第4話 刀身と感情の距離感
「改めて確認するか。あれは
「白き大翼を持つ白馬。見た目だけは美しいですね」
「何言ってんだ。私の剣も負けてねぇぞ」
「それは今からの期待、ということにしておきますね」
エステルはじっとヴァナ・ブレッシドを見る。事前に詰め込んでおいた情報と照らし合わせることにした。
(翼から感じる魔力がくそ重い。あれに魔力が蓄えられているってのは本当みたいだな)
あの白き大翼に蓄えられている膨大な魔力を操り、敵対する者を撃滅する。
(あれが飛ぶ前に、翼をむしり取ってやりたいところだがな)
思案するエステルへ、オリヴィアが語りかける。
「今更だけどお前って戦えんのか?」
「魔法はそこそこ使えます。ですが、武器を用いての戦闘は不得手なので、そこはお願いしたいところです」
「魔法使えんのか。やるじゃねぇか。なら私は突撃するから、エステルは後ろから魔力でぶん殴ってくれ」
「ちなみにオリヴィアさんは、どういう戦法であのヴァナ・ブレッシドと戦うつもりですか?」
「あん? そんなの決まってんだろ」
そう言うのと同時に、オリヴィアは飛び出した。
「私は剣一本だ! 近づいて剣で斬れば殺せる! 魔法なんかいらねぇ! 私はそうやって生きてきた!」
(『生きてきた!』じゃねえよイカレ脳筋がよ! 一瞬で食われるだろうがよ! え、もしかして私、これから踊り食いでも見せられんのか!?)
すぐにエステルは内なる魔力を消費し、火炎弾を数発放った。
ヴァナ・ブレッシドから感じる圧倒的な魔力を前に、剣一本などと自殺行為にも等しい。
冗談抜きでオリヴィアの踊り食いがあり得る。そんなグロテスクな光景を見たくないエステルは、即座に援護を選択した。
「ェェェェェア!」
独特な発声とともに、オリヴィアはヴァナ・ブレッシドへ突貫する。
無駄に高い身体能力を駆使し、あっという間に標的を間合いに収める。そしてオリヴィアはすれ違いざまに白馬の胴体へ剣を走らせた。
直後、火炎弾が白馬へ降り注いだ。
オリヴィアはそこから退避することなく、そのままヴァナ・ブレッシドの首へ剣を突き立てた。
「覚えたかクソ羽馬がよぉ!」
「オリヴィアさん、一回離れてください! 危ないですよ!」
次の瞬間、ヴァナ・ブレッシドの身体から光が放たれた。
エステルは防御魔法が間に合ったが、至近距離にいたオリヴィアは吹き飛ばされてしまった。
『――――――!!』
ヴァナ・ブレッシドが
完全に二人を敵として認識したことの表れだ。
エステルはすぐに倒れているオリヴィアへ駆け寄った。
「オリヴィアさん大丈夫ですか!?」
抱き起こされたオリヴィアは顔が真っ赤になりそうだった。
(ひ、ひぇぇ!? エステルさんの顔が! 顔が近いです! す、すごく綺麗で愛らしい顔立ち……!)
オリヴィアは頑丈だった。そのため、怪我は何一つない。
確かにヴァナ・ブレッシドから放たれた光の圧力は凄まじく、一瞬意識が飛んでしまった。
だが、それだけだ。
何なら、今の状況の方がよっぽど心臓に悪い。
(し、心臓の音が聞こえませんように……)
対するエステルはオリヴィアの身体を注意深く観察する。
(何で顔赤くしてんだよ。身体のどこかがイカレた訳じゃないよな? もしかして発情期か? なら頭がイカレてるな)
念のため治癒魔法をオリヴィアへ行使するエステル。
オリヴィアはすぐに起き上がり、剣を構え直す。
「役に立つじゃねえかエステル! んじゃもう一回斬ってくるぜ!」
「待ってください」
オリヴィアの両肩ががっちりと掴まれた。そして、すぐにぐりんと方向を変えられる。
エステルとオリヴィアが向かい合うような構図になってしまった。
「闇雲に向かっても勝てませんよ」
「ざけんな。その雲を切り払わなきゃ勝てない戦いだろうが、これはよ」
「天候を読む目も大事、ということですよ。ほら、あれを見てください」
ヴァナ・ブレッシドの傷口が光に包まれ、あっという間に回復してみせた。
あの白馬から放たれる光は攻防一体。嫌でも、その事実を突きつけられてしまう二人。
「は? 回復? あれ倒せんの? 無理だな帰ろうぜ!」
(諦めはえーよ! 一級なのは臆病風の吹かれ方だけか!?)
エステルは喉元までせり上がってきた心の声をなんとか飲み干した。
「帰るのは、私の作戦が失敗してからにしましょう」
「作戦? 何か手があんのか?」
そう言いながら、オリヴィアは内心焦っていた。
(まずいです。ヴァナ・ブレッシドは想像以上の相手でした。私だけなら倒せない相手じゃない。けどそれは、エステルさんのことを気にしなければ、です)
オリヴィアはエステルだけでも撤退させることを考えた。
何せ、連れてきたのは自分だ。
自分は命をかけて、エステルを無事に帰す義務があるのだ。
しかし、エステルはそんなつもり全くない。
(確かにあの光は厄介だ。けど、やれない相手じゃねぇ)
彼女は今しがたのオリヴィアの動きを思い出す。
(銀髪クソチンピラの戦闘力は本物だ。あとは私がきっちりプラン立てて、あの脳筋を操縦出来りゃ……)
二人は動き出すのが遅かった。
ヴァナ・ブレッシドは次なる段階へ移行していた。
白馬は翼を大きくはためかせると、あっという間に宙を浮かんだ。
「空を飛びやがったな。だけど、私ならまだジャンプすれば届く。お前の作戦ってやつはまだ間に合うのか?」
「当たり前だろ――こほん。大丈夫です。まだ、私のプランは続行可能です。しかしそれには、貴方の協力が必要です」
エステルはオリヴィアの剣を握っている方の手を掴んだ。
そして、そのまま剣を水平にさせた。高さはちょうど、二人の喉仏あたり。
エステルはそのままオリヴィアの方へ体重を移動させる。自然と、二人の距離が縮まる。水平にさせた刀身は、二人の喉すれすれの距離まで近づいた。
どちらかがあと一歩でも踏み込めば、喉に傷がついてしまう距離。
「私の指示に従ってください。貴方の命を私に預けて」
「良い眼するじゃん。分かった、預けてやる」
二人の視線は、天空を舞うヴァナ・ブレッシドへ集中する。
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