第5話 決着、対ヴァナ・ブレッシド

(エステルさんに求められた。なら私は役割を全うするだけです)


 オリヴィアは跳躍した。

 ヴァナ・ブレッシドは真っ直ぐオリヴィアを視た。己を害する敵。確実に排除しなければならない脅威。

 白馬の白き翼に魔力が収束する。圧倒的な破壊をもたらす前兆。


「羽馬ごときが私にガン飛ばすんじゃねぇ!」


 白馬から攻撃が来ることなんて、よく分かっていた。だがオリヴィアはそんなこと、一ミリも気にしていない。

 目の前に敵を捉えて、そして斬る。オリヴィアの頭の中は、そんなシンプルな構図だった。


 白馬は本能で迎撃を選択した。

 翼に蓄えられた魔力が放たれた。

 光の魔力が光線となり、オリヴィアへ襲いかかる。


「光! だけど私はそれだけで止まれねぇんだよなぁ!」


 ヴァナ・ブレッシドの光線は本来ならば、触れただけで重傷を与える悪魔の攻撃力を持っている。

 しかしオリヴィアにとって、それは特段大した問題ではない。持ち前の魔法防御力を盾にして、彼女は死線を越えようとする。

 光は槍となり、剣となり、斧となる。オリヴィアの肌をどんどん切り刻む。痛みは信号となり、彼女に警鐘を鳴らす。


(痛いです。けど、これしきで音はあげられません。私を信じてくれる人がいる。信頼は鎮痛剤となり、私の痛みに蓋をするのです)


 数瞬後、オリヴィアはヴァナ・ブレッシドとすれ違う。

 確実な手応え。白馬の首筋へ食い込む刀身。彼女はこのままヴァナ・ブレッシドの死を夢想した。


 しかし、白馬の嘶きによって、その夢想は瓦解した。


「エステル、次は!」


「追撃をお願いします」


 そう言いながら、エステルはオリヴィアの足元に魔力で構成された足場を生み出した。

 無言の連携。オリヴィアはすぐに彼女の意図に気づき、そこに足を伸ばした。

 地面とそう変わりない踏み心地。オリヴィアは地上と何ら変わりない気持ちで力を込め、そして白馬へ飛びかかる。


「ェェェェア!」


 独特な発声とともに、オリヴィアはヴァナ・ブレッシドへ斬りかかる。今度は白き大翼を狙って。

 白馬はすぐにオリヴィアの殺気に気づき、対応策を取る。滑るように孤を描いての滑空。オリヴィア渾身の一閃は空を切った。

 

 しかし、すぐにオリヴィアは追撃に移行できた。


(やっぱりな。猪突猛進の攻撃なんざ、避けられて当然だ。なら私はそれに少しだけ変化を加えてやりゃあ良い)


 ここまではエステルの計算通り。

 この攻撃でヴァナ・ブレッシドが堕ちるとは少しも思っていない。

 肝心なのはエステルが思い描くポイントまで誘導・・してくれること。それに尽きる。


 ヴァナ・ブレッシドとオリヴィアの空中戦を見守りながら、エステルは次の段階に移行する。


「セントルフリーの森は背の高い樹木が多いことで有名です。そこを活用しないなんて、ありえません」


 エステルはじっとヴァナ・ブレッシドの動きを見続ける。

 オリヴィアがどんな攻撃をしたら、どう対応するのか。細かい反応をずっと見続けるだけの作業。


(オリヴィアは体力馬鹿だから、動きが止まるのはあいつがくたばる時だろうさ。だからこそ私は視ることが出来る。あのクソ馬を馬刺しにしてやるまでのコースがな)


 エステルは元殺し屋時代の経験を総動員していた。

 人間と人外の領域だ。人間相手の知識を総動員してもなお、特殊個体ネームバディを殺し切るには足りないのかもしれない。

 しかし、彼女はやり遂げてみせると決めていた。


「――ッ!」


 ヴァナ・ブレッシドが翼を振るい、オリヴィアがそれを防ぐ。

 見た目以上の重さ。オリヴィアは一瞬、自分の手がへし折られたのかと錯覚した。

 

 だけどまだ、その程度・・・・だ。

 戦意喪失にはまだ早い。


 オリヴィアは、エステルの作戦が着実に進むことだけを祈っていた。


「そこと、あそこと、ここ……。準備は出来た」


 エステルは狙った場所へ魔法を放ち続ける。

 あらゆる場所に布石を打った上で、エステルはいよいよ作戦の大詰めをオリヴィアへ知らせようとする。

 彼女は無意識だった。一手間違えれば、全てが無になり、二人は死の運命を辿るだけ。

 それが、エステルの口をこう動かした。



「オリヴィア! そのまま下に落ちろ!」


「分かりました!」



 その時のオリヴィアは夢中で、エステルの口調に違和感を抱かなかった。

 それどころか、自分もになっていた。


 エステルが生み出した最後の足場を蹴り、地面へ落下する。


 当然、ヴァナ・ブレッシドはそこではない場所へ逃げようとする。

 次の瞬間、あらゆる方向から魔力の網が伸び、白馬の翼を絡め取る。

 設置式の高速魔法。彼女がヴァナ・ブレッシドの逃走経路を読み切り、設置していた。

 拘束時間にして数秒。しかし、体力馬鹿のオリヴィアにとって、それは千載一遇の好機となった。


「取ったぁ!!」


 ヴァナ・ブレッシドの上へ跨がり、魔力の源である両翼を根本から斬り飛ばしてみせた。

 ヴァナ・ブレッシド本体に攻撃能力はない。攻守の要である翼がなくなったのならば――答えは明白である。


「オリヴィアさん!」


 エステルがオリヴィアの落下地点まで移動し、手を伸ばした。

 オリヴィアはそんな彼女を信じ、手を伸ばす。


 オリヴィアとエステルの手が触れ合う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る