですがオリヴィアさん。もう少しヴァナ・ブレッシドから情報を得ても良いのでは?」
「しつけえな。さっさとどけ――」
ヴァナ・ブレッシドが立ち上がっていた。
両翼をなくしてもなお、その眼は死んでいない。
『――!!』
ヴァナ・ブレッシドが背を向けたエステルへ向け、飛びかかる。
せめて一人でも噛み殺したいのだろう。
一瞬でオリヴィアはヴァナ・ブレッシドの意図に気づく。
「エステル、お前どんくせぇ!」
オリヴィアはエステルの肩を掴み、引き寄せる。
すぐにヴァナ・ブレッシドの牙がオリヴィアの左腕に食い込んだ。
あと少し反応が遅れていたら、そのままエステルの首は食いちぎられていただろう。
「オリヴィアさん、左腕が!」
「私がどれだけの痛みを超えてきたと思ってる! こんなの大したことじゃねぇ! けど、羽馬、お前は死ね!」
オリヴィアは左腕を盾に、ヴァナ・ブレッシドの首に剣を突き刺した。
剣を握る力を更に強める。そのまま刀身を捻る。ヴァナ・ブレッシドの生命力がいかほどかは分からない。
だからこそ念入りに殺す。首骨を砕き、ぐちゃぐちゃにし、明確に命を奪う。
やがて、ヴァナ・ブレッシドから体温が引いていくのが感じられた。
(助けられた、か)
エステルは己の油断を恥じた。
完全に商売に集中してしまっていた。元殺し屋として、あり得ない話だ。
どんな相手でも確実に殺す。それは鉄則のはずだったのに。
(私は気を抜いていたのか? 何でだ? オリヴィアがいたからか?)
普段のエステルの状況と違うこと、それはオリヴィアの存在。
気を抜くなんて言語道断。だけど、オリヴィアと話していると、それが――。
(……馬鹿馬鹿しい。私がしくじったのは事実であり、現実だ。一回死んだな)
エステルはオリヴィアの反応を伺った。
どうせ悪態をつかれる。そう、思っていた。
「大丈夫か!?」
「え?」
「『え?』じゃねえだろ! 今ので何か怪我してねえよな!?」
「だ、大丈夫です。その、もしかして心配を……?」
「はっ、はぁ!? うるせぇ! お前がここで死んだら、色々困るからだろうがよ! 分かれ、それくらい!」
「分かりません。貴方はどうして私のことを助けてくれたのですか?」
エステルの意識はすでにヴァナ・ブレッシドになかった。
あれだけ執着していたはずなのに。それでも目の前のオリヴィアが珍妙すぎて。
希少な魔物よりも、何故か見慣れたオリヴィアの方に関心が向いてしまった。
(わっかんねぇ。ほんと、わっかんねぇよ。だからお前が気になる)
気づけばエステルはオリヴィアの手を握っていた。
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